35 / 75
幸せだった時間
しおりを挟む夕飯を食べ終え自室に戻ると眠たくなってきた。カフェノートを開こうかなと思ったけれど、それは明日にして寝ることにした。
ベッドに入るとすぐに眠りに落ちた。
そして、夢を見た。
お父さんとお母さんとわたしとそれから奈央が手を繋ぎながら歩いている。わたしと奈央は真ん中でわたしはお父さんと奈央と手を繋ぎ、奈央はお母さんとわたしと手を繋いでいる。
何を話しているのか分からないけれど、その夢の中のわたしはにこにこと笑い幸せそうだ。
家族四人でこうして笑い合っていたのはごくわずかな時間だったと思うけれど、確かに幸せな時も存在していた。
だけど、思い出そうと記憶を辿ろうとすると消えてしまいそうになる。
手を伸ばして掴もうとするとするりとわたしの前からすり抜けていく。どうして掴むことができないの……。
ねえ、どうしてと叫びたくなる。
幸せな夢だったのになぜだか哀しい気持ちになる。幸せなあの日の欠片が掴めなくてどうしようもない気持ちになる。
手を伸ばしてお父さんの大きな手を握ろうとするけれど、その手の感触を思い出すことができないのだった。
どうしてなのかな? ねえどうしてと夢の中のわたしが叫ぶ。
大好きだったお父さんの顔もぼんやりとしか思い出せない。思い出すことができない。
わたしとは全然似ていなくてだけど、その笑顔はとても優しかったはずだ。
ねえ、お父さんは何処にいるのと呟いたその時、
『早乙女ちゃんどうしたの?』と祐介君の声が聞こえてきたような気がした。
風に吹かれてカフェノートがぱらぱらとめくれた。
わたしはなんだか不思議な夢を見た。
祐介君が早乙女ちゃん泣かないでとカフェノートとの中から応援してくれている。
そんな気がした。
ぱらぱらとめくれるカフェノートの中から祐介君の笑顔がちらりと見えた。
祐介君の顔なんて知らないのに見えるはずもないのになぜだかぼんやりと浮かんでそして、消えた。
わたしは、夢を見ていた。
お父さんの忘れてしまったその笑顔と見たこともない祐介君の笑顔が一瞬重なって見えた。
『早乙女ちゃん、遠く離れていてもいつでも君のことを応援しているよ』
そんな声が何処かから聞こえてきた。
「お父さん? それとも祐介君?」
わたしは、手を伸ばした。けれど、手を伸ばして掴もうとするとわたしの前からするりとすり抜けていく。
どうしても掴むことができなかった。
目を覚ますと涙が流れていた。わたし、泣いていたんだ……。
手の甲で涙を拭いわたしはベッドから身を起こし立ち上がった。
机の前に行きカフェノートを手に取り眺めた。わたしは祐介君の顔も知らないしそれに声も聞いたこともなかったことに今更ながら気がついた。
それと、お父さんの声も忘れてしまったことも同時に気づき悲しくなった。
1
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
君のいちばんになれない私は
松藤かるり
ライト文芸
旧題:好きなひとは ちがうひとの 生きる希望
病と闘う青春物語があったとして。でも主役じゃない。傍観者。脇役。
好きな人が他の人の生きる希望になった時、それが儚い青春物語だったなら。脇役の恋は泡になって消えるしかない。
嘉川千歳は、普通の家族に生まれ、普通の家に育ち、学校や周囲の環境に問題なく育った平凡女子。そんな千歳の唯一普通ではない部分、それは小さい頃結婚を約束した幼馴染がいることだった。
約束相手である幼馴染こと鹿島拓海は島が誇る野球少年。甲子園の夢を叶えるために本州の高校に進学することが決まり、千歳との約束を確かめて島を出ていく。
しかし甲子園出場の夢を叶えて島に帰ってきた拓海の隣には――他の女の子。恋人と紹介するその女の子は、重い病と闘うことに疲れ、生きることを諦めていた。
小さな島で起こる、儚い青春物語。
病と闘うお話で、生きているのは主役たちだけじゃない。脇役だって葛藤するし恋もする。
傷つき傷つけられた先の未来とは。
・一日3回更新(9時、15時、21時)
・5月14日21時更新分で完結予定
****
登場人物
・嘉川千歳(かがわ ちとせ)
本作主人公。美岸利島コンビニでバイト中。実家は美容室。
・鹿島拓海(かしま たくみ)
千歳の幼馴染。美岸利島のヒーロー。野球の才能を伸ばし、島外の高校からスカウトを受けた。
・鹿島大海(かしま ひろみ)
拓海の弟。千歳に懐いている。
・宇都木 華(うづき はな)
ある事情から拓海と共に美岸利島にやってきた。病と闘うことに疲れた彼女の願いは。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春
mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆
人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。
イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。
そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。
俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。
誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。
どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。
そう思ってたのに……
どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ!
※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※
一途に好きなら死ぬって言うな
松藤かるり
青春
私と彼、どちらかが死ぬ未来。
幽霊も予知も過去もぜんぶ繋がる、青春の16日が始まる――
***
小学生の頃出会った女の子は、後に幽霊として語られるようになった。
兎ヶ丘小学校の飼育小屋には幽霊がいる。その噂話が広まるにつれ、鬼塚香澄は人を信じなくなっていた。
高校二年生の九月。香澄は、不思議な雰囲気を持つ男子生徒の鷺山と出会った。
二人は神社境内の奥で転び、不思議な場所に辿り着いてしまった。それはまもなく彼らにやってくる未来の日。お祭りで事件に巻き込まれて死ぬのはどちらかと選択を迫られる。
迷わず自分が死ぬと告げた鷺山。真意を問えば「香澄さんが好きだから」と突然の告白が返ってきた。
超マイペースの変人な鷺山を追いかけ、香澄はある事実に辿り着く。
兎ヶ丘町を舞台にはじまる十六日間。
幽霊も予知も過去もぜんぶ繋がる最終日。二人が積み上げた結末とは。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる