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第10章:家出のお手伝い・前編

16話

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「あ、はい……」
「この寮、誰も掃除してくれねーからよ、兄ちゃんが来てくれて助かったぜ」
「ど、どうも……」
 仕事が終わった後に自分で掃除すればいいのでは? と思わないでもなかったが、こんなところに来るような奴らに、そんな正論など通じないだろうな、と遼は発言を思いとどまる。
「しかし兄ちゃん運がいいな。夏は廃棄弁当じゃないから飯が美味いんだ」
「ここって……夏以外は廃棄弁当を食わせられるんですか!?」
「あぁ、秋から春まではな……夏は暑くて嫌になるが、温かい出来立ての美味い飯が食えるのはいいことだぜ」
「こ、これで美味いんですか? なかなか、いつもは酷いんですね……」
 何を話せばいいかもわからない遼に、この男は遠慮なく話しかけてくる。口が臭い。
「でも、兄ちゃんどうしてこんなところに来たんだ? 身なりもきれいだし、借金してるようには見えないじゃないか。親が事業にでも失敗したか? 借金のカタに売られたんなら、不幸としか言いようがねえなぁ」
「いえ、そういうんじゃなくって、その、家出です。家出するのに、知り合いに住み込みで出来る仕事を紹介してもらったんです……」
「ほー、家出するのにわざわざ働くだなんて感心だなぁ。友達の家に行くとか、じいちゃん婆ちゃんの家じゃダメだったのか?」
 遼は困惑しながらも、隣に座った男との会話に応じる。
「友達の家に泊るんじゃ、ただの子供のわがままで終わってしまうので……お金も少しずつ減ってしまいますし。働いて家出するなら、その気になれば一年でも家出を続けられるわけですからね。俺にここを紹介してくれた人は、逃げの家出じゃなく、攻めの家出だって……家出をしてお金を減らすんじゃなく、お金を増やして帰れば親も焦るだろうって」
「そんなに自分の家が嫌なのか? 親はどうした、酔っぱらいか? それとも夫婦喧嘩か?」
「そういうんじゃないですが……でも、会話ができない感じです」
 隣に座った男は遼に一切の遠慮なく話しかけ続ける。しかし、話を続けていくと、遼の愚痴をよく聞いてくれるし、しきりに『もうこんなところには来ないで済むようになるといいな』と、親身になってくれた。親がいて、親に養ってもらえるだけ幸せだと言いつつも、その一方で籠の鳥じゃ嫌になるのもわかると同情してくれた。ちょっとなれなれしいけれど、今の自分を肯定してくれて、とても心地が良い人物だ。
 この人は一体どんな境遇だったのだろうかと、遼は気になってしまうが詮索はしなかった。
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