鏡の中の娼年 ～不幸で性格の悪い俺が、スパダリの親友に溺愛されるようになるまでの話～

契約書

「美玲が決めて良い。どうする？」

「俺は…………」



  利子は付かないとはいえ、借金の金額は大きかった。
  風俗で働くのと普通の昼職で働くのでは、貰える額が違うのは子供の俺でもわかっている。

  頭の良くない俺は、公務員や一流企業で働ける自信なんてなかった。
  最低賃金の、底辺のアルバイトくらいしか、きっと出来ない。

  考えるまでもなく、売り専しか選択肢がなかった。
  それに、ずっと身体を売っていたし、普通に働くよりは少しだけ自信があった。



「柊の店で働く……」



  あんな親父の借金なんか、さっさと返したかった。 

  選択した理由は、それだけじゃなく……



  柊の店で働けば、いつだって柊に逢えるかもって。
  柊の側に、ずっといられるんじゃないかって。

  そんな、不純な淡い期待が俺の中にあった。



「わかった。じゃあ、この書類を読んだらサインして。わからない所は、遠慮なく聞けよ。三文判なんてないだろ？拇印で構わないから」

「あの…………これ、なんて読むの？」

「小学校の低学年で習っただろ」

「あんまり、漢字わからなくて……ちゃんと書ける漢字は、名前くらいだし……」

「………………算数は？」



  少し難しい顔で考えた後、柊は聞いてきた。



「一桁の、足し算と引き算なら出来る……」



  柊は眉間に皺を寄せて考え込んで、暁は目を丸くして絶句していた。



「……学校は？お父さんに、通わせてもらえなかったの？」



  動揺してるものの、暁は落ち着いた優しい口調で聞いてきた。



「行ってたけど、殆ど寝てた。夜は客の相手させられてたから、眠たくって……それに、家で宿題なんかしてたら、親父に怒られたし……」

「どうして？」

「勉強するより、稼いでこいって……」

「…………わかった。契約書は、俺が読んでやる。美玲は、聞いてて」

「うん……」



  柊が淡々と読み上げる難しい話を、わからない所は尋ねながら聞いた。



「この内容で良いなら、ここにサインして」


 
  柊がサインを書く箇所を、長くてスラリとした指で、指し示し教えてくれた。

  唯一自信を持って書ける自分の名前を、その場所へ記入し、親指に朱肉をつけて拇印を押した。