上 下
395 / 423
第18章:居場所になる

28話:ここが居場所

しおりを挟む


 そうして、二週間が経った。あれから、母親は風邪が長引き、咳が収まるまでに10日かかった。その間も、それからも一度もナツキに話しかけていない。当然、ナツキから話しかけることもない。
 父親は案外体が丈夫なのか、風邪もひかずにちゃんと仕事へは向かえていたが、その顔色には今まで以上の疲れが見えた。ナツキは結局、父親から差し出されたお金を修学旅行に使う事もなく、服と食糧を買って、今は毎日のように調理の勉強をしている。もう、親に食事を作ってもらう必要もないとでも言いたげに。
 それだけじゃなく、彼女はバイトをするようになっていた。もちろん、小学生の彼女が働ける正規の職場なんてものはないので、非公式のものではあるが。
「真田さん、今日はどこかいいところありますか?」
「あるよ。ここなんだけれど……」
 真由美たちは、相撲部の活動の一環で地域の人との交流があり、人脈もあった。真由美はその人脈を利用して、掃除が出来ていない家を募り、ナツキに掃除に行かせていた。時には、彼女に料理も作らせている。時給は1400円、非公式なので税金のやり取りは無し、給料はそのまま懐に入れられる。
 本当は別に家事に困っていない人間も、ナツキの事情を聞いて、助けるためと思って仕事を作っている。相撲部の皆が人に親切にしていたのだから、今度は自分も別の誰かに親切にする番だ、と。
 稼いだお金は、ナツキが自分のために使う。母親の見ている前で、自分のお金で買った食事を料理し、それを食べる。お腹いっぱい食べるのだ。母親は教団へ献金するために、相変わらず食事すらも制限している。きっと、また風邪を引いたら長引くのだろう。
「今日のお仕事、雪野恭平って男の人のところ。大丈夫だと思うけれど、一応男性の家だから催涙スプレー持って行ってね。この人もね、昔私達が助けた人なんだけれど……最近再就職して、仕事が忙しくて掃除がおろそかになってたんだって。だから、綺麗にしてあげれば喜ぶと思うよ」
「昔助けた人……どんな人だったんですか? 私みたいに困ってたんですか?」
「この人はねー……いわゆるブラック企業に勤めてた人でさー。今就職した場所は、給料は高いけれど、年末に向けて忙しくなるところなんだって……これから忙しくなるっていうのに部屋が汚れてちゃ、先が思いやられると思わない?」
 雪野が部屋を汚してしまったのも、掃除をしてほしいのも、実は仕事を作るためにわざとというわけではない。仕事が忙しくて本当に掃除する暇もなかったらしい。それでも、小学生の女の子に掃除をさせるなんて……と、最初は渋っていたが、ナツキの仕事ぶりを見て、頼ることを決めたそうだ。
 自分が相撲部に救われたように、ナツキが救われるためにはこれも必要な儀式かもしれない、と。
「そうですね。私も、そんな大人にならないようにきちんと勉強して、ダメな会社からはすぐに逃げられるようにしないと」
 ナツキは今、同年代の子供から見れば早すぎるくらいに急速に大人になろうとしている。ならざるを得ない。こんな背伸びした大人のような発言が出るナツキの境遇が真由美には悲しかった。
「ダメな宗教からもね」
「そうですね」
 自分の親が信仰している宗教を否定して、ナツキは大きくため息をつく。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者を奪われて悔しいでしょう、ですか? いえまったく

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:2,883

逃げた村娘、メイドになる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:138

ニートが死んで、ゴブリンに

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:349pt お気に入り:32

文字化け

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

封印されし剣聖の旅路: 消えた真実を求めて

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,600pt お気に入り:17,523

処理中です...