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第10章:家出のお手伝い・前編

19話

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 先ほど話した博とやらは、ここにきて借金を返し終えてからも、まだまだここで働き続けている。日常に変化があるのは怖いからここにいるとのことだが、おかげで今はすっかり慣れてしまって、失い難い日常となっている。
 ただ、この日常に慣れているかと言えばそうではない。借金を返し終えた博は、ぼったくりな寮費や光熱費、水道代などが免除されて、一日4000円で衣食住を保証され、さらにそこから税金を引いた残りと残業代が生活費である。食事つきでも一日4000円は十分にぼったくりだし、この作業所の外にいる普通の人間と比べれば安月給もいいところだが、それだけあれば一日千円分のお菓子を買っても充分に給料は余るので、残ったお金で風俗にも通えるしギャンブルもできる。
 しかしながら、ここに来たばかりの者たちはお金はもちろん心の余裕がなくて大変だ。借金を滞納して世の中を舐め腐りながら暮らしていた者たちは、娯楽のない山奥で食事も満足に取れず、そのうえ慣れない肉体労働。疲れで動けない者、口答えして散々殴られた者、イライラとしながら毒づいて近づきがたい者、様々だ。刺青の怖い男が言ったように、彼らはまさしくゴミである、外の世界では関わってはいけない存在だった。
 ここに連れてこられたばかりで元気のない者はともかく、今にも爆発しそうなほどに不機嫌そうな者は嫌でも目についた。こういう作業者のベテランである博は。そういう奴は「見るなよ」と警告する。ああいうやつには関わらないのが一番だと苦笑した。
「ああいう常に機嫌が悪いやつってのは、一番関わっちゃいけない人種だ。笑顔は友達を作るっていうけれど、逆にああいう顔は周囲に敵を作る。関わってもお前が損するだけで、何の意味もねぇ。誰かがあいつのご機嫌を取ったら、あいつはそのことに味を占めて、自分のご機嫌を誰かに取らせようとしてくる。だから、ああいうやつは徹底的に無視しろ。何か言われた時、それが納得できなかったら無視していい。
 そうすれば、あいつも自分の機嫌は自分で取れるようになるかもしれないし、そうでなければケガや病気の時に誰にも助けてもらえなかったりして、野たれ死ぬだけだ」
「そういうひと、いたんですか?」
「いたさ。いつも威張り散らして不機嫌そうなやつでさ。他人が怪我をすると心配するよりも先に文句を言うし、ざまぁ見ろってバカにしやがる。だから、そいつが怪我した時は……まぁ、誰も助けなかったな。ま、天罰みたいなもんだよ……悪いことは言わねぇ、遼君は笑顔でいとけよ」
「怖い話ですね。笑顔を心がけます」
 男の話に遼はぞっとした。
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