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第二章 縁結び稲荷と神隠し
第17話 悪い男
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「男性の名前はなんと言うのですか?」と一聖が問えば、勢い込んで答える二人。
「「せいじさん」」
もう少し詳しい情報が欲しいなと思ったところで、狐太郎がその先の質問を遮った。
「それなら、人の名前としてはよくある名前だよ。きっと町の往来で『せいじさん!』って叫んだら、何人も振り返って手をあげるはずさ」
その見解が正しいとは言い難いが……
でも、と清瀬は思う。
翡翠と琥珀の心配を払拭するためには必要な言葉だな。きっと狐太郎もそう思っているんだろう。だから、あえて人物を特定させないようにしたんだな。
二人の瞳を交互に見つめながら狐太郎が続ける。
「それにな、翡翠、琥珀」
「「はい」」
「縁結びというのは、何も男女の縁を取り持つことだけじゃないよな?」
「「あ!」」
二人は何かを思い出したようで、ぱっと瞳に力が戻った。
「恋の縁、友の縁、親子の縁、仕事の縁、袖振り合う縁」
「どんなに小さい縁でも大切に」
「そうだ。だから、一人の人に複数の縁を結ぶことは問題ないんだよ。その縁を生かすか殺すか、それを選ぶのはその人自身に委ねるべきだからね。俺たちがそこまで踏み込んじゃいけないんだ」
真剣に聞き入る二人がコクリと頷く。
「じゃあ、僕たちのやっていることは」
「間違っていないんですね」
「「よかった~」」
なんて健気なんだ! 抱きしめたい!
ほうっと力を抜いた翡翠と琥珀の姿にもくもくと沸き上がる欲望。清瀬は抑えるのに必死だった。
「安心したらお腹がすかないか?」
「「あ……」」
慈しみ深い紅の眼差しに包まれて、翡翠と琥珀が恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「深山堂の栗饅頭は美味しいんですよ」
一聖が饅頭を勧めれば、遠慮がちに小さな手が伸ばされた。一つ食べてふわぁっと幸せな顔になった翡翠と琥珀。そうっともう一つ。やっぱり後もう一つと、結局皿の上の饅頭を全部平らげた。
満足するととろんとろんと体が揺れ始める。
「一日中願いを叶えるために一生懸命働いていたんだろうな。でも、気になって心配で、こんな時間に尋ねてきたってところだな」
「狐太郎、慕われているんだな。それに……いい奴だな」
「あったりまえだ。俺は妖狐族の長だからな」
清瀬に胸を張る狐太郎。
「ところで、長《おさ》なのに少年の姿に化けているのはなぜだ?」
「別に、これの方が何かと都合がいいんだよ」
「何の都合がいいんだ? しかも普段は子ぎつねの姿だし」
カチリと眼鏡の音がして、要三郎が解説を始めた。
「妖狐にとって化けるのは初歩的な技です。でも、それなりに妖力を使いますので、普段は一番少ない妖力で済む姿で過ごしているのです。つまり小さい姿というわけです」
「な、なるほど」
あまりにも真っ当な返しをされてたじたじとなった清瀬。
ううっ。やっぱり要三郎殿は間合いを測るのが難しい……
寝入ってしまった翡翠と琥珀を、豊島神社まで送っていくことになった。式神のあ、うんに頼めばひとっとびだが、狐太郎が首を横に降る。
「俺が送っていってやりたいんだ」
そう言って翡翠を背負い、一聖が琥珀を……と言うところで清瀬が名乗りを上げた。
「私に! 私が琥珀を抱いていきたい」
可愛い寝顔を見ながら歩ける機会! 逃してはならぬ!
