ねえ当近さんちょっとレトロだけどわたしと交換日記をしない?

なかじまあゆこ

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美衣佐がわからない

尾行

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  お兄さんはあれから黙っている。何かを考えているようだ。

  わたしは、まだ、残っていた海老ドリアをスプーンですくい食べた。ちょっと冷めていたけれど、ホワイトソースがクリーミーで美味しかった。

  ドリア皿にスプーンを置いたその時、お兄さんが「ねえ、当近さん」と声をかけてきた。

「何ですか?」
「まず先に謝っておきますごめんなさい」

  お兄さんはなぜだか謝り頭を下げた。

「え?  お兄さんどうしたんですか?」

  わたしは首を横に傾げ聞いた。お兄さんは一体どうしたというのだ。

「その……ちょっと言いにくいんだけど俺、実は当近さんを尾行しました」

「はぁ?  尾行ってそのどういうことですか?」

  わたしは自分の耳がおかしくなってしまったのではと思うほどびっくりした。

  もしかしたらお姉ちゃんにパンを買ったあの日感じた誰かに見られているような怪しげな視線はお兄さんだったというのだろうか。

「えっと、当近さんを尾行というか正確には美衣佐をなんだけどね」

「え?  どういうことですか?  ますます意味がわからないですよ。美衣佐ちゃんの尾行がどうしてわたしに繋がるんですか」

  頭がこんがらがる。

「あ、ごめんね。わかりにくい言い方だったよね。実は美衣佐の様子がおかしいから尾行したことがあるんだ。そしたら美衣佐は当近さん君を尾行していたんだよ」

「はぁ!?  え~!!  美衣佐ちゃんがわたしを尾行ですか」

  わたしは、大声を上げてしまった。

「うん、そうだよ。つまり美衣佐が当近さんを尾行していてその美衣佐を俺が尾行していたってことなんだ……」

  お兄さんは申し訳なさそうに笑う。

「それは順番的にはわたしの後ろに美衣佐ちゃんその後ろにお兄さんが歩いていたってことですか?」

  わたしはとんでもない状況を思い浮かべ尋ねた。

「うん、そうだよ」
「でも、どうして美衣佐ちゃんがそんなことをしたんですか?」

「俺もそれがわからなくて困っているんだよ」

「そ、そうなんですね」

「あの日、美衣佐は当近さんがこのカフェの隣のパン屋に入るのを眺め、それから当近さんが滑り込むように入った家をじっと見ていたんだよ」

  お兄さんは眉間に深い皺を寄せながら言った。

「わたしの家を見ていた……美衣佐ちゃんがどうして?」

  それはつまり、美衣佐はわたしの家に遊びに来る前からわたしがどんな家に住んでいたか知っていたということだ。

「俺もさっぱりわからないんだよ……」
「もしかしたら交換日記の相手の調査とか? 
あ、でもその時はすでに交換日記をしていたんだ」

  わたしは、頭を抱えうーんと唸った。隣の席に座るお兄さんもわたしと同じようにうーんと唸った。

「遠目からだったけど当近さんの家を見上げる美衣佐のその顔はなんだか寂しげに見えたんだ……」

  そう言ったお兄さんの顔を見ると目に悲しみの色が溢れていた。なんだか胸がキュッと痛くなりまた泣いてしまいそうになった。

「美衣佐ちゃんには妹思いのこんなに優しいお兄さんがいるのに……どうして、もっと素直な女の子になれないんだろう」

  わたしはなんだか悔しくてそして、悲しくて唇をギュッと噛んだ。

「当近さんありがとう。君は本当に優しい子だね」

  お兄さんはそう言って柔らかい微笑みを浮かべた。お兄さんのその笑顔と心に響くその言葉が嬉しくてわたしの瞳からぽろっと涙が一粒零れた。わたしは慌てて手の甲で涙を拭う。

  美衣佐、あなたは不幸なんかじゃないはずだよ。

「当近さん、美衣佐と距離を置いた方がいいのかもしれないけど、良かったもう少し様子を見てくれたら兄としては嬉しいな……」

「はい、わかりました。きっと、美衣佐ちゃんも色々悩みがあるみたいだし交換日記を三竹さんに見せてもいいなんて思っていないはずですもん。歩み寄れるようにわたし頑張ってみますね」

  わたしは、にっこりと笑ってみせた。

「当近さん、ありがとう。励ますつもりが逆になっているね」

「あはは、そんなことないですよ。わたしお兄さんに元気をいっぱいもらっていますから」

  わたしとお兄さんはお互いの顔を見て笑い合った。

「じゃあ、また来ますね」
「うん、来てね。俺はもう一杯お茶を飲んでから帰るね。当近さん気をつけて帰ってね」
「は~い」


  わたしはお兄さんに手を振り扉を開けた。階段を下りていると上がって来る人がいた。ってあの女の子は美衣佐ではないか。

  わたしと美衣佐の目が合った。美衣佐のアーモンドアイの大きな目が見開かれた。

「当近さん来てたんだ。今日お兄ちゃんいないでしょ?」
「あ、えっといるよ」
「え?」

  美衣佐の目がより大きく見開かれた。お兄さんのシフトを把握しているのだろう。休みのはずのお兄さんがどうしているのかなと驚きを隠せない表情だった。

「じゃあね、美衣佐ちゃん、また学校でね」

  わたしは、美衣佐に怒っていたはずだけど、お兄さんとの約束を忘れたら駄目だなと思い笑顔を作ってみせた。

「あ、うん、明日ね」

  わたしと美衣佐は階段ですれ違う。わたしは下へ美衣佐はお兄さんがまだいるニコニコカフェへと。

  外に出ると秋の冷たい風が吹いていた。

  そして、二階のカフェを見上げると先ほどわたしが座っていた席の窓が見えた。今あの店内で美衣佐とお兄さんはどんな話をしているのだろうか。
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