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おまけの物語
第89話 氷の中の絨毯
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「今度はどこにする?」
地図を広げて考える。
「今度は」
「今度は」
ここ!
申し合わせてもいないのに、二人して同じ場所を指差した。
黒い髪に金色の瞳、見るからに好青年に見える二人の顔立ちはとても似ていて、双子の兄弟だとわかる。
ただいま二十一歳、 華陀大学の三年生だ。
瞳が琥珀色の兄、 海響と、金色の瞳の弟、 史。
母親が歴史好きなため、 天花語の読み方をわざわざ 青海国と言う二千年も前の国で使われていた言語の読み方に替えて名付けられた。
『エストレア連邦国』ではどんな名前でも、どんな文字を使ってもかまわないので、登録上の問題は何も無い。
だが、二人はもっぱらバルト語表記でしか使っていない。
珍しい名前と言うスペシャル感があるものの、 天花語で表記すると、読み間違えられることが多いからだ。
母親はとても残念そうだが、二人にとってはいちいち説明するのが面倒くさいので、スルーしていた。
カイトとフヒトは二人共旅が大好きで、一緒にエストレア国中を旅して写真に収めるのを楽しみにしている。
アルバイト代はほとんど旅行代に消えるけど、楽しいからと気にしてはいない様子。
「お前らな~、俺も混ぜろ!」
親友のルキウスは、今流行りの S deliver。
動画で情報発信するのが得意だ。
ここ五十年くらいの間に増えてきた銀髪の持ち主で、青い瞳のイケメンなのでかなり人気が出ているのだった。
現在は、世界歴二千三百六年。
『エストレア連邦国』と言う一つの国に統合されているが、基本的にはそれぞれの特徴を持ったシティの集合体で、 華佗シティにある連邦本部には、各シティから同数の代表議員が勤務している。
その代表議員は、各シティの市民が選挙で選ぶしくみになっているのだ。
一つの国として統一されているので、交通や経済なども含めて、どこに行っても困ることは無い。しかも安全にどこでも旅することができる。
カイトとフヒトは、そんな今の時代に生まれて良かったなと思っていた。
各シティは、それぞれの特徴を出すことに必死だ。
ここ 華佗シティは情報産業企業が多く集まっていて、各国を繋ぐ通信会社の本社は、ここに全て集まっていると言っても過言ではないだろう。
他にバンドスシティは海洋産業の拠点として、アルタシティは農作物の生産、改良に、キルディアシティは鉱物資源、フェルテシティは交通産業に関して、数々の特許を取得している。
特許庁は、キルディアシティにある。
特許の成立までは、技術調査官の調査と審査が必要なので、時間がかかるのが難点だが、取得された特許は各シティの特徴付けに大きな影響を与えるので、競争は激しい。
各シティの不正やトラブルが発覚した時には、エストレア 司法省が裁判によって裁く。その本部は、フェルテシティにある。
実際問題として、シティ同士のいざこざが起こらないのかと言うと、もちろんゼロではない。
でも、そんな時は 特許庁や 司法省の裁定で解決するようにしているし、それぞれのシティの特徴があるから喧嘩を続けるのも難しいのだった。
どういう意味かと言うと、喧嘩してアルタシティからの農産物が途絶えるのは死活問題だし、キルディアシティからの熱資源が途絶えるのも困る。フェルテシティの交通産業が各国から勤務員を引き上げてしまったら、 電車も 飛行機も動かなくなってしまう……要するに、相互依存社会なので、簡単に喧嘩するわけにはいかない社会になっていると言うことだ。
『エストレア連邦国』の各機関の場所が離れていて大変そうに見えるかもしれない。
確かに実際に行き来するのは大変だけれど、今はもう通信手段がエストレア国中にはりめぐらされているので大した問題では無かった。
立体映像で対話できるので、まるでその場にいるかのように裁判にも参加できる。
ただし、 特許庁の調査官だけは、自分の目で見に行かなくてはならない決まりになっている。
人々の容姿に関しては、シティごとの特徴は特に無い。
簡単な手続きでシティ間を引っ越しすることができるし、そもそも、両親と子どもの髪の色や瞳の色が同じとは限らないのだ。
混血が進んだため、自分の中に流れる遺伝子に、何色の髪の祖先が混じっているか、もはや辿るのが難しい状況だ。
つまり子どもの容姿は、生まれるまでわからない。
だから子供が生まれてくる時は、みんなドキドキ楽しみにしてる。
最近は新しい髪の毛の色の子どもが生まれ始めた。
それが、ルキウスのような銀髪の子ども達。
どんな理由で生まれてくるようになったかはまだ解明途中だが、珍しいのでみんなの憧れの色になりつつあった。
「今度はどこに行くんだ?」
ルキウスの立体映像が覗き込むように問いかけてくる。
二人はぎょっとして振り返った。
今、地図を見ながら話し始めたばかりなのに、なんでこいつにはわかるんだ?
隠しカメラ? 盗聴器でも仕掛けているのか?
