上 下
10 / 86
いよいよ始まる

バナナとリンゴが机の上から同時に滑り落ちた

しおりを挟む
  朝は簡単な朝食としてバナナとリンゴを食べた。バナナは手軽に食べられて栄養が豊富で仕事にも集中できそうだし、リンゴは医者を遠ざけるという格言もあるらしい。

「よし、頑張って働くぞ!  時給千六百円だもんね」

  わたしは、胸の前に握りこぶしを作り気合いを入れた。昨夜はお姉ちゃんが出てくる嫌な夢を見たけれどバナナとリンゴのおかげで元気が出てきた。わたしってやっぱり単純だなと思う。

  全身鏡の前に立ち身だしなみを整える。前髪をまっすぐ綺麗に下ろし髪の毛をきゅっと一つに結ぶ。

  それから鞄の中身を確認する。エプロンもちゃんと入っている。マニュアルにはエプロンは貸すこともできるとあったけれどやっぱり自分のエプロンが良いなと思い持参することにした。

「いってきま~す」

  わたしは、誰もいない部屋に向かって挨拶をする。新しい仕事はいつでも不安と期待が入り混じる。頑張って働こう。

  玄関の扉を閉めようとしたその時、

  バナナとリンゴが机の上から同時に滑り落ちた。

    わたしは、慌てて部屋に戻り床に転がっているバナナとリンゴを拾い元の位置に戻す。どうして転がり落ちたのかなと不思議に思った。なんだか縁起が悪いような気もするけれど、まぁいいか。

  それより急がないと遅刻してしまう。

  今度こそいってきま~すと玄関の扉を閉めた。

  外に出ると春の太陽がキラキラと輝いていた。ぽかぽかと暖かくて幸せな気持ちになる。このまま、どこかに出かけたいなと思うけれどそうもいかない。

  桜の花びらがふわふわと風に吹かれて舞っている。まるで春の雪みたいに見える。さらさらと雪のように舞う花びらはとても綺麗だ。

  このままずっと幸せな気持ちが続くと思ったのだけど。

  ーーーー
  中川家の豪邸を見上げる。やっぱり英美利ちゃんの家は立派だ。今日も門柱に取りつけられているインターホンをえいやと押した。

「はーい」とインターホン越しに英美利ちゃんの声が聞こえてきた。

「おはようございます。葉月です」

「あら、葉月ちゃんね。どうぞ、門を開けるから入ってきて」

  今回も前回と同様に門がギーギーッと自動的に開いた。わたしは中に入る。

  綺麗な春の花が咲き誇っているお庭も広くて小さな公園を思わせる。わたしとたった二つしか年が違わない女性の住いがこれだなんて英美利ちゃんとわたしは住む世界が違うなと改めて感じた。

  玄関の前には可愛らしいチューリップが咲いていてようこそと言っているみたいだ。

「葉月ちゃん、おはよう」

  玄関の扉がガチャリと開き今日も美しい英美利ちゃんはチューリップの可愛らしさとはまた違いやはり豪華な薔薇のような女性だ。その存在感と満ち溢れた自信に圧倒される。

「あ、わたしはそろそろ仕事だから出かけるけどもう一人のお手伝いさんに仕事を教えてもらってね。浜本行くわよ!」

  
  英美利ちゃんは輝く薔薇のような華やかな笑顔を浮かべた。

「はい、英美利ちゃん頑張ります」

  わたしは、ぺこりと頭を下げた。

「うん、葉月ちゃんこちらこそよろしくね。わたしの家の掃除などは大変かもだけど頑張ってね。浜本、何してるの?  そうだ、雪本ゆきもとさ~ん、新しいお手伝いをしてくれる子が来たわよ」

  英美利ちゃんは朝から忙しそうだ。

「英美利、うるさいな。お前の荷物が重たいからだろう。何が入っているんだよ。あ、成田さんおはようございます」

  浜本さんが荷物でぱんぱんに膨らんだ鞄を両手に持ち奥の部屋から出てきた。

「浜本さん、おはようございます。荷物重たそうですね」

「そうなんですよ。英美利の奴はいらない物まで鞄に詰め込むから持たされてる俺はいい迷惑ですよ」

  浜本さんは嫌そうに顔を歪めて言った。

「……大変ですね」

  とても重たそうにしている浜本さんを見ると同情してしまう。

「浜本、わたしの悪口言わないでよ。わたし雪本さんを呼んで来るね。雪本さ~ん」

  英美利ちゃんは浜本さんをキッと睨みそれから奥の部屋に行ってしまった。

「本当にうるさいし困った奴ですよ……あ、そうだ、成田さん初仕事頑張ってくださいね。それから雪本さんに負けないでくださいね」と言った。

  何だろ?  今、なんだか引っかかる言葉を聞いたような気がするのだけど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

凪の始まり

Shigeru_Kimoto
ライト文芸
佐藤健太郎28歳。場末の風俗店の店長をしている。そんな俺の前に16年前の小学校6年生の時の担任だった満島先生が訪ねてやってきた。 俺はその前の5年生の暮れから学校に行っていなかった。不登校っていう括りだ。 先生は、今年で定年になる。 教師人生、唯一の心残りだという俺の不登校の1年を今の俺が登校することで、後悔が無くなるらしい。そして、もう一度、やり直そうと誘ってくれた。 当時の俺は、毎日、家に宿題を届けてくれていた先生の気持ちなど、考えてもいなかったのだと思う。 でも、あれから16年、俺は手を差し伸べてくれる人がいることが、どれほど、ありがたいかを知っている。 16年たった大人の俺は、そうしてやり直しの小学校6年生をすることになった。 こうして動き出した俺の人生は、新しい世界に飛び込んだことで、別の分かれ道を自ら作り出し、歩き出したのだと思う。 今にして思えば…… さあ、良かったら、俺の動き出した人生の話に付き合ってもらえないだろうか? 長編、1年間連載。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

連続寸止めで、イキたくて泣かされちゃう女の子のお話

まゆら
恋愛
投稿を閲覧いただき、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*)   「一日中、イかされちゃうのと、イケないままと、どっちが良い?」 久しぶりの恋人とのお休みに、食事中も映画を見ている時も、ずっと気持ち良くされちゃう女の子のお話です。

造花の開く頃に

有箱
現代文学
不安障で死にたがりで頑張り屋の青年、月裏(つくり)の元に、大好きな祖母から一通の手紙が届く。 それは月裏の従兄弟に当たる青年、譲葉(ゆずるは)を世話して欲しいとの内容だった。 そうして、感情の見えない美少年、譲葉との手探りの生活が始まった。 2016.12完結の作品です。

処理中です...