71 / 75
西暦二千年の君は
しおりを挟む翌朝、滋賀県名物の焼き鯖そうめんを食べながら奈央と青橋君にも祐介君がこの宿花風荘に泊まっていることを伝えた。
「えっ! 本当なの?」
奈央は目を大きく見開きながら聞いた。
「うん、それが嘘みたいな話なんだけど本当なんだよ」
わたしは焼き鯖そうめんを食べながら言った。
「姉ちゃん、祐介君も今頃このテーブルで焼き鯖そうめんを食べていたりして」
「えっ!まさかってあり得るかもね」
わたしはテーブルの上に置いていたカフェノートを開き『祐介君、おはよう。わたしは今、焼き鯖そうめんを食べています。早乙女』と書いた。
すると、祐介君からすぐに返事が返ってきた。
いつものように豪快で大きくて綺麗な文字で、『早乙女ちゃん、おはよう。うわぁ~俺も焼き鯖そうめんを食べているよ。祐介』と書かれていた。
「祐介君も焼き鯖そうめんを食べているんだって」
そう言うとみんなの視線がわたしに集まった。みんなもかなり驚いているようだ。
「この席で食べていたりしてね」
「早乙女ちゃんの隣に祐介君が座っているかもね」
「えっ! 祐介君が」
わたしはキョロキョロしてしまった。本当に祐介君がいるんじゃないのかななんて思ってしまった。
わたしの隣で鯖の煮汁がしみたそうめんを美味しそうに食べている祐介君の姿が目に浮かんだ。
西暦二千年の世界で食べる焼き鯖そうめんはどんな味がしますか?
わたしは、そうめんの上に載っている焼き鯖を口に運んだ。
朝食を終えると部屋に戻り水着の準備をした。今からわたし達は近江舞子水泳場に泳ぎに行くのだ。
「亜子ちゃん、久美佐ちゃん準備は出来た?」
「うん、出来たよ~」と亜子ちゃんと久美佐ちゃんは声を合わせて返事をした。
玄関に行くと奈央と青橋君は浮き輪を持って立っていた。
「姉ちゃん達遅いですよ」と奈央がぶつぶつ文句を言った。
わたしは聞き流し、
「さあ、行こう! 琵琶湖がわたし達を待っているよ」と言って歩き出した。
近江舞子水泳場に着いた。更衣室で水着に着替えた。
美しい白浜のビーチが続いていて近江舞子水泳場はとても綺麗だった。
「琵琶湖ってこんなに綺麗だったんだね」
亜子ちゃんが感動の声を上げた。
「今まで遊泳といえば海だと思っていたね。さあ、泳ぎに行こう!」
わたしは、湖に向かって走った。青い空に白い雲にそれから青く澄みきった湖水がどこまでも広がっている。
この湖には小学生の頃お父さんと来た。
お父さんの笑顔と奈央の笑顔が弾けていた。わたしもニコニコと微笑みを浮かべていた。
わたしは、「うわぁ~冷たくて気持ちいいぞ」とはしゃいでいる奈央に「琵琶湖、懐かしいね」と言った。
奈央はくるりと振り返り「うん、懐かしいね」と答えた。
その奈央のにっこり笑ったその顔が幼い日の笑顔と重なって見えた。懐かしくてとても懐かしくて涙が出そうになった。
水も綺麗で白浜も綺麗で景色もとても綺麗なこの琵琶湖でわたしとお父さんとそれから奈央の三人でおもいきりはしゃいだ。
あの懐かしい夏の日が今ここに返ってきたような気がした。
「姉ちゃん、魚が泳いでいるよ」
見ると水面にたくさんの小さな魚がスイスイと泳いでいた。
「本当だ。魚が泳いでいるね」
幼いあの日も魚がいるねと言って奈央と笑いあったことを思い出した。
お父さんもここにいてくれたらいいのに。ねえ、お父さん。
「お~い、姉ちゃん、どうしたの?」
「えっ?」
わたしはぼーっとスイスイと泳ぐ小さな魚を見つめていた。
「さっきから話しかけても返事もしないで水面を見つめているんだからびっくりしちゃうよ」
「あ、うん、昔のことを思い出したんだよ」
「昔のことを?」
「うん、小学生の頃にお父さんとわたしと奈央の三人でこの琵琶湖に旅行で来たな。懐かしいなと思い出したんだよ」
「……お父さんか」と奈央はぽつりと呟き水面を眺めた。
奈央もじっと水面を見つめ先程までのわたしと同じ状態になっている。
「……奈央」
「あ、うん、姉ちゃん。俺は幼くてよく覚えていないけどさ……お父さんと姉ちゃんと俺の三人でここに来て琵琶湖は綺麗だよねって言い合った記憶があるよ」
奈央はそう言いながらスイスイと泳ぐ魚を触ろうとしたけれど掴めなくてスイスーイと魚に逃げられて悔しいと唇を噛んだ。
「ねえ、奈央、お父さんと琵琶湖に湖水浴に来た時レジャーシートを敷いてお人形さんを並べて遊んだことを覚えているかな?」
「お、お人形さんってなんだよ?」
「あ、お人形さんって言うかぬいぐるみだけどね」
「知らねえよ。あ、そういえば熊のぬいぐるや猫のぬいぐるみをレジャーシートに並べて写真を撮ったかな?」
「うん、それだよ。お父さんの写真は残っていないけど熊のぬいぐるみと猫のぬいぐるみをレジャーシートに並べている写真はまだあるよ」
「そうだっけ?」
「うん、それとね、わたし熊のぬいぐるみ今でも大事にしているんだよ。今回の旅行にも持って来たもん」
「ああ、ボストンバッグに入っていた随分汚れているあのぬいぐるみのことかな?」
奈央はふぅーと溜め息をついた。
「随分汚れているぬいぐるみって失礼だよね」
わたしはぷんすかと怒った。
「まあ、でも大切なぬいぐるみなんだよね」と奈央が言ったので許してあげることにした。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
【完結】碧よりも蒼く
多田莉都
青春
中学二年のときに、陸上競技の男子100m走で全国制覇を成し遂げたことのある深田碧斗は、高校になってからは何の実績もなかった。実績どころか、陸上部にすら所属していなかった。碧斗が走ることを辞めてしまったのにはある理由があった。
それは中学三年の大会で出会ったある才能の前に、碧斗は走ることを諦めてしまったからだった。中学を卒業し、祖父母の住む他県の高校を受験し、故郷の富山を離れた碧斗は無気力な日々を過ごす。
ある日、地元で深田碧斗が陸上の大会に出ていたということを知り、「何のことだ」と陸上雑誌を調べたところ、ある高校の深田碧斗が富山の大会に出場していた記録をみつけだした。
これは一体、どういうことなんだ? 碧斗は一路、富山へと帰り、事実を確かめることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる