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第二章 縁結び稲荷と神隠し
第20話 大警視からの依頼
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日が落ちた頃ようやく帰りついた二人を待ちかねていたのは、狐太郎と要三郎。二人も今日は一日『せいじ』探しをしていたのだ。
「おかえり、一聖、清瀬」
要三郎の執務室で、ぱたりぱたりと尻尾を動かす狐太郎。眠そうに欠伸を連発している。早速膝に乗せて撫で回せば、くうぅくうぅと健やかな寝息をたて始めた。
「昨夜あれから色々と調べていたようですね。ほとんど寝ていないのでしょう」
「なんだかんだ言って、責任感が強いやつだよな」
「そうですね」
清瀬の横に腰を降ろした一聖も、優しい眼差しを狐太郎に注ぐ。
「で、わかったのか。要三郎」
カチリと眼鏡を上げた要三郎が頷く。
「可能性がある人物を二人見つけました。一人は醤油問屋の放蕩息子、唐松清司。役者のような優男で女遊びも盛んなようですね。親の方はそろそろ暖簾分けして独立させようと躍起になっているようですが本人は乗り気で無いようで。気に入った嫁が見つかったらと言いふらしてのらりくらりとしているようです」
「なるほど。それで、玉の輿結婚を願う女性が増えているってわけだね」
「もう一人は、最近銀座に新店舗を構えた翁州屋という呉服商の手代、須崎世治。元々は地本問屋だったそうですが、潰れた老舗呉服屋から商品を大量に譲り受けたとかで、あっという間に売上を伸ばしてきたようです。畑違いの商売を軌道に乗せた敏腕手代と言うのがこの男らしく、如才ない色男で、お得意先の女性たちに人気らしいですよ」
「清瀬が言っていた呉服屋にも『せいじ』が居ましたね」
「今日だけで二人も見つかったんだから、きっとみんなが願った『せいじ』は別々の人だったんだよ。良かった」
翡翠と琥珀の気持ちを思い、ほっとした清瀬。
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。もう少し慎重に調べてみます」
至極真っ当な返答をする要三郎に、ついつい苦虫を噛み潰したような顔を向けてしまった。
生真面目な奴だな。まあ、だからこそ、変人一聖殿の補佐が務まるのだろうけれど。
「それとは別に」
その時、ひらりひらりと白い蝶がやって来て、要三郎の肩に舞い降りた。
「こんなところに蝶?」
「蝶化身。要三郎の式神の一人ですが……多分、前世で縁があった女性だと思いますよ」
最後の方はこそりと一聖が囁いた。
堅物人間、要三郎殿の前世の恋人……どんな女性だろう。ちょっと楽しみ。
蝶の声を聞くかのように静かに耳を澄ましていた要三郎が、ちょっと難しい顔になった。そして「ありがとう」と労いの言葉をかけると、優しくその手に包み込んだ。
お! 要三郎殿も隅におけないな。
ニマニマする頬を必死に抑えながら見つめていた清瀬だったが、次の要三郎の話に、眉間に皺を寄せることになる。
「実は、大警視、菱沼様から依頼がありました」
「そうか。あやかしがらみと目星をつけられた案件があるんだね」
「はい。ここのところ華族や商家の娘が立て続けに行方不明になっているようです。お金目当ての誘拐ではないようで、要求などは無く、しらみつぶしに捜索しても行き先がわからずお手上げ状態のようです。ただ、その娘たちの行動を調べてみたところ、みんな……」
そこで言いにくそうに一呼吸置いた。
「豊島稲荷に願掛けに行った後、行方がわからなくなっているとのことです」
「「!」」
一難去ってまた一難。翡翠と琥珀には聞かせたくない話がまた舞い込んだ。
「狐太郎には話したのか?」
「いえ、まだ」
合理主義の要三郎でも、翡翠と琥珀の心を守りたいと思っていることが伝わってくる。無意識に清瀬の手も、膝上の狐太郎の耳を塞いでいた。
「娘は神隠しにあったのだと言い始める家族もいるようで、あまり噂にならないうちに解決したいとのことでした」
「あ!」と声をあげた清瀬が、一聖の顔を見て小声で尋ねる。
「川の中の白い手と失踪事件。何か関係があったりするのかな?」
「無いとは言いきれないですね。ただ……数が違い過ぎます。あの川底に眠る霊の数は兎に角多い。今回の事件では、せいぜい四、五人というところでしょう。そうだろう? 要三郎」
「ええ、ご推察通り、ここ三週間の間に四名です」
「内密に豊島稲荷を見張っておかなければいけないね」
「ええ、そう思いまして、もう式神を何体か送ってあります。先ほどの帰蝶からの報告では」
「きちょう?」
聞き返す清瀬に、要三郎が「こほん」と咳払いして答える。
「蝶化身の名前ですが」
「あ、そういうことか」
あ、うんとは違って、なかなかに美しい名前じゃ無いか。要三郎の想いが籠っているのだろうな。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃないぞ!
