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第18章:居場所になる

5話:信仰の本質

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「正攻法って何ですか?」
「うーん、説得とか、涙を流して訴えるとか、そういうので変えるのは不可能ってことね。要するに、あなたの両親は話し合い以外の方法じゃないと、どうにもならないの……」
「そりゃそうですよね。二人を説得してくれた人の言葉のほうが絶対に正しいのに、両親は絶対に聞き入れてくれないんですもの……小さいころ、私未熟児だったそうなんです。産まれても生きていられるかわからないくらいだったんですが……。その時、たまたま宗教の関係者と居合わせて、偉い人に祈ってもらってから……どうにか私は奇跡的に……本当に奇跡的に私、何とか後遺症もなく育って、健康な赤ちゃんとして退院できたんです。
 そこから、招福教を信じるようになったらしいんです」
「そっか、元々はあなたのために神頼みをしたのね。動機としては、悪くないと思うけれど……」
「でも、祈ればなんでも救われるとか、祈るのをやめたら天罰が下るとか、父さんも母さんも言いだして。叔父さん……父の、弟さんなんですけれど、『ヤクザのやり方じゃないか』って言ってました。でも、祈り続ければ死後救われるそうですよ……祈るために、お金に執着を捨てろって、教団に金を納めているんです」
「あぁ、確かに、ヤクザのやり方ね。甘い顔で人を助けておいて、あとから追加料金だなんだと色々請求して骨の髄までしゃぶりつくすような……死後救われるって? そんな慈悲深い神様が、祈るのをやめたくらいで救わないことはあっても、天罰を与えられるだなんてあり得ないでしょうに……っていうか、それだったら今頃世界中の人間が天罰喰らってるっていうの。そもそも、お金への執着を捨てるだけなら、教団に寄付する必要もないわけだし……」
 明日香は吐き捨てるように言う。
「それは言いました。せめて教団以外に寄付しようって……でも、それを指摘しても、聞く耳もたないんです。教団に寄付するのが一番正しいお金の使い方をしてくれるって。もう、どうしようもないですね」
「……そりゃもう、正攻法じゃ絶対に無理なわけだ」
 明日香はどうしようかと唸る。信仰の本質というものは、神という上位の存在を定義することで、神に見守られている、自分の行いを誰かが常に見ているという状況を作り出し、善行を積ませるように仕向けることである。
 どれだけ良いことをしても報われないならば人はやる気をなくしてしまうが、天国へ行けるのならば善行を積むこともするだろう。そのために神という存在を定義づけるのが信仰というものだ。だが、ナツキの両親が信じている宗教は、どうにもそういうものではないらしい。ただ祈るだけで幸せになるなど、そんなちょろい神様は今の時代存在しないし、お金を教団に寄付することで喜ぶ神もいない。
 馬鹿を騙すための典型的なカルト宗教だな、と明日香は理解した。
「警察沙汰にしてもいい? それなら、いくらでも手はあるけれど? あなたへの虐待の傷は、どう考えても異常だし……」
「警察……警察、かぁ……」
 警察沙汰にするということは、家族を犯罪者にするということである。そんな、子供が親を警察に引き渡すだなんてこと、あってもいいのだろうか? そんな考えが頭によぎっている。
「なんなら、不審者がいるって警察呼ぼうか? ここ、私の家だし」
 明日香が言う。子供がずっと神社から降りてこないせいか、両親たちはさすがに声を上げることはしなくなった。いつまでも声を上げていたら、それこそ警察に通報されるという配慮からだろう。
 ベルトで付けた痛々しい腫れを警察に見られれば、言い訳できないことを判断できる頭はあるらしい。当然と言えば当然だが、子供への連絡手段を備エルにもお金がかかるため、スマートフォンもガラケーもないので連絡が来ることもない。なるほど、確かに優良な信者というわけだ。生活のためのお金を何もかも削っているから、それなりのお金はねん出できるのだろう。
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