上 下
422 / 423
エピローグ

その2・終

しおりを挟む

「それじゃあ、行ってきます」
 高校の制服に身を包んだとある女生徒が、父親に出発の挨拶をする。
「行ってらっしゃい!」
 真新しい服に合わせて購入した靴は体によく馴染んだ。彼女はそろそろくたびれてきた自転車にまたがり、葉桜の季節となった街を駆け抜けていった。
 今日は入学から二日目。入学式を終え、始業式を迎えた今日は部活の勧誘が始まるのだ。
「ねぇ、鮫島さんは部活決めてるの? 私は中学でテニス部だったから、高校でも続けようと思ってるの」
 始業式を終えてから教師が到着するまでの間、鮫島とよばれた女生徒は席の席の女の子方尋ねられた。鮫島の答えは決まっていた。
「相撲部にしようと思ってるの」
「……相撲部? え?」
 女生徒が相撲部などとは奇怪に映るのだろう、思わず聞き返す隣の女子に鮫島は苦笑する。
「この学校の相撲部ね、スポーツとか格闘技としての相撲……というのはもちろんなんだけれど、神事としての相撲を重視しているの」
「はぁ、しんじ?」
「『神の行事』って書いて神事ね。相撲ってね、元々は神同士が力比べをした神話が元になっているの。それを、見せ物として競技化したのが相撲でね……タケミカヅチっていう神様を語る上では外せない神話になっているの。その神様を讃え、神の領域に近づこうとする人間の努力こそが、相撲という競技なのよ」
「なんか、随分壮大に語るけれど……つまり、どういうこと?」
「神を讃え、神に近づく。そのためには、ただ強いだけじゃダメなんだ。お天道様は見ている、なんて言葉があるけれど、カミナリ様も見ているんだから……カミナリ様。つまり、雷神にして武神、タケミカヅチに恥じないように生きようというのが、ウチの相撲部の理念なの」
「ちょ、ちょっともう入部しているかのように語るね……っていうか、早口すぎて半分も何を言ってるかわかんないよ」
 鮫島のあまりに熱意のこもった紹介に、隣の女子は少し引いている。
「まぁ、今の2,3年生とは全員顔見知りだし……もっと前の、OBとも顔見知りだからね……要するにね、部活の活動内容は、普通の相撲部らしいこともするんだ。体を鍛えて、部員同士で練習試合をして、終わったらみんなでちゃんこ鍋……に、限らず色んな料理を作って食べる」
「うん、何と言うかイメージ通りの相撲部って感じだよね……」
「そう、そしてその他に、部員みんなでボランティア活動とか、人助けもするの。その分、まぁ……言っちゃなんだけれど、競技としての相撲はあんまり強くはないんだけれどね」
「はー……なんかすごい部活なんだね。でも、どうして今の2,3年生と知り合いなの?」
「そりゃもちろん……昔、私も『人助け』されたからだよ。相撲部の活動場所はこの学校じゃなくって、近くにある神社なの。相撲部はそこで土俵を貸してもらっててさぁ……人助けは、神社の持ち主の子供たちが始めた事なんだって。私、昔ね……」
 隣の女子に問われた鮫島は、まるで自分のことのように誇らしげに微笑んだ。
「両親がそれはもう、やばい宗教にハマってて、そんな両親にこっぴどく怒られたことがあってね……殺されると思った私は、導かれるように神社に助けを求めたの。ウチの両親馬鹿でさ、他の宗教の施設に入っちゃいけないとか、そういうことを抜かしていたから、私が神社に入ったら追ってこなかったんだよね。子供心にさ、『本当に入ってこれないんだ』って、なんか勝ち誇ったような気分だった」
「えー……マジそれ! あんたの親、頭おかしくない?」
「おかしいよ。でも、相撲部の人達がそんな両親の頭を叩きなおしてくれたんだ。まぁ、母親はどうにもならなくって、今は離婚してさ。父親の旧姓に変わったんだけれどね。私、昔は水谷って苗字だったの。今は鮫島ナツキだけれど、昔は水谷ナツキって名乗ってたの」
「そうなの!? でも、そんなことはどうでもいいけれどさ、その相撲部、マジすごくない? 他人の親を叩きなおしたってことでしょ?」
「すごいよ。正義のヒーローみたいだった。何がすごいってね、その相撲部の人、私が一時的に父親と仲が険悪になって、いつか家を出てやるって意気込んでた時に、家の掃除をするバイトを見つけてきてくれてさ。お年寄りとか、一人暮らしの男性の家に行ってお掃除をしたりとかしてたわけ。それで……あ、ごめん。また後で話すよ」
 ナツキはまだまだ語りたくて仕方がなかったが、どうやら担任の教師が来てしまったようである。話は中断、口を閉じて前を向く。ホームルームが終わった後もナツキは隣の女子に話し倒し、この学校の相撲部への想い入れを語るのであった。