「ごめんなさい。続きを」
「……帰蝶からの報告では、豊島稲荷の周りにあやかしの残滓が確認されたと言うことです。正体はまだつかめていませんが、近日中にはわかるでしょう」
「流石要三郎だね。仕事が早い。よろしく頼むよ」
一聖が満足そうに頷くと、「でも、要三郎ばかりに負担をかけてはいけないね。私も送っておこう」と言って掌にふっと息を吹きかけた。現れ出た紙人形は直ぐに飛び立っていくかと思いきや、ポンと音をたてて実態のある姿に変わってしまった。
「一聖様~。ようやくこの緋呂巳を呼んでくださったのね。もう、一日千秋の想いでお待ちしていたんですのよ~」
「え!」
一聖の膝に乗ってぎゅうっと首に抱きついたのは、以前清瀬に嫉妬心全開で襲い掛かってきた蛇女の緋呂巳だった。ぎょっとして思わず身構える清瀬。
顔色一つかえない要三郎。「あ~あ、やっぱり」とため息をついた一聖。
「緋呂巳。それが主人に対する態度ですか?」
「あら、いいじゃない。ご主人様。緋呂巳を待たせた罰ですよ」
両手で頬を挟まれそうになった一聖が、素早く「拘!」と言って術を放つ。
「い、いたい。痛いです。ご主人様、ごめんなさい。ふざけ過ぎました。許して……」
カチンと固まったように動きを封じられた緋呂巳が涙目で一聖に謝罪しつつも、嬉しそうに頬を赤らめている。
やっぱり、こいつは変態だ!
いや、ツッコむのはそこじゃない。なぜここに?
思わず一聖に確認する。
「もしかして、こいつと式神契約を結んだのか?」
「そうなのですよ、清瀬。あまりにしつこいので、だったら契約した方が安全かなと思ったのでね」
確かに、式神契約をしていれば、むやみやたらと周りをうろちょろされる心配は無くなる。呼び出した時だけに限定できるし、寧ろこちらの思うように動かせるわけだ。一聖殿、うまいこと考えたな。
「なるほど!」
合点がいってすっきりとした顔を向けた清瀬に、一聖の目がぱぁっと輝く。
「やっぱり、清瀬なら分ってくれると思っていました」
「一石二鳥だな。流石旦那様」
「なによ! 仲睦まじいところを見せつけてくるなんて! キィー!」
動けずにギャーギャー喚き声をあげる緋呂巳に、一聖がすっと真剣な面持ちを向けた。
「緋呂巳、私とあなたは式神契約を交わしました。そして、清瀬は私の妻なので、私の半身でもあります。直接契約は交わしていませんが、清瀬のこともよろしくお願いしますね」
「ひ、酷い。私の気持ちを知っていながらそんなことを言うなんて……」
半泣きで睨みつけてきた緋呂巳の瞳を見た時、清瀬の心に少しばかりの『羨ましい』という気持ちが芽生えた。
私に足りないのはこんな女性らしい媚と嫉妬の眼差しなのだろうなぁ。
まあ、今更身に付けたいとは思わないけれど。
ならば……私は私自身で勝負するのみ!
