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第9章:最低な男を探せ

16話

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『そんなことはない……貴方は、もっと幸せになるべきで……』
「そうじゃあないんだ! 昔の俺が否定されて、嫌なんだ!」
 こうなってしまうと、もう何を言っても収まりそうにない。よほどショックなのだろう、怒りと悲しみの感情が今まで見たこともないほどに膨れ上がっている。こんなもの、感情を直接感じることができる古々達のような妖怪でなくてもわかるほどだ。これだけ怒りと悲しみが溢れていると、何か悪い妖怪でも引き寄せてしまうだろう。守護霊がいなければ確実に取り憑かれる案件だ。
「……世間から見れば、俺はそんなものなのか? 産まれないほうが良かったって言うのかよ……」
『私はあなたの過去を深くは知らないから偉そうなことは言えないけれど……でも、貴方はきっと稀有な例だから……』
「わかってる。わかってるけれど……」
 明日香や素華が中絶を勧める理由というのはわからないでもない。自分の母親はあの日向とかいう女以上にちゃらんぽらんな女だったし、父親もいなかった。自分で言うのもなんだが、まともに育っている今の状況は奇跡と言ってもいい。
 明日香や素華の言うように、自分は堕胎されることが正しいと感じてしまっているからこそ、裕也は怒りのやり場がなかった。古々に毒づくような八つ当たりしかできなかった。
 家に帰ると、裕也はシャワーを浴びてすぐにふて寝を始めた。今度はわめきたてる事もせず、悔しそうに涙を流しながらベッドに伏せる。古々はその間、ずっと裕也の傍にいた。視界に入るように、しかし声をかけることはせずにそばにいる。
 古々はまだ、裕也の過去に何があったのかを知らない。今川アキラに対して、母親がろくでもなくて、父親すらわからないということをぽろっと漏らしていたが、それ以上のことはまだ聞いていない。
 まだ教えてもらえるほど仲が良くなっていないのかもしれない。だから、声をかけるのは憚られる。それでも、寄り添うことはできる。一緒にいて八つ当たりの的になるくらいはできる。裕也に一人にしてほしいと言われたら、すぐにどこかへ行くつもりだった古々ではあるが、裕也はそばにいる古々に何も言わなかった。
 古々の存在は認知しているが、不思議と鬱陶しいと思うこともなく、それどころかそばにいる彼女を意識するたびに、心が楽になるような気がした。自分を大事にしてくれる誰かがそばにいるということは、とても安心するのだということを理解した。
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