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第9章:最低な男を探せ
22話・終
しおりを挟む「いいさ。愛の形は一つじゃない。授業で習ったけれど、エロスだとかアガペーだとかいろいろあるじゃねえか? 俺がお前に抱く愛は、少なくともエロスだけじゃないってことでさ……」
そう言って裕也は立ち上がり、明日香へ向かって頭を下げる。
「明日香……今日は食事に誘ってくれてありがとう」
食事に対するお礼にしては、深すぎるくらいに深いお辞儀をして、裕也はリビングへと向かう。明日香は黙ってその後ろをついていった。
リビングではすでに料理のいい匂いが漂い始めている。裕也は食事を作ってくれている友子や、お世話になりっぱなしのこの家の主、信二さんへ挨拶をすると、つけっぱなしのテレビを見てクイズ番組の謎解きに興じる。
そうこうしているうちに、夕食も出来た。
「裕也君と一緒に食べるのは正月以来かしら?」
明日香の母親、友子が嬉しそうに語る。
「いつもこの家で、部活動として夕食を食べていますが、おばさんの料理は確かに久しぶりですね。その、今日はお招きいただきありがとうございます」
「ちゃんと一人暮らししていても、いいもの食っているみたいで安心するぞ」
明日香の母親、信二は裕也の体格や肌艶を見て笑う。
「恐縮です。最近は昔よりレトルト食品も店売りのソースも、冷凍野菜も冷凍食品も何もかも美味しくなったって言いますので、案外楽なもんですよ」
「それでも、栄養バランスをきちんと考えてるなら大したもんだ。どれ、飯が終わったら一回立ち会ってみるか」
「ちょ……飯食ったばっかりなんだからお腹への衝撃は勘弁ですからね」
信二は嬉しそうに裕也を歓迎してくれる。暖かくて落ち着くこの雰囲気に、ここに来てよかったなと感じる。今日は来客があるということもあり、友子は非常に張り切って作ったらしい。こってりとした鶏のから揚げ、甘く煮込まれたカボチャの煮っころがし、具の大きい天ぷらうどんなど、ボリューム満点の食事だ。
お腹いっぱいになるまでもてなされ、このまま土俵に立つのは勘弁してくれと思っていたら、半ば強引に連れ出されてしまった。相手もお腹いっぱいで苦しいのだろう、組み合った状態からの押し合い釣り合いで勝負をつける形となったが、裕也はあっさりと負けてしまった。
やはり、この家族の鍛え方は、尋常じゃなかった。
何度か土俵の土をつけられた後、裕也は信二からまたいつでも来いよ、と言われ、友子からはタッパーに入れられた鳥の唐揚げを持たされて家を出た。雨は止んでいた。まだ梅雨は明けていないので一次的なものだろうが、帰るときに傘が必要ないのはありがたかった。
「……なんか、もやもやしてたのが一気になくなった気がする」
『へぇ、どうして?』
「それ、聞く必要ある? わかるだろ」
『ないと言えば、ない。けれど。でも、言葉にしてみると、納得できるかもしれないよ』
「……なるほど。あー……なんていうのかな」
裕也はしばらく考えて。
「俺は、生きていてもいいんだなって、思えたから。明日香の言葉じゃなく、態度が。友子さんや信二さんの態度が……これが、愛なのかなって」
『ふむふむ』
「あの人たちなら俺が悪いことをしたら𠮟ってくれるだろうし、俺が不幸な目にあったら悲しんでくれる。俺が成功すれば喜んでくれるだろうし……そう思ったんだ。もちろん、本宮家の皆さんだけじゃなく、古々も……愛されてるし、それに愛してる」
『あら、愛してるだなんて嬉しい。じゃあ、愛してるってことで、私も貴方が悪いことしたら叱ってもいいの?』
「あぁ、叱って欲しい。代わりに、いいことした時は褒めろよ?」
『わかってる』
裕也は『ありがとう』と古々に言うべきかどうか迷い、結局照れくさくて言わなかった。どうせ、言わなくても古々は感謝の気持ちなんてわかってくれるだろうから。
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