ふっと力を抜いて姿勢を正すと、穏やかな声で緋呂巳に語り掛けた。
「緋呂巳殿、改めてよろしく頼む。妻の清瀬だ。私はあなたを信頼しているよ。戦闘能力は私と互角だし、何より一聖殿を大切に思っている。その心は私よりも遥に大きいことも。だから、決して一聖殿を裏切らないということも」
「……」
突然、凛々しくなった清瀬を驚いたように見つめた緋呂巳。
「もう、わかったわよ」
ポンと紙人形に戻ると、すうっと窓の外へと飛んで行ってしまった。
「おかえり、一聖、清瀬」
要三郎の執務室で、ぱたりぱたりと尻尾を動かす狐太郎。眠そうに欠伸を連発している。早速膝に乗せて撫で回せば、くうぅくうぅと健やかな寝息をたて始めた。
「昨夜あれから色々と調べていたようですね。ほとんど寝ていないのでしょう」
「なんだかんだ言って、責任感が強いやつだよな」
「そうですね」
清瀬の横に腰を降ろした一聖も、優しい眼差しを狐太郎に注ぐ。
「で、わかったのか。要三郎」
カチリと眼鏡を上げた要三郎が頷く。
「可能性がある人物を二人見つけました。一人は醤油問屋の放蕩息子、唐松清司。役者のような優男で女遊びも盛んなようですね。親の方はそろそろ暖簾分けして独立させようと躍起になっているようですが本人は乗り気で無いようで。気に入った嫁が見つかったらと言いふらしてのらりくらりとしているようです」
「なるほど。それで、玉の輿結婚を願う女性が増えているってわけだね」
「もう一人は、最近銀座に新店舗を構えた翁州屋という呉服商の手代、須崎世治。元々は地本問屋だったそうですが、潰れた老舗呉服屋から商品を大量に譲り受けたとかで、あっという間に売上を伸ばしてきたようです。畑違いの商売を軌道に乗せた敏腕手代と言うのがこの男らしく、如才ない色男で、お得意先の女性たちに人気らしいですよ」
「清瀬が言っていた呉服屋にも『せいじ』が居ましたね」
「今日だけで二人も見つかったんだから、きっとみんなが願った『せいじ』は別々の人だったんだよ。良かった」
翡翠と琥珀の気持ちを思い、ほっとした清瀬。
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。もう少し慎重に調べてみます」
至極真っ当な返答をする要三郎に、ついつい苦虫を噛み潰したような顔を向けてしまった。
生真面目な奴だな。まあ、だからこそ、変人一聖殿の補佐が務まるのだろうけれど。
「それとは別に」
その時、ひらりひらりと白い蝶がやって来て、要三郎の肩に舞い降りた。
「こんなところに蝶?」
「蝶化身。要三郎の式神の一人ですが……多分、前世で縁があった女性だと思いますよ」
最後の方はこそりと一聖が囁いた。
堅物人間、要三郎殿の前世の恋人……どんな女性だろう。ちょっと楽しみ。
蝶の声を聞くかのように静かに耳を澄ましていた要三郎が、ちょっと難しい顔になった。そして「ありがとう」と労いの言葉をかけると、優しくその手に包み込んだ。
お! 要三郎殿も隅におけないな。
ニマニマする頬を必死に抑えながら見つめていた清瀬だったが、次の要三郎の話に、眉間に皺を寄せることになる。
「実は、大警視、菱沼様から依頼がありました」
「そうか。あやかしがらみと目星をつけられた案件があるんだね」
「はい。ここのところ華族や商家の娘が立て続けに行方不明になっているようです。お金目当ての誘拐ではないようで、要求などは無く、しらみつぶしに捜索しても行き先がわからずお手上げ状態のようです。ただ、その娘たちの行動を調べてみたところ、みんな……」
そこで言いにくそうに一呼吸置いた。
「豊島稲荷に願掛けに行った後、行方がわからなくなっているとのことです」
「「!」」
一難去ってまた一難。翡翠と琥珀には聞かせたくない話がまた舞い込んだ。
「狐太郎には話したのか?」
「いえ、まだ」
合理主義の要三郎でも、翡翠と琥珀の心を守りたいと思っていることが伝わってくる。無意識に清瀬の手も、膝上の狐太郎の耳を塞いでいた。
「娘は神隠しにあったのだと言い始める家族もいるようで、あまり噂にならないうちに解決したいとのことでした」
「あ!」と声をあげた清瀬が、一聖の顔を見て小声で尋ねる。
「川の中の白い手と失踪事件。何か関係があったりするのかな?」
「無いとは言いきれないですね。ただ……数が違い過ぎます。あの川底に眠る霊の数は兎に角多い。今回の事件では、せいぜい四、五人というところでしょう。そうだろう? 要三郎」
「ええ、ご推察通り、ここ三週間の間に四名です」
「内密に豊島稲荷を見張っておかなければいけないね」
「ええ、そう思いまして、もう式神を何体か送ってあります。先ほどの帰蝶からの報告では」
「きちょう?」
聞き返す清瀬に、要三郎が「こほん」と咳払いして答える。
「蝶化身の名前ですが」
「あ、そういうことか」
あ、うんとは違って、なかなかに美しい名前じゃ無いか。要三郎の想いが籠っているのだろうな。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃないぞ!
