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第二章 縁結び稲荷と神隠し
第21話 あやかしの正体
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「流石ですね。これで緋呂巳も清瀬の虜ですね」
「そんなことは」
「でも……」
一聖がちょっと寂し気に顔を伏せる。
「私を思う気持ちは緋呂巳の方が大きいなんて……もう、嘘でも言わないでくださいね」
「……」
やっぱり、めんどくさい奴だな。
思いっきり顔を歪めそうになった清瀬、寸でのところで踏みとどまる。
「ええ、もちろんです、旦那様。私の方が大きいに決まっているではないですか」
不自然な笑顔で棒読み。にもかかわらず花開く一聖の笑顔。あまりにも嬉しそうに笑うので、清瀬もつられて笑い出してしまった。
まったく。可愛い奴だな。
ま、単純で扱い易いってことか。
自分のほうが数倍単純だということを棚に上げて、今度は心の底からにっこりと微笑んだ。
見込み通り、緋呂巳は仕事が早かった。
次の日の昼下がり、緋呂巳が疑わしきあやかしを捉えたという知らせが、帰蝶によってもたらされた。あ、うんを遣いにやって、無事回収してきたところ。
普段は手入れの行き届いた華川家の庭先が、アッという間に破壊されていく。
額から角をはやした鬼女が、死んでも離すまじと絡みつく緋呂巳を振り切ろうと暴れまくっているからだ。
前後左右へ転がりまくる二人が、突如動きを止めた。疾風の如く割り込んだ長身の男が金の刃を鬼女の首筋へピタリと当てている。
「我ら妖狐族の神域を穢したのはお前か! 翡翠と琥珀を愚弄した報い、今すぐ受けてもらうぞ!」
風になびく金色の長い髪、燃える赤い瞳、尻尾の先を金の刃と変えた狐太郎。
いつもとは違う氷の表情で鬼女の首を刈り取ろうと尾を振るう。
「待って! 待ってくれ、狐太郎!」
間一髪心刀で防いだ清瀬は、その威力の凄まじさに吹っ飛ばされた。追い打ちをかけるようにギラリと突き刺す切れ長の双眸。
「小娘、我に意見するとは無礼千万。次はお前の首だ!」
「待ってくれ、狐太郎殿。私の首ならいつでもやる。だから、彼女に話を聞く時間をくれ。でないと、娘たちの行方に繋がる情報が途切れてしまうかもしれないんだ。頼む!」
慌てて立ち上がった清瀬は、狐太郎の足元へ駆け寄り土下座した。一瞬驚いたように紅の瞳が動く。ピクリと口元をひきつらせたが、何も言わずに動きを止めてくれた。
駆けつけた一聖が、清瀬と共に頭を下げた。
「妖狐族の長、狐太郎殿。私からもお願いします。どうか話をさせてください」
一聖の加勢に、体の芯が熱くなった。
こんなに心強いなんて……
背中を押された安堵感が清瀬を奮い立たせてくれる。共にもう一度深く頭を下げた。
「……こやつの処遇は我に委ねると約束しろ。さすればしばし待ってやる」
「「ありがとうございます」」
静かに刃を降ろし少しだけ後ろへ引くも狐太郎の表情は変わらず、小さな綻びも許されないような緊張感がその場を支配していた。
一連の様子をわなわなと震えながら見ていた鬼女が、怯えたように弁明を始める。
「あたしは何もやってないんだよ。いきなりこの蛇が飛び掛かってきて」
「何もやってないわけないでしょ。私の勘に狂いはないわ!」
ぎりりと鬼女を締めあげながら青筋たてて怒る緋呂巳。
「今日はまだ何もやっていなかったかもしれない。でも、私は緋呂巳殿の勘を信じている。今までに何をやったのか話してくれないか?」
静かに問い掛ける清瀬。
「あら、思ったより話が分かるじゃない。そりゃ、女の勘は私のほうがあんたよりずーっと鋭いものね」
緋呂巳の皮肉が、重苦しいその場の雰囲気を少しだけ軽くしてくれた。意外な効能に清瀬の瞳に感謝が浮かぶ。目ざとく気づいた緋呂巳の目が泳いだ。
「別に、悔しいからちょっと悪戯しただけで……」
「悪戯って、どんなことをしたんだ?」
「だって……世の中なんて不平等だから」
空気が震え、金の刃が再び鬼女の首を捉える。
「悪戯とぬかしたな。許さん」
