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第4章:人の痛み
9話
しおりを挟む食事が終わると、明日香は真由美の腹に腹にサラシを巻き、さらにスタンガンを持たせる。腹にサラシを巻いておけば殴られても大して痛くないだろう、と考えてのことだ。真由美の話を聞く限り、父親は目立たない場所を殴るようで、真由美の痣は腹のあたりに集中していた。そのほか、明日香はガムテープも用意しており、何を想定してるのかわからないが、二人が確固たる目的を持って手段を考えているのだと解釈し、真由美は戸惑いながらも信じることにした。
「あの人たち、変な人でしょ? だけれど、私の置かれてる状況も、貴方の置かれている状況も、結構変な状況だし……毒を以て毒を制すじゃないけれど、変な奴らじゃなきゃ解決できないこともあるでしょ? 真由美さん……多分大丈夫だから、信じてあげて……多分」
素華の言葉はもっともだ。傍で見ている真由美にも、裕也と明日香の様子が異常な状況だとは分かっているが、そもそも自分がもともと置かれている状況が異常なのだ。異常な状況に、普通の手段では立ち向かえないというのは、たしかにそうなのかもしれない。真由美は二人の異次元な解決方法にうろたえながら、それを無理やり納得して見守ることしかできなかった。
準備が完了したところで、一行は真由美の家に向かった。真由美が住む集合住宅。築三〇年はゆうに超えているだろう、老朽化したマンションで、ところどころがひび割れていたり、非常階段の塗装が剥げて錆が浮かんでいる。こんなところに住んでいるとなると、あまり経済状況もよさそうではない。
父親は俺が稼いでいる、とか大黒柱だ、とか言っているようだが、聞いてあきれる。
「ここです」
真由美が自分の部屋に案内する。彼女のスマートフォンには着信や通知が十数件はたまっており、それを既読せずに震える彼女の目が恐怖に怯えている。
「それじゃ、胸ポケットにスマホ入れて録音しなさい。もしも殴られたら映像も撮影しましょう、そうすれば証拠もばっちり撮れる」
「痣の写真はさっきも撮ったろう? 俺は見てないけれど……これ以上証拠を取る必要なんてあるのか?」
さらに証拠を集めようとする明日香に、裕也は首をかしげる。
「……うーん。そうねぇ。裕也君自身もそうだと思うけれど、別に私は女が殴られたところで、それだけじゃ怒ったりしないのよ。殴られる理由がある女なら別に殴られても仕方ないと思うし。ないと思うけれど、真由美さんが嘘をついていて、実は本当は大した不良娘で、父親はまっとうな躾をしてるだけかもしれない……という可能性もある。
私が本気で戦うためには、その疑念を払拭しなきゃいけないんだ。真由美ちゃんが嘘をついているって言いたいわけじゃないけれど、万一のことも考えると、一方のいい分だけを聞いてそれを盲目的に信じるのは危ないからってこと。それに、客観的な証拠は必要でしょ?」
「お前、意外と考えているんだな」
「まあね。ごめんね、真由美さん。私も、私なりにあなたを信じてあげたいんだけれどさ……万が一ってこともあるじゃない? 私は、会ったことのないあなたの父親を許せないとは言ったけれど、それはあくまであなたの話が真実なら……であって、一応、この目で確かめたいの」
「なら、これ、見てください……」
明日香が申し訳なさそうに言うと、真由美は黙ってスマートフォンを差し出した。
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