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わたしの中の英美利

これが中川英美利だとわたしの平凡な日常

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  英美利ちゃんのムスッとした顔と声に場が一瞬凍りついた。インタビュアーのマイクを持つ手が震えているのがテレビ画面越しからでも分かった。

『あ、英美利さん、すみません。では、今日はコメディドラマの話題はしません』

『分かってもらえたのならいいですよ』

  英美利ちゃんの顔に笑顔の花がぱぁーっと咲いた。

  流石、英美利ちゃんだなと思う。わたしはリンゴをカリッと齧った。

『では、英美利さん。この化粧品のコマーシャルの見どころを教えてください』

『うふふ。そうですね……』

  英美利ちゃんは可愛らしく首を傾げ、

『わたし中川英美利の美しさを画面いっぱいに観られることと、コマーシャルを観て下さった女性の皆さんがわたしも綺麗な時間を過ごしたいなと思って頂けるかなと思います』

  英美利ちゃんはそう言ってにっこりと微笑んだ。

  英美利ちゃんの登場場面が終わってからもわたしは、ぼんやりとテレビ画面を見つめていた。気がつくとお皿に盛られていたリンゴが空っぽになっていた。

  これでこそ中川英美利だ。


  この日のわたしは夕方までテレビを観たりごろごろして過ごした。

「わたし英美利と綺麗な時間を過ごしましょうか……」

  わたしは、英美利ちゃんの言ってた言葉を呟いてみた。綺麗な時間を過ごす気力なんて出てこないよ。

  それから夕方になるとわたしは重い腰を上げて夕飯の買い物に出かけた。

  いつも通る川沿いのこの道も葉っぱが春よりもずっとその緑色が濃くなり、ああ夏なんだなと感じた。

  夏休みにお姉ちゃんと川沿いの道を自転車に乗り走った。どこまでもどこまでも続くこの緑色の世界を走っているとわたしもお姉ちゃんも緑色になってしまうのではという錯覚に陥る。

  自転車に乗ると風が吹いて気持ちいい。

『お姉ちゃん、なんだかわたし葉っぱになった気分だよ~』

『葉月ちゃんって面白いことを言うね』

  お姉ちゃんはくるりと振り向きながら笑った。

『わたし変かな?』

『うん、変って言うか不思議なこと言うね。あ、でもなんとなく葉月ちゃんの気持ちも分かるな』

  そんなことを話しながらシャーと自転車を走らせた。なぜだかそんな遠い過去の記憶が思い出された。
  
  
  お姉ちゃんと仲良く遊んだ遠い記憶を思い出しながら歩いてるうちに目的のスーパーに着いた。

 わたしは、スーパーの入口でいつものようにカゴを手に取った。中に入ると店内は今日もたくさんの人で溢れかえっている。

  美味しそうな食材が並びあれもこれも欲しくなる。スーパーにはいろいろ買わせる魔力が潜んでいるではと思ってしまう。

  わたしはなんだか料理をするのが面倒になりお惣菜コーナーの前に行く。すると白い割烹着を着た店員さんが値引きシールを貼っていた。

  そんな店員さんの周りにぐるりと人々が集まり割引商品を眺めている。わたしもそんな人々の中に入り美味しそうなお弁当を眺めた。

  今日は何を食べようかな。のり弁当も美味しそうだし中華丼も食べたいな。それとも幕の内弁当がいいかな。

  どれもこれも食べたくなり迷ってしまう。しかも今日は半額なのでウキウキしてきた。

  わたしは迷った末に幕の内弁当に手を伸ばした。その時、凄い勢いでわたしのお尻に何かがぶつかってきた。

「あ、痛い!」

   思わず声を出してしまったのとほぼ同時に手がにょきにょきにょきと伸びてきたかと思うと、わたしが食べようと思っていた幕の内弁当をその手は掴んだ。

「あ、それはわたしの幕の内弁当です」

  わたしはくるりと振り返り言った。

  
  目の前にはブルドッグみたいな顔をしたおばさんが立っていた。

  このおばさんは先日わたしから半額シールの貼られたお刺身を横取りしたおばさんではないか。

「あのすみません。その幕の内弁当は、わたしが先に取ろうとしたのですが……」

「はぁ?  なんのことかしらね。この幕の内弁当はわたしが先に取ったからカゴに入っているのよ」

  おばさんは鼻息をフーンと荒くして言ってくるものだから恐ろしい。

「……でも、そのお尻でわたしのお尻を押されたのではないかなと思うのですが」

「はぁ?  最近の若い子は生意気だわね。お姉ちゃんがぼけーっと突っ立ってるから押しただけよ。文句あるかしら?」

  おばさんの鼻息はフーンと荒くてブルドックに見えてくる。

「あ、いえ、その幕の内弁当はおばさんに譲ります」

「それなら文句を言わないでよね」

  おばさんは、そう言ったかと思うと大股でドシンドシンと歩き去った。

  わたしはまたしても同じおばさんに負けてしまったのだった。悔しいよ。わたしは地団駄を踏んだ。

  そして、中華丼をカゴの中に入れた。
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