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裏腹

マンガとカラス

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  家に戻ると、どっと疲れが出てきた。手から流れ落ちる血を水で洗い流すと、ヒリヒリして痛かった。

  救急箱を持ってきて消毒液を付け包帯をぐるぐる巻いた。

  包帯を巻き終えると、お腹が空いていることに気がついた。

  どんなに疲れていてもお腹は正直でグゥーグゥーと鳴った。

  そうだ、ご飯を食べよう。

  
  卓袱台の上にはラップがかけられた昼食が置いてあった。

  わたしは、電子レンジで昼食をちんした。

  今日の昼食は、卵焼き、煮物、ほくほく感があるじゃがいもと玉ねぎの甘みでほっこりするお味噌汁に、お新香。うん、美味しい日本の味に癒される。食べることに集中しているとさっきまでの恐ろしい出来事なんてすっかり忘れてしまう。

  美味しかったごちそうさまと食べ終え流しに食器を持っていき洗いものをしようとしたのだけど、そうだった。カラスにやられて怪我をしていた。

  包帯を巻いた手では洗いものは無理だ。わたしは、洗いものを諦めて二階の自室に戻った。

  
  さっきあったことを思い出すと背筋が凍りつく。

  真っ黒なカラス。ニヤリと笑うあの顔、駄目だ考えると頭がおかしくなりそうだ。

 考えない、考えない。そうだ、マンガでも読もう。わたしは、本棚からマンガ本を取り出して、特に読みたいわけではないけれど、ペラペラページを捲る。

  わたしは気がつくとマンガに夢中になっていた。普段あまり読まない少女マンガだけど読み始めると止まらなくなる。

  
  いつの間にかマンガは三巻に突入していた。あははっ、面白いな畳の上に寝そべりながらわたしは読む。

 華やかな可愛らしい絵が正に少女マンガだよね。なんてワクワクドキドキしながら読み進めていた。

  と、その時、マンガ本の中にカラスの絵が出てきた。わたしは、カラスというだけでトラウマになっているようだ。ゾクッとして思わずマンガ本を投げてしまった。

  もう嫌だ、カラスの絵を見るだけでドキドキするなんて……。


  
  せっかく楽しい気持ちになっていたのに台無しだ。わたしは、投げてしまったマンガ本をのそのそ這いながら取りに行く。

  マンガ本には罪はないよね。手に取り、カラスが出てくるページは見ないようにしようと思う。

  そうしようと決めてわたしはカラスのページを飛ばしてマンガの続きを読んだ。

  少女マンガの主人公の制服が可愛かった。わたしもこんな可愛い制服を着たいと思った。だけど、この田舎では制服が浮いてしまうかもね。なんて思いながら読み進めていく。

    楽しい少女マンガの世界に浸っているといつの間にか、窓の外はオレンジ色の夕焼け空になっていた。

  この少女マンガは、十巻ある。そろそろ読むのをやめようかなと思ったその時、マンガに目を落とすと、カラスが笑っている絵が目に入った。

  その絵から目を離したいのに釘付けになる。目を離すことができない。

  マンガの中のカラスがニヤリと笑った。


  カラスがニヤリニヤリと笑う少女マンガ。この物語にカラスなんて似合わない。キラキラ輝く甘くてうっとりするストーリーだったのにどうして?  いきなり。

  だって、変だよ。このカラス。

  だって、黒い悪魔のようなあのカラスにそっくりなんだから。

  わたしは、カラスの絵から目を離す。

  だけど、カラスが追いかけてくるかのように視界に入る。

  カラスの目が迫ってくるではないか。


  
  カラスの目がわたしをじっと見つめる。

  これは、一体何?   

 わたしを見つめるカラスの目が一瞬キラリと光ったような気がした。不気味でゾクッとする。

  あまりにも恐ろしくなって、

 わたしは、マンガ本をおもいっきり壁に投げつけた。

  ガタンっとマンガ本は壁に当たりポトリと畳の上に落ちた。

  わたしは、一つ深呼吸をする。


  
  その時、突然ガタガタガタガタガタガタと大きな音が鳴ったかと思うと。

  マンガ本が、わたしをめがけてビュビューンーーーと飛んできた。

  わっ!!

  わたしは慌てて立ち上がり逃げようとしたのだけれど、グニャリとマンガ本はまるで意思があるかのようにわたしを追いかけてくる。

  そして、わたしの顔にバコンッ!  と直撃した。

  一瞬何が起こったのかわからなかった。その後猛烈な痛みと、衝撃で目の前が真っ暗になった。

  
「痛い!」

 わたしは、あまりの痛みに両手で顔を押さえた。そんなわたしに容赦なくマンガ本は、再び飛んでくる。

「キャーーーーやめて!!」

 わたしの願いも虚しく、

  バコンッ!   とわたしの顔にまたもや直撃した。

  それからもマンガ本は何度も飛んできた。そのうちの何回かは避けたけれど、何度かわたしの顔や体に直撃した。


  
  恐れと恐怖でわたしはワナワナと震えた。涙もぽたぽた流れた。

  どうしてこんなにひどい目に遭わないといけないのだろうか。ねえ誰か教えてよ。

  何故よ、どうしてよ、こんなのもう嫌だよ。

  わたしの変わりにお兄ちゃんが死んだから。わたしの変わりにお兄ちゃんが身代わりになったからなの。

  それならもういいよ。  好きなようにしてよ。

  
  わたしは、畳の上に寝転んだ。

  カラスでもマンガ本でもなんだって好きにしたらいいんだから。

  お兄ちゃんの痛みに比べるとわたしの痛みなんてたかが知れている。どうぞ焼くなど煮るなど好きにしてください。

  だって、だって、お兄ちゃんはもう痛みさえ感じることも出来ないのだから。

  痛みを感じられるわたしは幸せなんだ。そうわたしは幸せなのだから……。


  
  そうだよね。お兄ちゃん。

  きっと、わたしがこんなひどい目に遭うのは、お兄ちゃんの大切な未来を奪ったからなんだ。

  考えてみるとそうだよね、お兄ちゃんには食堂を継ぐという目標があった。

  だけど、わたしには何もない。

  こんなわたしより、お兄ちゃんが生きていた方が良かったはずだ。お父さんもお母さんもお兄ちゃんがいる方が良かったよね。

  そんなことを考えて、仰向けに寝転んでいるうちにわたしいつの間にか眠りに落ちていた。
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