鏡の中の娼年 ～不幸で性格の悪い俺が、スパダリの親友に溺愛されるようになるまでの話～

優しくしないで

  ーー話し…声……？……誰か…話してるみたいだ……






「傷の処置は、終わったよ」

「よかった……」

「出血量は問題ない。傷口が深かったから、縫合したよ。一週間後、傷口の様子を見て抜糸するね。点滴は終わったら、針は抜いておいて」

「急に呼び出して、すみません……」

「それにしても……美玲、痩せたね。食べてないのかな……貧血も、酷いし……
……リストカットの傷、一段と増えたね……安定剤打ったけど、飲み薬でも処方しておくから。ちゃんと食べさせて、しっかり休ませる事」

「ありがとうございます」

「暁くんも、顔色悪いよ。君もちゃんと、休んでね」

「僕は大丈夫です、ありがとう」



  パタパタと足音が聞こえ、ドアの開閉音がした。
  話し声が止まったから、一人は出ていったみたいだ。



「美玲……今は、ゆっくり休んで……辛い事、忘れてね……」



  寝ている間もこめかみを伝う涙を、誰かが優しく拭ってくれた。



  暫く眠りにつき、目を覚ました。
  瞼を開けようとしたけど、泣きすぎて目が腫れてて、なかなか開けられない。
  ゆっくりと目を開けると、左腕は包帯でぐるぐる巻きになっていた。 



  ーー生きていたんだ…………



  死なないって、わかっていたけど……

  生きていた事に、正直落胆した。

  布団にずっしりとした重みを感じる。



  ーー暁…………



  暁が椅子に腰掛けながら、ベッドへ突っ伏して眠っていた。
  眼鏡をかけたままだから、知らないうちに睡魔に襲われ、眠ってしまったのだろう。



  ーー心配かけちゃった……



  暁の想いを知ってるだけに、優しくされるのが辛かった。



  ーー暁……ごめんね……



  手の届く場所にあった、暁の頭をそっと撫でた。
  俺が触れると、ピクリと体が動く。
  気を付けて撫でたのに、起こしてしまったみたいだ。

  暁は頭をゆっくりと持ち上げ、ズレた眼鏡を直しながら体を起こした。
  目の下には隈が出来ていて、顔色も悪い。
  寝ないで付き添ってくれていたんだなって……

  一目見てわかり、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。



「美玲……具合は、どうかな？寝ている間に、点滴打ったから……気分悪くない？」

「大丈夫……ありがとう、暁……心配かけて、ごめんね……」

「気にしないで。ご飯、食べられそう？」

「今は、食欲がない」 

「そっか。食べられるようになったら、食べようね。お店には暫く休むって連絡したよ。僕も大学、休めそうな日は休むから」

「ごめん……」

「悪いと思うなら、早く元気になって」



  ふんわりと優しく微笑む、暁の顔を見るのが辛い……

  優しくされると、罪悪感で苦しくなる。






「まだ、眠いから……」



  と、寝返りをうち、暁に背中を向け、布団を頭まで被った。



「わかった……ゆっくり、休んでね……」






  視界から暁を消し去ったのに、優しい声がうっすらと聞こえる。
  布団越しに背中へ手を添えられる。
  傍らで健気に見守っていてくれてるのが、痛いほど伝わってきた。