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第16章:恋心の行方

3話:痴漢

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 裕也たちが通う高校には、40%ほどの生徒が電車を利用する。生徒が利用する時間帯の電車の乗車率は大体100%を少し上回るかどうかといったところ。つまり乗客の全員が座席を使うか、つり革につかまることが出来るかできないか、微妙なラインと言ったところだ。なので、電車の中は空いているとは言えないが、混んでいるともいえない非常に微妙な状態だ。
 そんなわけなので、たとえば不自然に密着している客などがいると、とても目立つ。カップルだったり友達だったりで隣り合って会話している姿はそこまで珍しいものではないのだが、組み合わせによっては異様な光景だ。
 同じ学校の女子生徒が、何やら普段着らしい男にぴったりとくっつかれているように見える。心なしかその表情は曇っていて、助けを求めているように見えた。それが、気のせいじゃなければいいのだが、と思いながら、今川アキラはカメラの動画撮影を起動し、彼女の横のほうへとさりげなく移動する。上手く撮れているか不安になりながら、『もうすぐ降りる駅だから今のうちに立っておきます』という体でドアの前に移動しながらの撮影。その時ちらりと見えた男の手は、どう見ても女生徒の制服の中までまさぐっているようだった。
 どうやら痴漢をされている。しかも顔は強面でどうにもガラの悪そうな男だ。見て見ぬふりをしたかったが、それは出来ない。自分は相撲部の裕也や、明日香のようには強くないので、もし相手に強く出られたら、こっちは腰が引けてしまうかもしれない。だけれど、やらなきゃ、憧れの人に近づけないとアキラは奮起する。
 アキラは一度動画を終了して、撮影データを保存すると、意を決して話しかける。
「あの、貴方、痴漢していますよね? 次の駅で降りてください」
 次の駅は丁度学校の最寄り駅だ。駅前に交番があるのも知っているので、いざとなれば警察の助けも期待できるだろう。心臓が持久走の後のように脈打ち、足が震えそうになるのを堪えながら、精一杯の強気の態度。
「は? お前なんだよ!? 俺が痴漢だとか、何言ってるわけ? 舐めてんの?」
 威圧的な相手の男の態度に怯みそうになりながら、アキラは逃げたくなるのを堪えて言う。
「……舐めてないです! 証拠の動画も撮ってます! 調べれば下着に指紋の一つや二つ、出るはずです」
「はぁ? お前の言葉なんて誰が信じるかよ! てめぇ、俺を変態呼ばわりとか、殺されてえのかおい!?」
 男はなおも威圧する。大声で威嚇され、逃げてしまいたい気持ちがどんどん高まるが、アキラもここまで来てしまってはもう後に引けない。
「変態じゃないなら、指紋採取くらい出来ますよね? 都合が悪いから吠えてるんじゃないですか?」
 怯んだら負ける。精一杯勇気を出して、アキラは退かなかった。
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