欲望駄々洩れの清瀬の顔を見て、ちょっと嫉妬顔になる一聖。でも、次の瞬間にはぷっと吹き出して、「では、三人で一緒に行きましょう」と琥珀を清瀬の腕に預けてくれた。
送り届けた帰り道。三人でそぞろ歩きながら、『せいじ』という人物について話し合う。
「翡翠と琥珀の手前、ああ言ったけれど、その男やっぱり気になるな。そんなにたくさんの女をたらし込むとは、けしからんヤツだ。一聖、ちょっと調べてくれないか?」
「もちろんです。と言っても、『せいじ』という名前だけでは簡単では無いですね。女性と接点が多い仕事と言えばなんでしょうか?」
「人気の役者とかかな?」
「そうですね……案外気質の男では無いかもしれませんね」
「やくざとか遊び人とかか?」
「ええ。得てして女性の目には、悪い男の方が魅力的に映るようです」
「ああ、確かに。そう言う男は、恥ずかし気も無く甘ったるい言葉をかけるし、『お前だけ』みたいな嘘を平気で吐くからな」
ん? どこかで聞いたような言葉だぞ。
清瀬は一聖の顔を見て吹き出しそうになる。
悪い男、ここにもいるじゃないか。まあ、私はそんな歯が浮くような言葉に惑わされるようなことは無いがな。
あれほど頬が熱を持ち鼓動が打ち鳴らされたことも棚に上げて、ふんと鼻で笑った。
そして疑問に思っていたことを口にする。
「そう言えば……あの小さな神社に人を呼ぶって、一体どんな秘策を使ったんだ?」
「ああ、そのことか。大した話じゃないさ。この神社へ毎日お参りしていたら、美しい華族の子息と玉の輿結婚できた人がいるって、ちょっと噂をばら撒いただけ」
「……」
「と言うことは、私が清瀬と結婚できたのは、翡翠と琥珀のお陰ですね。今度はもっと美味しいお菓子を用意しておこう」
清瀬の戸惑いをよそに、素直に喜ぶ一聖。
狐太郎の奴、私を出しに使ったな! なんか腹立つ!
「翡翠と琥珀は俺の大切な家族みたいなものだからな。俺のことももっと大切にしてくれていいんだぞ」
「狐太郎。既に我が家のお客様として十分もてなしているはずですが。でも、いいでしょう。ご褒美は何をお望みですか?」
「もっとだ。もっともっと巨大な稲荷ずしを!」
その言葉に、きらりと清瀬の目が光った。
「いつもの狐太郎に戻ったな」
そう言って金髪頭をわしゃわしゃと撫でればとろりと顔が崩れた。
やっぱり、ちょろい奴。
よし! 明日から撫でまくりの刑だ。
はっと気づいてきりりと顔を引き締め直した狐太郎。
「やめろ! 触るな」
「いいだろう。丁度良い高さにあるんだから。その金髪もふわふわしていて撫で心地がいいな」
「丁度良い高さなわけあるか! ほとんど変わらないのに」
「だから届く」
そう言ってもしゃもしゃと撫でまわす。逃げる狐太郎を追いながら、ふと呟いた。
「呉服屋さんとか?」
「へ? 何の話だ?」
不思議そうな二人へ、思いつきを話してみる。
「せいじって奴。呉服屋さんの番頭とかかもしれないと思って」
「そんな気質《かたぎ》の、しかも信用第一の商売人が、多くの女に言い寄ったりするもんか」
「別に、言い寄られなくたって惚れることはあるだろう。寧ろ、叶わぬ恋だからこそ燃え上がることもあるだろうし」
「お前の口から、女心を語られると不思議な感じだな」
「なんだと」
言い合う清瀬と狐太郎を見ながら、一聖が真顔で考えこんでいる。
「確かに。服を仕立てる時は女性自ら行きますね。時には何度も。何度も顔を合わせて『お似合いですよ』と褒めたたえられれば、自然と嬉しい気持ちにもなるでしょう。それが美しい男だったら猶更……ね」
「私のことを出しにしたなら、多分豊島神社へ押しかけたのは、玉の輿に乗りたいと思っている女性。そんな女は自分を美しく見せようと必死になるんじゃないかと思って。服とか髪型とか持ち物とか」