「狐太郎殿、娘達の行き先がまだです。今しばらくお待ちください」
丁寧な言葉ながらも、今度は凛とした態度で狐太郎に願い出る一聖。一歩も引かぬ姿勢に、清瀬はまた勇気をもらった。
狐太郎の炎のような瞳が鬼女を串刺した。
「……娘達は豊島稲荷に詣でた後行方不明になったのだったな。確かに、そんな不名誉をそのままにはできない。早く居所を吐け!」
恐怖に顔を歪めた鬼女はへなへなとその場にへたりこんだ。
拘束を解いて人の姿に変化した緋呂巳が「あ~あ、巻き添えなんかごめんだわ」と言いながら素早く離れる。
しばしぽろぽろと涙を零していた鬼女、耐え切れなくなったように逆切れし始めた。
「何よ! 玉の輿ってのは、貧しい女がどん底から這い上がるために金持ちの男を捕まえることだろう? なのになんで綺麗な服着てちゃらちゃらしているお嬢様がお願いしているのさ! どんだけ欲張りなのよ。ふざけるな!」
その言葉に、狐太郎の眉がぴくりと跳ねた。そもそも、その噂をばら撒いたのは自分だったことを思い出したようだ。はからずも元ネタになってしまった清瀬も少々居心地が悪い。
「あたしなんか貧乏で苛められて騙されて売られて溺れて、ロクな人生じゃ無かったのに」
「騙されて売られて溺れて……」
鬼女の言葉を反芻しながら、清瀬は無意識に彼女の横に跪いていた。
「そうよ! 生まれてからずっと辛くて悲しいことばっかり。なんで生まれてきたのかわからない」
「それは……辛かったな。そなた、以前は人間だったのか?」
「清瀬はそんなことも知らないの? 鬼女ってのは、恨みつらみを募らせて死んだ人間の女のなれの果ての姿なのよ。生まれも育ちもあやかしって言う私や狐太郎のようなのとは、ちょっとばかり出所が違うわね」
ふんと鼻で笑いながらも、緋呂巳が説明してくれた。
「そうか、あやかしにも色々あるのだな」
素直に頷いてから、鬼女に向き合った清瀬は優しい声で促す。
「そなたのこと、もっと話してくれないかな」
鬼女の現世での名前は小梅と言った。彼女の語るところによれば、甲州の貧しい小作農家に生まれ幼い頃に宿場へと売られた。飯盛り女として働いていた時に知り合った男に惚れて貢ぐも、彼が事件を起こして共に江戸へ。しばらく長屋で細々と暮らしていたのだが、知らぬ間に異国の人買いへ売り飛ばされていた。結局、海へ飛び込んで溺れ死んでしまったというのだ。
「もう、散々な人生さ。異国に売られるなんて恐ろし過ぎて、逃げるのに必死で泳げないことをすっかり忘れていたんだよ。着ているものが重くて重くてね。アッという間に下へ下へと引っ張られて、死んじまった。つまらない一生だったよ」
その後、ふっと目を開けたら……鬼女になって江戸の町をさ迷っていたらしい。
「気づいた時は嬉しかったよ。これで、あたしを苦しめた奴ら全員不幸のどん底に引きずり込んでやれるってね」
「で、不幸のどん底へ突き落としたというわけか」
「違うよ。憎くてしょうがないけどさ、いざとなったらそんな度胸は無いんだよ。あたしは怖がりなんだから」
しおらしく俯く鬼女に、緋呂巳がくわっと牙を剥く。
「でも、綺麗な女たちには悪戯したんでしょ。そういうのを逆恨みって言うのよ! さあ、そろそろ彼女達の事を白状なさい!」
いよいよ本題に触れざるおえなくなって、開き直ったように話し始めた。
「別に、ちょっとばかり幽世へ招いて般若の顔で追いかけまわしてやっただけさ。肝冷やして泣きわめいていたわ。いい気味」
「え! 本当に神隠しが起こっていたんだな」
噂はあながち間違いでは無かったのだと驚いた清瀬。
「それでそのまま、彼女たちを幽世へ置いて来たのか?」
「そんなことはしてない。直ぐに返したよ」
「この期に及んで嘘を重ねるとは、お前もいい度胸だな」
再び狐太郎に睨まれて、己の危機を思い出した鬼女。叫ぶように答えた。
「そんなこと言ったって知らないよ。『もういいから、行きたいところへおゆき』って現世へ帰したんだから、家に帰ったんじゃないの? ぬくぬくと育っているんだからさ。親の顔も覚えていないあたしとは違うだろ?」
行きたいところ……だと?