「ごめんなさい。続きを」
「……帰蝶からの報告では、豊島稲荷の周りにあやかしの残滓が確認されたと言うことです。正体はまだつかめていませんが、近日中にはわかるでしょう」
「流石要三郎だね。仕事が早い。よろしく頼むよ」
一聖が満足そうに頷くと、「でも、要三郎ばかりに負担をかけてはいけないね。私も送っておこう」と言って掌にふっと息を吹きかけた。現れ出た紙人形は直ぐに飛び立っていくかと思いきや、ポンと音をたてて実態のある姿に変わってしまった。
「一聖様~。ようやくこの緋呂巳を呼んでくださったのね。もう、一日千秋の想いでお待ちしていたんですのよ~」
「え!」
一聖の膝に乗ってぎゅうっと首に抱きついたのは、以前清瀬に嫉妬心全開で襲い掛かってきた蛇女の緋呂巳だった。ぎょっとして思わず身構える清瀬。
顔色一つかえない要三郎。「あ~あ、やっぱり」とため息をついた一聖。
「緋呂巳。それが主人に対する態度ですか?」
「あら、いいじゃない。ご主人様。緋呂巳を待たせた罰ですよ」
両手で頬を挟まれそうになった一聖が、素早く「拘!」と言って術を放つ。
「い、いたい。痛いです。ご主人様、ごめんなさい。ふざけ過ぎました。許して……」
カチンと固まったように動きを封じられた緋呂巳が涙目で一聖に謝罪しつつも、嬉しそうに頬を赤らめている。
やっぱり、こいつは変態だ!
いや、ツッコむのはそこじゃない。なぜここに?
思わず一聖に確認する。
「もしかして、こいつと式神契約を結んだのか?」
「そうなのですよ、清瀬。あまりにしつこいので、だったら契約した方が安全かなと思ったのでね」
確かに、式神契約をしていれば、むやみやたらと周りをうろちょろされる心配は無くなる。呼び出した時だけに限定できるし、寧ろこちらの思うように動かせるわけだ。一聖殿、うまいこと考えたな。
「なるほど!」
合点がいってすっきりとした顔を向けた清瀬に、一聖の目がぱぁっと輝く。
「やっぱり、清瀬なら分ってくれると思っていました」
「一石二鳥だな。流石旦那様」
「なによ! 仲睦まじいところを見せつけてくるなんて! キィー!」
動けずにギャーギャー喚き声をあげる緋呂巳に、一聖がすっと真剣な面持ちを向けた。
「緋呂巳、私とあなたは式神契約を交わしました。そして、清瀬は私の妻なので、私の半身でもあります。直接契約は交わしていませんが、清瀬のこともよろしくお願いしますね」
「ひ、酷い。私の気持ちを知っていながらそんなことを言うなんて……」
半泣きで睨みつけてきた緋呂巳の瞳を見た時、清瀬の心に少しばかりの『羨ましい』という気持ちが芽生えた。
私に足りないのはこんな女性らしい媚と嫉妬の眼差しなのだろうなぁ。
まあ、今更身に付けたいとは思わないけれど。
ならば……私は私自身で勝負するのみ!
ふっと力を抜いて姿勢を正すと、穏やかな声で緋呂巳に語り掛けた。
「緋呂巳殿、改めてよろしく頼む。妻の清瀬だ。私はあなたを信頼しているよ。戦闘能力は私と互角だし、何より一聖殿を大切に思っている。その心は私よりも遥に大きいことも。だから、決して一聖殿を裏切らないということも」
「……」
突然、凛々しくなった清瀬を驚いたように見つめた緋呂巳。
「もう、わかったわよ」
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