「流石、清瀬。目の付け所がいいですね」
真っ直ぐに見つめられ褒められれば、素直に嬉しい気持ちになる。
「……なるほど」
清瀬と一聖の様子を交互に見やって、狐太郎も納得したように頷いた。
「明日から、と言ってももう今日になってしまっていますが……呉服屋を中心に女性が良く訪れる店を探ってみましょう」
「「ああ、そうしよう」」
まずはとっかかりがつかめて安堵した。
「「せいじさん」」
もう少し詳しい情報が欲しいなと思ったところで、狐太郎がその先の質問を遮った。
「それなら、人の名前としてはよくある名前だよ。きっと町の往来で『せいじさん!』って叫んだら、何人も振り返って手をあげるはずさ」
その見解が正しいとは言い難いが……
でも、と清瀬は思う。
翡翠と琥珀の心配を払拭するためには必要な言葉だな。きっと狐太郎もそう思っているんだろう。だから、あえて人物を特定させないようにしたんだな。
二人の瞳を交互に見つめながら狐太郎が続ける。
「それにな、翡翠、琥珀」
「「はい」」
「縁結びというのは、何も男女の縁を取り持つことだけじゃないよな?」
「「あ!」」
二人は何かを思い出したようで、ぱっと瞳に力が戻った。
「恋の縁、友の縁、親子の縁、仕事の縁、袖振り合う縁」
「どんなに小さい縁でも大切に」
「そうだ。だから、一人の人に複数の縁を結ぶことは問題ないんだよ。その縁を生かすか殺すか、それを選ぶのはその人自身に委ねるべきだからね。俺たちがそこまで踏み込んじゃいけないんだ」
真剣に聞き入る二人がコクリと頷く。
「じゃあ、僕たちのやっていることは」
「間違っていないんですね」
「「よかった~」」
なんて健気なんだ! 抱きしめたい!
ほうっと力を抜いた翡翠と琥珀の姿にもくもくと沸き上がる欲望。清瀬は抑えるのに必死だった。
「安心したらお腹がすかないか?」
「「あ……」」
慈しみ深い紅の眼差しに包まれて、翡翠と琥珀が恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「深山堂の栗饅頭は美味しいんですよ」
一聖が饅頭を勧めれば、遠慮がちに小さな手が伸ばされた。一つ食べてふわぁっと幸せな顔になった翡翠と琥珀。そうっともう一つ。やっぱり後もう一つと、結局皿の上の饅頭を全部平らげた。
満足するととろんとろんと体が揺れ始める。
「一日中願いを叶えるために一生懸命働いていたんだろうな。でも、気になって心配で、こんな時間に尋ねてきたってところだな」
「狐太郎、慕われているんだな。それに……いい奴だな」
「あったりまえだ。俺は妖狐族の長だからな」
清瀬に胸を張る狐太郎。
「ところで、長《おさ》なのに少年の姿に化けているのはなぜだ?」
「別に、これの方が何かと都合がいいんだよ」
「何の都合がいいんだ? しかも普段は子ぎつねの姿だし」
カチリと眼鏡の音がして、要三郎が解説を始めた。
「妖狐にとって化けるのは初歩的な技です。でも、それなりに妖力を使いますので、普段は一番少ない妖力で済む姿で過ごしているのです。つまり小さい姿というわけです」
「な、なるほど」
あまりにも真っ当な返しをされてたじたじとなった清瀬。
ううっ。やっぱり要三郎殿は間合いを測るのが難しい……
寝入ってしまった翡翠と琥珀を、豊島神社まで送っていくことになった。式神のあ、うんに頼めばひとっとびだが、狐太郎が首を横に降る。
「俺が送っていってやりたいんだ」
そう言って翡翠を背負い、一聖が琥珀を……と言うところで清瀬が名乗りを上げた。
「私に! 私が琥珀を抱いていきたい」
可愛い寝顔を見ながら歩ける機会! 逃してはならぬ!