彼女たちの行きたいところって何処だ!
「そんなことは」
「でも……」
一聖がちょっと寂し気に顔を伏せる。
「私を思う気持ちは緋呂巳の方が大きいなんて……もう、嘘でも言わないでくださいね」
「……」
やっぱり、めんどくさい奴だな。
思いっきり顔を歪めそうになった清瀬、寸でのところで踏みとどまる。
「ええ、もちろんです、旦那様。私の方が大きいに決まっているではないですか」
不自然な笑顔で棒読み。にもかかわらず花開く一聖の笑顔。あまりにも嬉しそうに笑うので、清瀬もつられて笑い出してしまった。
まったく。可愛い奴だな。
ま、単純で扱い易いってことか。
自分のほうが数倍単純だということを棚に上げて、今度は心の底からにっこりと微笑んだ。
見込み通り、緋呂巳は仕事が早かった。
次の日の昼下がり、緋呂巳が疑わしきあやかしを捉えたという知らせが、帰蝶によってもたらされた。あ、うんを遣いにやって、無事回収してきたところ。
普段は手入れの行き届いた華川家の庭先が、アッという間に破壊されていく。
額から角をはやした鬼女が、死んでも離すまじと絡みつく緋呂巳を振り切ろうと暴れまくっているからだ。
前後左右へ転がりまくる二人が、突如動きを止めた。疾風の如く割り込んだ長身の男が金の刃を鬼女の首筋へピタリと当てている。
「我ら妖狐族の神域を穢したのはお前か! 翡翠と琥珀を愚弄した報い、今すぐ受けてもらうぞ!」
風になびく金色の長い髪、燃える赤い瞳、尻尾の先を金の刃と変えた狐太郎。
いつもとは違う氷の表情で鬼女の首を刈り取ろうと尾を振るう。
「待って! 待ってくれ、狐太郎!」
間一髪心刀で防いだ清瀬は、その威力の凄まじさに吹っ飛ばされた。追い打ちをかけるようにギラリと突き刺す切れ長の双眸。
「小娘、我に意見するとは無礼千万。次はお前の首だ!」
「待ってくれ、狐太郎殿。私の首ならいつでもやる。だから、彼女に話を聞く時間をくれ。でないと、娘たちの行方に繋がる情報が途切れてしまうかもしれないんだ。頼む!」
慌てて立ち上がった清瀬は、狐太郎の足元へ駆け寄り土下座した。一瞬驚いたように紅の瞳が動く。ピクリと口元をひきつらせたが、何も言わずに動きを止めてくれた。
駆けつけた一聖が、清瀬と共に頭を下げた。
「妖狐族の長、狐太郎殿。私からもお願いします。どうか話をさせてください」
一聖の加勢に、体の芯が熱くなった。
こんなに心強いなんて……
背中を押された安堵感が清瀬を奮い立たせてくれる。共にもう一度深く頭を下げた。
「……こやつの処遇は我に委ねると約束しろ。さすればしばし待ってやる」
「「ありがとうございます」」
静かに刃を降ろし少しだけ後ろへ引くも狐太郎の表情は変わらず、小さな綻びも許されないような緊張感がその場を支配していた。
一連の様子をわなわなと震えながら見ていた鬼女が、怯えたように弁明を始める。
「あたしは何もやってないんだよ。いきなりこの蛇が飛び掛かってきて」
「何もやってないわけないでしょ。私の勘に狂いはないわ!」
ぎりりと鬼女を締めあげながら青筋たてて怒る緋呂巳。
「今日はまだ何もやっていなかったかもしれない。でも、私は緋呂巳殿の勘を信じている。今までに何をやったのか話してくれないか?」
静かに問い掛ける清瀬。
「あら、思ったより話が分かるじゃない。そりゃ、女の勘は私のほうがあんたよりずーっと鋭いものね」
緋呂巳の皮肉が、重苦しいその場の雰囲気を少しだけ軽くしてくれた。意外な効能に清瀬の瞳に感謝が浮かぶ。目ざとく気づいた緋呂巳の目が泳いだ。
「別に、悔しいからちょっと悪戯しただけで……」
「悪戯って、どんなことをしたんだ?」
「だって……世の中なんて不平等だから」
空気が震え、金の刃が再び鬼女の首を捉える。
「悪戯とぬかしたな。許さん」
「狐太郎殿、娘達の行き先がまだです。今しばらくお待ちください」
丁寧な言葉ながらも、今度は凛とした態度で狐太郎に願い出る一聖。一歩も引かぬ姿勢に、清瀬はまた勇気をもらった。
