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西暦二千年の君は
しおりを挟む翌朝、滋賀県名物の焼き鯖そうめんを食べながら奈央と青橋君にも祐介君がこの宿花風荘に泊まっていることを伝えた。
「えっ! 本当なの?」
奈央は目を大きく見開きながら聞いた。
「うん、それが嘘みたいな話なんだけど本当なんだよ」
わたしは焼き鯖そうめんを食べながら言った。
「姉ちゃん、祐介君も今頃このテーブルで焼き鯖そうめんを食べていたりして」
「えっ!まさかってあり得るかもね」
わたしはテーブルの上に置いていたカフェノートを開き『祐介君、おはよう。わたしは今、焼き鯖そうめんを食べています。早乙女』と書いた。
すると、祐介君からすぐに返事が返ってきた。
いつものように豪快で大きくて綺麗な文字で、『早乙女ちゃん、おはよう。うわぁ~俺も焼き鯖そうめんを食べているよ。祐介』と書かれていた。
「祐介君も焼き鯖そうめんを食べているんだって」
そう言うとみんなの視線がわたしに集まった。みんなもかなり驚いているようだ。
「この席で食べていたりしてね」
「早乙女ちゃんの隣に祐介君が座っているかもね」
「えっ! 祐介君が」
わたしはキョロキョロしてしまった。本当に祐介君がいるんじゃないのかななんて思ってしまった。
わたしの隣で鯖の煮汁がしみたそうめんを美味しそうに食べている祐介君の姿が目に浮かんだ。
西暦二千年の世界で食べる焼き鯖そうめんはどんな味がしますか?
わたしは、そうめんの上に載っている焼き鯖を口に運んだ。
朝食を終えると部屋に戻り水着の準備をした。今からわたし達は近江舞子水泳場に泳ぎに行くのだ。
「亜子ちゃん、久美佐ちゃん準備は出来た?」
「うん、出来たよ~」と亜子ちゃんと久美佐ちゃんは声を合わせて返事をした。
玄関に行くと奈央と青橋君は浮き輪を持って立っていた。
「姉ちゃん達遅いですよ」と奈央がぶつぶつ文句を言った。
わたしは聞き流し、
「さあ、行こう! 琵琶湖がわたし達を待っているよ」と言って歩き出した。
近江舞子水泳場に着いた。更衣室で水着に着替えた。
美しい白浜のビーチが続いていて近江舞子水泳場はとても綺麗だった。
「琵琶湖ってこんなに綺麗だったんだね」
亜子ちゃんが感動の声を上げた。
「今まで遊泳といえば海だと思っていたね。さあ、泳ぎに行こう!」
わたしは、湖に向かって走った。青い空に白い雲にそれから青く澄みきった湖水がどこまでも広がっている。
この湖には小学生の頃お父さんと来た。
お父さんの笑顔と奈央の笑顔が弾けていた。わたしもニコニコと微笑みを浮かべていた。
わたしは、「うわぁ~冷たくて気持ちいいぞ」とはしゃいでいる奈央に「琵琶湖、懐かしいね」と言った。
奈央はくるりと振り返り「うん、懐かしいね」と答えた。
その奈央のにっこり笑ったその顔が幼い日の笑顔と重なって見えた。懐かしくてとても懐かしくて涙が出そうになった。
水も綺麗で白浜も綺麗で景色もとても綺麗なこの琵琶湖でわたしとお父さんとそれから奈央の三人でおもいきりはしゃいだ。
あの懐かしい夏の日が今ここに返ってきたような気がした。
「姉ちゃん、魚が泳いでいるよ」
見ると水面にたくさんの小さな魚がスイスイと泳いでいた。
「本当だ。魚が泳いでいるね」
幼いあの日も魚がいるねと言って奈央と笑いあったことを思い出した。
お父さんもここにいてくれたらいいのに。ねえ、お父さん。
「お~い、姉ちゃん、どうしたの?」
「えっ?」
わたしはぼーっとスイスイと泳ぐ小さな魚を見つめていた。
「さっきから話しかけても返事もしないで水面を見つめているんだからびっくりしちゃうよ」
「あ、うん、昔のことを思い出したんだよ」
「昔のことを?」
「うん、小学生の頃にお父さんとわたしと奈央の三人でこの琵琶湖に旅行で来たな。懐かしいなと思い出したんだよ」
「……お父さんか」と奈央はぽつりと呟き水面を眺めた。
奈央もじっと水面を見つめ先程までのわたしと同じ状態になっている。
「……奈央」
「あ、うん、姉ちゃん。俺は幼くてよく覚えていないけどさ……お父さんと姉ちゃんと俺の三人でここに来て琵琶湖は綺麗だよねって言い合った記憶があるよ」
奈央はそう言いながらスイスイと泳ぐ魚を触ろうとしたけれど掴めなくてスイスーイと魚に逃げられて悔しいと唇を噛んだ。
「ねえ、奈央、お父さんと琵琶湖に湖水浴に来た時レジャーシートを敷いてお人形さんを並べて遊んだことを覚えているかな?」
「お、お人形さんってなんだよ?」
「あ、お人形さんって言うかぬいぐるみだけどね」
「知らねえよ。あ、そういえば熊のぬいぐるや猫のぬいぐるみをレジャーシートに並べて写真を撮ったかな?」
「うん、それだよ。お父さんの写真は残っていないけど熊のぬいぐるみと猫のぬいぐるみをレジャーシートに並べている写真はまだあるよ」
「そうだっけ?」
「うん、それとね、わたし熊のぬいぐるみ今でも大事にしているんだよ。今回の旅行にも持って来たもん」
「ああ、ボストンバッグに入っていた随分汚れているあのぬいぐるみのことかな?」
奈央はふぅーと溜め息をついた。
「随分汚れているぬいぐるみって失礼だよね」
わたしはぷんすかと怒った。
「まあ、でも大切なぬいぐるみなんだよね」と奈央が言ったので許してあげることにした。
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