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わたしの願いは一つ

お兄ちゃんなの?

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    わたしが住む家はかなり昔からこの土地にあり、わたしが生まれるずっと前からある。

  縁側があり庭には大きな木も花も咲き乱れている。わたしは、縁側に寝転がり夜風に吹かれる。夜近くになり、床もひんやりして気持ちいい。

  テレビでは、マンションや洋館風の一軒家などわたしの知らない世界が映し出される。

  だけど、わたしは、この町しか知らない。

  昼間に日向ぼっこをしていると、時々お隣の猫のミケがうちの庭にやって来ることもある。退屈だけど、こののんびりした世界がわたしは好きなのだ。

  
  今日も心地好い、縁側でごろりと横になる。風鈴がちりりんと鳴り夏を感じさせる。

  お兄ちゃんと一緒にこの縁側でスイカを食べたり、一緒に寝転がったり宿題をしたことを思い出した。

  宿題をしていてわたしが、分からないよと言うとお兄ちゃんが優しく教えてくれた。

  そんな、昔の懐かしい出来事がぶわーと蘇ってきた。

  とその時、またもや白い人影が……。ちりりん、ちりりん、風鈴が鳴る。

  
  お兄ちゃん……なの?

  何となく背筋がひんやりする。そして心がザワザワとして、足もとからゾクゾク感が這い上がってきた。

  もし、あの白い人影がお兄ちゃんだとすれば幽霊だったとしても会いたい。

  わたしは、立ち上がりサンダルを履いて庭に出る。けれど誰もいない。人っ子一人いない。お兄ちゃんが戻って来るというわたしの願いはいつ叶うのだろうか?

  
  夜空を見上げると、今にもこぼれ落ちてきそうな星たちが綺麗に輝いている。お兄ちゃんは、あのお星様の中にいて、わたしを見ていてくれているのかな。

  なんて、そんな夢を見るほどわたしは子供じゃないけれど……。

  だけど、そんな夢をみていたいな。

「史砂ちゃん、ご飯よ」

  お母さんのわたしを呼ぶ声が部屋の中から聞こえてきた。

「は~い」

  わたしは、元気よく返事をした。

  
  わたしは、縁側から和室に入り、仏壇に手を合わせ、「お兄ちゃん、今日も元気に過ごせたよ。ありがとう」と言ってお鈴を鈴棒でチーンと鳴らした。

  お兄ちゃんの遺影が『史砂』と言って笑っているように見えた。

  それから、食事の間に行く。

「史砂ちゃん、今日は裏庭で野菜の収穫ができたのよ。天ぷらにしたわよ」

  お母さんは、そう言ってニッコリと笑った。


  
  ちゃぶ台の上には、お皿に盛られた、天ぷらがどーんと置かれていた。

「わっ、美味しそう」

「新鮮な野菜だから、美味しいわよ」

  お母さんは、そう言いながらお茶碗にご飯を大量に盛ってくれた。

  わたしの家は食堂をやっている。裏庭で収穫した新鮮な野菜も使っている。

「お母さん、そんなに食べられないよ」

「史砂ちゃんは、育ち盛りなんだからこれぐらい食べないと大きくなれないわよ」

  きっと、お母さんはお兄ちゃんの分もわたしの成長に期待しているのかもしれない。

  
  それを思うとなんだか申し訳ない気持ちになってきた。

  だって、お兄ちゃんはわたしのせいで……。

  思い出すと、切なくて哀しくて、手に取ったお箸を取り皿の上に置いてしまった。

「史砂ちゃん、どうしたの?」

  お母さんが、心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。

「ううん、何でもないよ」

  わたしは、そう言ってお箸をもう一度手に取り笑顔で、天ぷらを食べた。

  
  ピーマン、カボチャ、タマネギどれもこれも、美味しかった。

  そして、お母さんがよそうってくれたご飯を全部食べた。お腹がいっぱいになり幸せだ。

  もっと強くなろう。お兄ちゃんの分も生きよう!  とは思うけれど……。

  お兄ちゃんは、わたしを庇い車に轢かれた。こんなわたしが幸せになっていいなんて思えない。
  
  絶対に思えない……。
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