 そうして、二日目にやることが終わり、学校は13時に終わり部活勧誘がスタートする。ナツキは勧誘を受けるまでもなく相撲部の入部届を書き、それを担任の教師に届けて神社へと向かう。
「ねぇ、今日は古々さんどうしてる? なんか、今日は明日香さんの守護霊をやるから、私の守護霊はさぼるって言ってさぁ……昨日から帰ってきてないんだよね」
 ナツキは鳥居の後ろで地面に寝そべりながらだらけている振々に向けて話しかける。その手にはスマートフォン、裕也と同じように遠くの誰かとスマートフォン越しに話しかけているふりである。春の日差しを受けながら気持ちよく眠っていた振々は眠そうに瞼を開きつつ、『私のところには得に報告は来ていないな』とナツキに伝える。
『明日香のやつ、近所の小学校で何か大きなもめ事を抱えているらしくてな。古々からの報告を聞いて作戦を練りたいとかどうとか……守秘義務とか言うのがあるから詳しくは聞かなかったが、まぁ、そういうことだ』
「幽霊だってのにそんなことに駆り出されるって大変だねぇ……」
『そうだな、大変だ。だが、成果は出てる。先日は明日香が……小学校のいじめの解決に向けて、明日香が校長室に殴り込みに行ってる。そのいじめの芽も古々が見つけたものなんだ……古々は、人間が好きだからな。そうやって人助けをする事は苦じゃないのさ。
 昔は、エッチな感情しか食べられなかったのに、今はそういう感情も好んで食べるようになった。もう数年前とは、別の存在になってしまったなぁ……』
 振々は昔を懐かしむように言う。
「へぇ……食べるものによって性質が変わるって言うけれど、そういうものなんだ」
『裕也のほうも、タケミカヅチの分身を連れているが……あいつが食わせる感情が庶民的過ぎてな。今じゃ分身が威厳のかけらもない存在になってしまった。だが、その分いい関係を築いている。いい取引先を探すために、大きな取引の時は分身に頼んで詐欺かどうかを見抜くようにしている。これも、分身の協力はもちろんだが、裕也の行動力があるからこそ、玉石混合とはいえ多くの取引が集まってくるんだ。裕也も明日香も、二人も守護霊の使い方をよく心得ているよ……明日香のほうは、神社の神使としての仕事がおろそかなのは褒められたことじゃあないがな』
「二人ともすごいねぇ……私も大人になったら、誰かを助けられる人になれるかな? 私のこと、いつかは古々も認めてくれるといいんだけれど。まだ危ないことはしちゃダメって」
『お前はもうすでに誰かを助けられる人になっているじゃあないか』
 振々は自分のことを一人前であるかのように言うが、ナツキはそうは思えない。彼女の場合、自分を助けてくれた真由美があまりにも眩しすぎて、自分はまだその域に達していないからと客観視できていない。
「確かに、人助けはしてるけれど……あの時、私を助けてくれたみんなのように、暴力に真っ向から対抗することもできないし、真由美さんのように暴力を受け止めて耐えるようなことも……私に真似できるかどうか」
 自分はまだまだ子供で、しかも女だ。男の強い力にはかないっこないし、お金もないし、社会的な信用もない。そんな自分でも人助けができるのだろうかと、疑問がわいて仕方ない。
『焦らんでもいい、自分の身の丈に合った人助けをすればいい。無理して助けようとして、潰れてしまっては元も子もないんだからな。時に、救いようがないと思ったならば見捨てることも重要だし……それはそれと割り切るだけの切り替えも必要だ』
「わかってるよ。相撲部の人達は、父さんは救ってくれても母親は救えなかった……昔は少し、恨めしく思ってたけれど、今思えばあれは仕方ない。母さん、完全におかしくなっちゃってたし。人助けをするときも、そういう思い切りが必要……まぁ、頭ではわかってるから、多分大丈夫。きっと、これからそういう経験もしていくんだろうなぁ……」
『それならいい。ゲームで言えば、お前はまだレベルも低く装備も整っていない状況だ。スライムを倒して経験を積めばいい。いきなりドラゴンを倒そうと思うな?』
「スライムが最初の敵って考えがもう古いよ。今の時代はゴブリンとかじゃないかな」
 ナツキは振々のセンスがあまりに古い例えに呆れて苦笑しながら神社に入っていく。
「ま、ドラゴンでも魔王でも、倒せるようになるまでの下積みは大事だよね」
 振々はセンスが古いと言われたことを気にしているのか、眉をひそめて何も言わずにいたが、忠告を素直に聞いてくれたナツキの答えには満足して笑みをこぼした。

 あの日、あの時、明日香が誘い、裕也とともに始めた人助けの連鎖は今もまだ続いている。助けられた者、居場所のないものが相撲部に集い、相撲もそこそこに人助けを行う。いつか、自分が助けたものがまた次の人助けを行うと信じて、ナツキもその流れに乗るのだ。
「あのー……すみません。俺、お参りに来たんですけれど……」
 気弱そうな少年の声に振り返る。半袖半ズボンの少年がナツキを見上げていたので、ナツキは腰をかがめて視点を合わせた。
「どうしたの? お参りだなんて、関心ね」
「女のおまわりさんが俺をいじめっ子から助けてくれて……何かお礼をしたかったんだけれど、『お礼なら、お参りに来てくれないか』って、おまわりさんが。お参りの仕方がわからなかったら聞けばいいって言われて、その……」
「そっか。じゃあお姉さんが教えてあげる」
 自分が目指すべき先輩が今も人助けを続けているのを肌で感じ、ナツキは張り切って小さな人助けを始めるのであった。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者を奪われて悔しいでしょう、ですか? いえまったく

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:2,883

逃げた村娘、メイドになる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:138

ニートが死んで、ゴブリンに

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:363pt お気に入り:32

文字化け

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

封印されし剣聖の旅路: 消えた真実を求めて

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,486pt お気に入り:17,524

処理中です...