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第19章:母親

3話:強請る

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 そうして、現在。神が訪れる日を間近に控えていた明日香の実家だが、それほど準備する事はない。なにせ、神を迎えるにあたって、町を挙げての祭りを行うようなこともなく、神と相撲を取るようなこともない。巫女である明日香と神使の二柱、古々と振々のみが参加する、静かで厳かな儀式となる。
 相撲部の面々は参加が許可されているとはいえ、少人数であることには変わりがない。
 そのために体を清める必要もあるが、別に温められていない冷水を浴びる必要もなく、普通に風呂場でシャワーを浴びてるだけでいい。そんなわけで用意するのは、真っ新な巫女服と、神への供物となる食糧や、ちょっとした神具程度である。感謝やお祈りといった感情を捧げる準備段階は順調に進んだため、神をお迎えするにも格好がつく形となったため、あとはいつも通り、人助けをしたり、相撲部の鍛錬をしたり。相撲部の面々はいつも通りの日常を過ごしていた。
 相変わらず受験勉強のために、たまにしか相撲部に顔を見せない百合根であったが、その日はストレッチ、筋トレ、鉄砲稽古などで体を鍛え、鈍った体に渇を入れていた。受験勉強で体を動かすことが少なくなったので、その分汗を流しに来たといった感じで、直接ぶつかり合ったり取り組みをしたりというようなことはせず、本当に体を動かしに来ただけといった感じだ。無論、大会で勝ち抜くために本気で鍛えぬくような部活でもないため、特に皆とがめることなく彼女と共に練習を行うのだが……
「裕也、ちょっといい?」
 この日、彼女が訪れた理由は彼に用があったというのもある。
「また、何か?」
「あんたの母親のことよ」
 百合根がため息交じりに言う。
「……わかった」
 どうせろくでもないことなのだろうと裕也も覚悟する。
「あんたの母親さ、更生施設から解放されてから、すぐに風俗店に入れて、もうすでに働いているんだけれどさ……『息子に会わせないのは会わせられない理由があるんでしょ!』って喚いて、『監禁してる』とか、『強制労働させてる』とか、『お前を警察に訴えてやる』って父さんに駄々こねてるのよ。あんたの仕打ちを考えれば、会わせないほうがいいだろうと父さんは考えているみたいだけれど……父さんは訴えられると色々面倒な立場だからね」
「なるほど、確かにヤクザが自分の子供に合わせずに隠していたら、警察とか第三者から見れば事件性があるというか、怪しいという気持ちになるのはわからないこともないが……自分のやったことを考えて欲しいもんだがな。わかってて言っているのかもしれないけれど」
「もちろん、ね。うちの父さんが本気で怒れば、あなたのお母さんを無理やり働かせることもできるし、脅して恐怖で言うことを聞かせることも出来るだろうけれどね、でも、それだと人は長持ちしない。女を使い潰すにしたって、出来るだけ長く働かせたいというのが父さん意向」
「容赦のない言い方だな。女をモノだとでも思ってるのか?」
「あなただって、父さんのことも、自分の母親のことも随分な言い方じゃあない? ヤクザは滅びたほうがいい、そんな考えが透けて見えるよ」
 先ほどから言葉が妙にとげとげしい裕也に、百合根はそう言って笑う。
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