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第19章:母親

11話

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「ん、ごめんなさい」
 母親は言葉が詰まり、バツが悪そうな顔をしながら慌てて礼と拍手、そして礼を行う。かなり慌てていたので回数も一回ずつだし、やたらと動作が早かったのだが、そこまで咎めるようなことはしなかった。その後も手水舎で手を清める際も、手つきはたどたどしいものの、一応は努力していたので裕也も厳しくは咎めない。
 値踏みされるような、試されているような居心地の悪さに、息子に会えた嬉しさもどこかに行ってしまい、彼女は完全に委縮している。そうして、相撲部の部室として使われている社務所へと案内された。
 その中で待ち構えていた四人の部員たちも、母親のことをロクでもないやつと聞き及んでおり、彼女に敵意を剥きだしだ。針のむしろのような雰囲気の中、恐る恐るテーブルに座る。母親はすっかり小さくなっていた。
「えっと、これは俺を産んだ女。三橋優菜(みつはし ゆうな)。俺の面倒をロクに見なかったクソ女だよ。どうしても会いたかったらしいから会ってやったけれど、まぁ……人間だと思わなくていいよ」
「あ、えっと……優菜、です。よろしくお願いします」
 母親、優菜は自分は歓迎されるはずだ、と思っていた。彼女は百合根の想像通り、息子のために更生しよう。息子のために覚せい剤への依存を断ち切ろう。息子のために、きちんと働く習慣をつけよう。そんな風に事あるごとに『息子のために』と言われ、励まされながら刑務所で過ごしてきた。
 更生のために優菜を励ました看守や更生施設の職員に悪気はなかったのだが、母親は息子のためにと頑張っているうちに、釈放されたころには息子が自分のことを好きになってくれる、と何故だか考えてしまったのだ。だから、裕也と会わせようとしない木村総一郎の態度が気に食わなかったし、息子を隠しているのだと本気で思い込んでいた。
 当然、今のこの状況も全く想定していなかった。反省したのに自分がなぜこんなに責められるような雰囲気じゃないといけないのかと混乱すらしていた。古々が言う、イタズラをした子供のような、そんな精神状態からまだ抜け出せていない。
 裕也にした仕打ちを軽く考えていたというのも、彼女が混乱する理由であった。
「本宮明日香です。この神社の宮司さん……まぁ、神社の持ち主の娘でして。お宅の息子が小学三年生の時、栄養状態も服も酷いものだったので、一時的に世話をしていた者です」
「木村百合根です。あなたたちが覚せい剤の使用で逮捕された後、あなたの息子さんを中学卒業まで家に居候させ、高校生になってからは学費と家賃を出して一人暮らしをさせている……木村総一郎の娘ですね。その説では、裕也君を養っていた私の父を警察に訴えるとか息巻いていたようで。恩を仇で返すのが得意なようで」
 明日香、百合根が母親に自己紹介をする。
「及川素華です。あなたの息子さんのことを良く知る……まぁ、部活仲間です。相撲部の活動ばかりじゃなく、人助けのボランティアのようなことも一緒にやっています」
「同じく、相撲部や人助けをやってます。真田真由美です。噂はかねがね聞いていますよ……息子が殴られているのを止めもせずに、自分は麻薬をやりながらセックスしてたって聞いてます」
 素華と真由美も同じく自己紹介をするが、先に牽制する。痛いところを突かれ、優菜は俯いた。
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