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第一章 古書カフェ店のスタートです

9 吉田さんはやっぱり不思議な人

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「吉田さん……お客さん来ませんね。いつもこんな感じだったんですか?」

  わたしは、五回目の溜め息をついたところだ。だって、お店がオープンしてから一時間も経つのにお客さんが一人も来ないのだから。

「まあ、そう焦らないでくださいよ。お客さんがどれくらい来るかなんて俺は知らないですよ」

  吉田さんはそう言ってニコニコと笑った。

「そうなんですね。って、ちょっと、ちょっと待ってくださいよ。どうして知らないんですか?  吉田さんはこの店のオーナーなんですよね?」 

「はい、オーナーですよ。ですが、お店開くのは初めてですからね」

  吉田さんはクスクス笑っている。

「……はい?  初めてって」

  わたしは、吉田さんのパッチリした黒目が大きいその目をじっと見て言った。

「どういうことですか?  以前から営業していたんじゃないんですか?」

  みどりちゃんも驚きを隠せないようだ。

「この古書カフェ店のオープンは今回が初めてですよ」

  吉田さんは信じられないことを当たり前のように言った。


  「みどりちゃん、吉田さんて変だね……」

「うん、そうかもしれないね。真理子とどっこいどっこいだね」

  みどりちゃんはちらりと吉田さんを見てからわたしに目を移して言った。

「ちょっと、みどりちゃん。どうしてわたしとどっこいどっこいなのよ。いつも本当に酷いこと言うよね」

  わたしはみどりちゃんを睨み抗議するけれど、

「だって、本当のことでしょう?」とみどりちゃんはにやりと笑った。

  わたしとみどりちゃんが言い合っていると、それまで黙っていた吉田さんが、「あの、梅木さんに並木さん、黙って聞いていましたが俺のことを変だと言っていますよね?」と言った。

「だって、本当のことですもん。ねっ、みどりちゃん」

「うん、真理子、わたしもそう思うよ。だって、吉田さんは以前から古書カフェ店を営業してきた素振りを見せてましたもんね」

  わたしとみどりちゃんが、二人で変ですよと言うと

吉田さんは頭をポリポリ掻き、

「……そう思わせたのならすみません。俺は他にもやっていることがありましてこの古書カフェ店の営業をお二人にお任せしたいと思ったんですよ」

  そう言って微笑む吉田さんの笑顔はなんだか不思議な輝きを放っていた。


  
  その不思議な輝きが何なのかは分からないけれど、 吉田さんには不思議な何かがあるように感じられた。

  窓越しに差し込んでくる太陽の光が吉田さんの柔らかそうな髪の毛を照らした。茶色ぽく輝いて見えるその髪の毛がなんだか綺麗だなとわたしはぼんやりと見つめた。

「なんだかよく分かりませんがわたしに任せてください。良い古書カフェ店作りに力を注ぎますね」

  わたしは、右手をグーにして気合いを入れてみせた。

「梅木さん、ありがとう。めちゃくちゃ気合いが入っていますね」

「はい、だって、わたしはこの古書カフェ店に惹きつけられたんですもん!  真理子スマイルで頑張ります」

  わたしは、にっこりと微笑んだ。

  だって、本当にこの古書カフェ店に惹きつけられてわたしはここにやって来た。吉田さんが何者なのかよく分からないけれどお役に立ちたいなと思った。

「わたしも頑張ります。任せてくださいね!」

  みどりちゃんもわたしと同じように右手をグーにして気合いを入れている。

  「お二人ともありがとうございます。よし、これで俺は自由な時間が持てるぞ」

  吉田さんの笑顔はぱーっと花開いた。その笑顔は向日葵みたいなそれはもう明るい笑顔だった。良かった喜んでもらえたなと思うと嬉しくなった。

  だけど、自由な時間が持てるぞと言ったその言葉がちらりと頭に引っかかるのは気のせいなのだろうか。まあ、なんでもいいか。わたしはこの古書カフェ店で頑張りたいのだから。

「それにしてもお客さんが来ませんね」

  吉田さんはひとごとのように呟き大きく伸びをした。

「吉田さん、なんだかひとごとみたいですね……」

  みどりちゃんが、ちょっと嫌そうな声で言った。

「あ、すみません。ちょっとだけ肩の荷が下りたものですから」

  吉田さんはくふふっと嬉しそうに笑い肩を震わせた。何だろう?  吉田さんのイメージが少しずつ変わっていくような気がした。
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