欲望駄々洩れの清瀬の顔を見て、ちょっと嫉妬顔になる一聖。でも、次の瞬間にはぷっと吹き出して、「では、三人で一緒に行きましょう」と琥珀を清瀬の腕に預けてくれた。
送り届けた帰り道。三人でそぞろ歩きながら、『せいじ』という人物について話し合う。
「翡翠と琥珀の手前、ああ言ったけれど、その男やっぱり気になるな。そんなにたくさんの女をたらし込むとは、けしからんヤツだ。一聖、ちょっと調べてくれないか?」
「もちろんです。と言っても、『せいじ』という名前だけでは簡単では無いですね。女性と接点が多い仕事と言えばなんでしょうか?」
「人気の役者とかかな?」
「そうですね……案外気質の男では無いかもしれませんね」
「やくざとか遊び人とかか?」
「ええ。得てして女性の目には、悪い男の方が魅力的に映るようです」
「ああ、確かに。そう言う男は、恥ずかし気も無く甘ったるい言葉をかけるし、『お前だけ』みたいな嘘を平気で吐くからな」
ん? どこかで聞いたような言葉だぞ。
清瀬は一聖の顔を見て吹き出しそうになる。
悪い男、ここにもいるじゃないか。まあ、私はそんな歯が浮くような言葉に惑わされるようなことは無いがな。
あれほど頬が熱を持ち鼓動が打ち鳴らされたことも棚に上げて、ふんと鼻で笑った。
そして疑問に思っていたことを口にする。
「そう言えば……あの小さな神社に人を呼ぶって、一体どんな秘策を使ったんだ?」
「ああ、そのことか。大した話じゃないさ。この神社へ毎日お参りしていたら、美しい華族の子息と玉の輿結婚できた人がいるって、ちょっと噂をばら撒いただけ」
「……」
「と言うことは、私が清瀬と結婚できたのは、翡翠と琥珀のお陰ですね。今度はもっと美味しいお菓子を用意しておこう」
清瀬の戸惑いをよそに、素直に喜ぶ一聖。
狐太郎の奴、私を出しに使ったな! なんか腹立つ!
「翡翠と琥珀は俺の大切な家族みたいなものだからな。俺のことももっと大切にしてくれていいんだぞ」
「狐太郎。既に我が家のお客様として十分もてなしているはずですが。でも、いいでしょう。ご褒美は何をお望みですか?」
「もっとだ。もっともっと巨大な稲荷ずしを!」
その言葉に、きらりと清瀬の目が光った。
「いつもの狐太郎に戻ったな」
そう言って金髪頭をわしゃわしゃと撫でればとろりと顔が崩れた。
やっぱり、ちょろい奴。
よし! 明日から撫でまくりの刑だ。
はっと気づいてきりりと顔を引き締め直した狐太郎。
「やめろ! 触るな」
「いいだろう。丁度良い高さにあるんだから。その金髪もふわふわしていて撫で心地がいいな」
「丁度良い高さなわけあるか! ほとんど変わらないのに」
「だから届く」
そう言ってもしゃもしゃと撫でまわす。逃げる狐太郎を追いながら、ふと呟いた。
「呉服屋さんとか?」
「へ? 何の話だ?」
不思議そうな二人へ、思いつきを話してみる。
「せいじって奴。呉服屋さんの番頭とかかもしれないと思って」
「そんな気質《かたぎ》の、しかも信用第一の商売人が、多くの女に言い寄ったりするもんか」
「別に、言い寄られなくたって惚れることはあるだろう。寧ろ、叶わぬ恋だからこそ燃え上がることもあるだろうし」
「お前の口から、女心を語られると不思議な感じだな」
「なんだと」
言い合う清瀬と狐太郎を見ながら、一聖が真顔で考えこんでいる。
「確かに。服を仕立てる時は女性自ら行きますね。時には何度も。何度も顔を合わせて『お似合いですよ』と褒めたたえられれば、自然と嬉しい気持ちにもなるでしょう。それが美しい男だったら猶更……ね」
「私のことを出しにしたなら、多分豊島神社へ押しかけたのは、玉の輿に乗りたいと思っている女性。そんな女は自分を美しく見せようと必死になるんじゃないかと思って。服とか髪型とか持ち物とか」
「流石、清瀬。目の付け所がいいですね」
真っ直ぐに見つめられ褒められれば、素直に嬉しい気持ちになる。
「……なるほど」
清瀬と一聖の様子を交互に見やって、狐太郎も納得したように頷いた。
「明日から、と言ってももう今日になってしまっていますが……呉服屋を中心に女性が良く訪れる店を探ってみましょう」
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