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奈央とお父さん
しおりを挟む家に帰ると奈央が居間でドーナツを食べていた。
「わっ、ドーナツだ。美味しそうだね」
わたしは、くふふと笑いながら奈央のドーナツに手を伸ばした。
「あ、姉ちゃん、俺のドーナツを勝手に食べないでくれるかな?」
奈央はこちらに振り向きわたしの顔を睨んだ。
「では、もらいま~す! いただきます」
わたしは、ココナッツがたっぷり載ったココナッツチョコレートドーナツを口に運ぶ。
「う~ん、めちゃくちゃ美味しいよ」
とびっきりの早乙女スマイルを浮かべるわたしに奈央が、「だから、勝手に食べるなよ」と言ってまたまたわたしを睨んだ。
「えっ? もらいます、いただきますって言ったでしょ?」
わたしは首を横に傾げてみせる。
「……それは勝手に取って貰うって報告じゃん。俺はあげるなんて言ってないんだからね」
奈央はふぅーと溜め息をついた。
「ケチ……」
わたしは、奈央と話していると楽しいのか嫌なのか良く分からない気持ちになる。
ココナッツチョコレートはココナッツがたっぷり載っていてシャリシャリの食感がほっぺたが落っこちてしまいそうなほど美味しい。
「……姉ちゃん」
チョコレートの甘すぎない生地とココナッツがよく合っていてもうこれはわたしの好きな味だ。
「おい、姉ちゃんってば」
わたしがせっかくココナッツチョコレートドーナツに舌鼓を打っているのにうるさいではないか。
「奈央、うるさいね」
顔を上げると、奈央がじっとわたしの顔を見ていた。
「姉ちゃん、ケチとか言いながらめちゃくちゃ美味しそうに食べているよな」
「えっ、だって、このドーナツ美味しいんだもん」
わたしは言いながらもう一口、口に運んだ。やっぱり美味しい。
「う~ん、幸せ~奈央、美味しいね」
「あっそ、もういいよ。ドーナツ一個でそんな幸せそうな顔されるとどうでもよくなるよ」
奈央はそう言いながらドーナツを口いっぱいに頬張った。
思うんだけど奈央は意外といい奴なのかもと。
「ねえ、奈央」
「姉ちゃん、何?」
口いっぱいにドーナツを頬張って食べる奈央の姿はハムスターみたいだ。
なんだかハムスターが返事をしたみたいでちょっとだけ可愛らしくて笑ってしまう。
「うん? 俺の顔に何か付いてる?」
「ううん、何も付いていないよ」
「あっそ、変な姉ちゃん」
奈央はそう言って頬張っていたドーナツを食べきり次のドーナツに手を伸ばした。
「ねえ、奈央、お父さんがいてくれたらなって思うことってあるかな?」
無邪気にドーナツを頬張る奈央を見ているとふと聞いてみたくなった。
「えっ? お父さん」
奈央は片手にドーナツを持ち振り返った。
「うん、お父さん……」
奈央は一瞬びっくりしたように目を見開きそして、口を真一文字に結びちょっと考えているようだ。
「あ、ちょっと聞いただけだから……そんなに難しく考えなくてもいいよ」
「……あ、うん。友達が父親の話をしていると羨ましいなと思うことがあるよ。それと、お父さんがいたら俺が二十歳になった時にお酒を一緒に飲めるのになって……」
奈央はそう言って寂しそうな顔をした。奈央のそんな顔を見たかったわけではないのに……わたしと同じ気持ちだったのかなと感じほんの少し嬉しかった。
「奈央……お父さんの話をしていると寂しい気持ちになるよね」
わたしは、ドーナツを片手に持ち俯く奈央に言った。
「まあね、いろいろ思い出すからね」
「……そうだよね」
「俺が小学生の時、お父さんが、奈央が二十歳になったら一緒にお酒を飲むことが楽しみだよって言っていたんだよ。一緒に乾杯しようなってさ。それなのにいなくなってしまうなんてね」
奈央は、そう言って唇をぎゅっと噛んだ。
「……奈央、なんだか寂しい気持ちになってしまったね」
わたしはそう言いながら気分を変えようとドーナツに手を伸ばした。
「姉ちゃん、また俺のドーナツを勝手に食べるんだから」
「一個くらいいいでしょ」
「はいはい、どうぞ」
わたしには奈央もいるし寂しくなんてないんだからね。そう自分に言い聞かせドーナツを食べた。
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