オレンジ色の世界に閉じ込められたわたしの笑顔と恐怖

なかじまあゆこ

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日常

オレンジ色の提灯と血

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「……それってオレンジ色の提灯が出てくる小説を書いたらっていいってことかな?」

「うん、そうだよ。赤色の提灯はたこ焼き屋、おでん屋とか焼き鳥屋にそれから居酒屋などに灯されていたりするけどオレンジ色は少なそうだぜ」

  松木はそう言ってフフンと笑っているけれど、わたしは笑えなかった。

  だって、明かりが灯るオレンジ色の提灯と血まみれの包丁からぽたりぽたりと血が滴る。そんな恐ろしい映像が頭の中に思い浮かぶ。

  ぽたりぽたりぽたりと血が滴り落ちる。ぽたぽたぽたり……床に真っ赤な血溜まりができた。

「おい、亜沙美!  顔が真っ青になっているぞ。大丈夫か?」

  松木の声が遠くに聞こえた。

  あのオレンジ色の提灯と包丁から滴り落ちる血は実際に起こったことなのだろうか。あの場所は存在しているのだろうか?

  そんなはずはないよと自分に言い聞かせた。

「おい、亜沙美!  大丈夫かよ」

  松木に身体を揺さぶられ、ハッと気がついた。

「あ、えっ。うん、大丈夫だよ……」

「だったらいいんだけど、亜沙美具合が悪いんじゃないよな?」

  顔を上げると松木が心配そうに眉をひそめていた。

「具合が悪いと言うか……」

  わたしはオレンジ色の提灯のことを松木にちゃんと話してしまおうかと悩んだ。

「どうしたんだよ。何か心配事があるなら言ってみなよ」

  松木のその声がいつもより優しくて話してみようかなと思った。

「松木、ちゃんと聞いてくれるかな?」

  わたしは松木のアーモンド型の綺麗な二重まぶたの目をじっと眺めながら言った。

「俺は亜沙美の担当だよ。それに昔からの友達なんだからちゃんと聞くぞ」

  松木のその言葉に嘘はないと思った。

  わたしは、ティーカップを持ち上げ口に運び紅茶を一口飲み心を落ち着かせた。

  そして……。

「わたし、オレンジ色の提灯に明かりがぽつんと灯っている恐ろしい夢を見るんだよ」とわたしは言った。

「ん?  オレンジ色の提灯に明かりがぽつんと灯っている恐ろしい夢?」

  松木は不思議そうに首を傾げた。

  わたしはあの恐ろしい夢の話をした。

  明かりの灯ったオレンジ色の提灯、オレンジ色の暖簾、一見穏やかそうな定食屋で包丁を握りしめていたわたし。

  そして、包丁からぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたりと血が溢れ落ち床の上は血の水たまりのようになっている。

  そんな恐ろしい夢の話を松木に話した。

  松木は黙ってわたしの話を聞いていた。

「う~ん、内容的には面白いと思うんだけどな。でも、亜沙美はその夢が怖いんだよね」

「うん、もうなんとも言えないほど怖いよ……」

  わたしはそう答えながらケーキの上に載っているイチゴをフォークで刺し口に運んだ。イチゴの爽やかな甘酸っぱさが口の中に広がった。

「……そうか。だったら仕方がないか」

「うん、オレンジ色の提灯は却下ね」

  わたしはホッとしたのだけど松木が、

「じゃあさ、オレンジ色の提灯は無しにして同窓会に行こうぜ」と言った。

「えっ!  同窓会……」

「うん、高校の同窓会に行って青春時代を思い出そうぜ」

  松木はそう言ってニッと笑った。

「どうして同窓会に行って青春時代を思い出す必要があるの?」

  わたしはその理由が分からないのとそれからなぜだか同窓会に行きたくないなと思う気持ちがあったのだ。

「亜沙美決まっているじゃないか」
「決まっている?」

「うん、高校時代の懐かしい友達に会うと小説の良い案が思い浮かぶかもしれないだろう」

  松木はフフンと得意げに笑っている。

  わたしは笑えなくてイチゴの無くなったショートケーキをぼんやりと眺めた。



  同窓会に参加しない理由も見つからず行くことになってしまった。

  高校時代は楽しかった思い出もたくさんあるはずなのに不安な気持ちが渦巻く。この気持ちは何だろうかと考えてみるけれどさっぱり分からない。

「じゃあな、亜沙美。同窓会に行ってリフレッシュしようぜ」

  松木は赤い看板とコーヒーカップのイラストが目印のカフェの前でにんまりと笑った。

「……リフレッシュになるかな?」

「なるはずだよ。ぽんこつから亜沙美先生に昇格するかもだよ」

「……ぽんこつじゃないもん」

「あはは、だったら同窓会のハガキの参加するにマルを付けて出すんだよ」

「うん、一応参加することにするけど……」

「よし、決まりだ。じゃあ、俺は寄るところがあるからまたな」

  松木はそう言って手を振りさっさと歩き去ってしまった。わたしは松木の背中をぼんやりと眺めた。

  同窓会に出席することでとんでもないことが起こるなんてこの時のわたしは夢にも思っていなかった。

  少し寂しげな秋の風がわたしの頬を撫でた。
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