狐太郎の炎のような瞳が鬼女を串刺した。
「……娘達は豊島稲荷に詣でた後行方不明になったのだったな。確かに、そんな不名誉をそのままにはできない。早く居所を吐け!」
恐怖に顔を歪めた鬼女はへなへなとその場にへたりこんだ。
拘束を解いて人の姿に変化した緋呂巳が「あ~あ、巻き添えなんかごめんだわ」と言いながら素早く離れる。
しばしぽろぽろと涙を零していた鬼女、耐え切れなくなったように逆切れし始めた。
「何よ! 玉の輿ってのは、貧しい女がどん底から這い上がるために金持ちの男を捕まえることだろう? なのになんで綺麗な服着てちゃらちゃらしているお嬢様がお願いしているのさ! どんだけ欲張りなのよ。ふざけるな!」
その言葉に、狐太郎の眉がぴくりと跳ねた。そもそも、その噂をばら撒いたのは自分だったことを思い出したようだ。はからずも元ネタになってしまった清瀬も少々居心地が悪い。
「あたしなんか貧乏で苛められて騙されて売られて溺れて、ロクな人生じゃ無かったのに」
「騙されて売られて溺れて……」
鬼女の言葉を反芻しながら、清瀬は無意識に彼女の横に跪いていた。
「そうよ! 生まれてからずっと辛くて悲しいことばっかり。なんで生まれてきたのかわからない」
「それは……辛かったな。そなた、以前は人間だったのか?」
「清瀬はそんなことも知らないの? 鬼女ってのは、恨みつらみを募らせて死んだ人間の女のなれの果ての姿なのよ。生まれも育ちもあやかしって言う私や狐太郎のようなのとは、ちょっとばかり出所が違うわね」
ふんと鼻で笑いながらも、緋呂巳が説明してくれた。
「そうか、あやかしにも色々あるのだな」
素直に頷いてから、鬼女に向き合った清瀬は優しい声で促す。
「そなたのこと、もっと話してくれないかな」
鬼女の現世での名前は小梅と言った。彼女の語るところによれば、甲州の貧しい小作農家に生まれ幼い頃に宿場へと売られた。飯盛り女として働いていた時に知り合った男に惚れて貢ぐも、彼が事件を起こして共に江戸へ。しばらく長屋で細々と暮らしていたのだが、知らぬ間に異国の人買いへ売り飛ばされていた。結局、海へ飛び込んで溺れ死んでしまったというのだ。
「もう、散々な人生さ。異国に売られるなんて恐ろし過ぎて、逃げるのに必死で泳げないことをすっかり忘れていたんだよ。着ているものが重くて重くてね。アッという間に下へ下へと引っ張られて、死んじまった。つまらない一生だったよ」
その後、ふっと目を開けたら……鬼女になって江戸の町をさ迷っていたらしい。
「気づいた時は嬉しかったよ。これで、あたしを苦しめた奴ら全員不幸のどん底に引きずり込んでやれるってね」
「で、不幸のどん底へ突き落としたというわけか」
「違うよ。憎くてしょうがないけどさ、いざとなったらそんな度胸は無いんだよ。あたしは怖がりなんだから」
しおらしく俯く鬼女に、緋呂巳がくわっと牙を剥く。
「でも、綺麗な女たちには悪戯したんでしょ。そういうのを逆恨みって言うのよ! さあ、そろそろ彼女達の事を白状なさい!」
いよいよ本題に触れざるおえなくなって、開き直ったように話し始めた。
「別に、ちょっとばかり幽世へ招いて般若の顔で追いかけまわしてやっただけさ。肝冷やして泣きわめいていたわ。いい気味」
「え! 本当に神隠しが起こっていたんだな」
噂はあながち間違いでは無かったのだと驚いた清瀬。
「それでそのまま、彼女たちを幽世へ置いて来たのか?」
「そんなことはしてない。直ぐに返したよ」
「この期に及んで嘘を重ねるとは、お前もいい度胸だな」
再び狐太郎に睨まれて、己の危機を思い出した鬼女。叫ぶように答えた。
「そんなこと言ったって知らないよ。『もういいから、行きたいところへおゆき』って現世へ帰したんだから、家に帰ったんじゃないの? ぬくぬくと育っているんだからさ。親の顔も覚えていないあたしとは違うだろ?」
行きたいところ……だと?
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