疑いの目を向けたが、ルキウスは涼しい顔で
「たまたま暇だったから聞いただけ」
とうそぶいている。
「この間の 聖杜湖は綺麗だったな」
カイトが思い出したように呟くと、フヒトがリズム良く相槌を打つ。
「ああ、本当に透き通っていて、結構深いはずなのに底が見えたよな」
「エストレア国一番の透明度を誇っているからな」
ルキウスも懐かしむような表情になる。
千年前のシャクラ砂漠に突如湧き出た泉の水が広がり、今では大きな湖となっている。その湖のほとりには、古の知恵の国家『 聖杜の都』が復元されているのだ。
緑の森の奥深く。我々の祖先が、如何に知恵を大切に生きていたのか。
今、身近にある技術、当たり前に生活の中で使っている物たち。
それらも元々は、この都で培われていた物だと、歴史の授業で習った。
湖と都はセットで『エストレア星遺産』として登録されている。
カイトとフヒトは顔を見合わせた後、二人同時にルキウスに視線を移す。
「あの時はなんか懐かしい気分になったよな」
「ああ、綺麗すぎて感動して、涙でそうになったし」
「あの動画配信は、すっげえ人気でたんだぜ。人類の故郷が身近に感じられたって言われたし」
ルキウスはそう言った後、急に思い出したように言葉を繋いだ。
「そう言えば、『 聖杜の都』から奥の宝燐山の麓で、大発見があったんだったよな」
「そうそう、氷の一部が溶けたとかで、古い絨毯や造形品、果ては鉄製の箱に保護された書類まで発見されたらしいぜ。驚きだよな。今、華佗 歴史博物館に展示されているらしいぜ」
「明日見に行こうぜ」
結局、男三人で明日の休日に見に行く約束をする。
なんでも鉄の箱の中には、白紙の紙が大量に保管されていたらしい。
大抵はその資料も、夜光石ライトの部屋に展示されるのだが、ルキウス情報によると、中にかなりまずい資料が発見されて、特許庁の保管庫に直行してしまった物があったとか無かったとか……
華佗の四季ははっきりしていて、寒い冬にはそれなりに雪も降る。
だが、その日は温かな日差しが降り注ぎ、春の訪れを感じさせる日だった。
華佗歴史博物館に続くアマルの並木道も、後少しで弾けそうな蕾がいっぱい揺れている。
今回の展示品は、一番古い本館の建物内に展示されていた。
時を経て、渋みを増した焼きレンガの表面には、ところどころ美しい文様が彫り込まれている。
この焼きレンガ、宝燐山の噴火でも中の収蔵品を守り抜けるほどの耐火性を持っているらしい。
今では 博物館も広くなって、別館もたくさん建てられているのだが、この千年前に建てられた本館は、フェルテの技術者によって作られた焼きレンガを 華佗に運んで、キルディア国の建築技術とフェルテの建設技術を融合させて設計して、バンドスの細工士の装飾技術を施して作られたと言われている。
千年前に友好関係の証として建設が始められた建物と言うことで、建物だけでも歴史的価値があると言うことだった。
博物館の中はかなり混みあっていた。
二千年も昔の物が氷の中から発見されたと聞けば、色々想像してしまうものだ。
一体誰がそんなところへ保存したのか?
何のために保存したのか?
その人物を特定できるような物は氷の中に確認されなかったので、ますます神秘的だった。
ルキウスは夜光石ライト室に飾られた数々の資料に釘付けだ。
新しい知識は少ないかもしれないが、その資料にはエストレア語と天花語とバルト語が使われていて、これらの文字が二千年も前から実在すると言う証拠にもなったのだ。
この 歴史博物館建設を提案したのは、ドルトムント・フォルシュングと言う歴史学者だ。
残念ながら本館の完成を見届ける事無く亡くなっていたが、著書の中に、『エストレア人類単一祖先論』なる物がある。
つい先日遺伝子の中の核となる部分、オリジエンヌの分析をしたチームが、容姿の違う人々でもその祖先を辿っていくと、最終的に一つのオリジエンヌ配列に辿り着くと言う計算を成し遂げたと話題になった。
実際の人骨による鑑定では無く、机上の計算に過ぎないが、一応ドルトムント博士の説が科学的に裏付けられたことになる。面白いとルキウスが感心していた。
カイトとフヒトは、大好きなからくり箱のコーナーへ行った。
常設コーナーだからあまり混んではいない。
二人でからくり箱と、横にならぶ『ルカ』と言う人の手紙と『ヒオウ』と言う王の親書を読むのが、ここに来た時のお決まりコース。
これらの手紙を読むと、胸の奥がざわざわする。
この手紙の受取人、ヒショウと言う人物は、どんな人だったのだろう。
無事受け取れたとなっているから、この手紙を読んだんだろうな。
きっと嬉しかったに違いない。
そして、この手紙の中の双子の兄、ヒオウのことも気になる。
カイトとフヒトは双子なので、なんとなく他人事には感じられなくて、いつも二人で読みに行くのだった。
ヒオウの親書は、現在の『エストレア連邦国』の礎を築いた大切な手紙として授業でも習うのだが、やはり本物を見ると感動する。
このヒオウと言う人物が、王としてでは無く、一人の人間として争いの無い世の中を望んでいたことが、ヒシヒシと伝わってくるのだ。
しばらくして、ルキウスも合流して、最後の展示室『織物の間』へ移動した。
ここは一番人気のようだ。
ルシア織に似た美しい模様の織物がいくつも展示されている。
人の流れに任せて順番に見ていくと、ひときわ大きな絨毯が目の前に現れた。
色とりどりの花々。
遠くに見える石造りの建物。
草花の間で、無邪気に遊ぶ三人の子ども達。
なぜか、三人とも動けなくなった。
胸いっぱいに温かい想いが沸き上がってくる。
気づけば、カイトもフヒトも頬を涙が伝い落ちていた。
涙が止まらない……
懐かしさと愛おしさでいっぱいになった。
地図を広げて考える。
「今度は」
「今度は」
ここ!
申し合わせてもいないのに、二人して同じ場所を指差した。
黒い髪に金色の瞳、見るからに好青年に見える二人の顔立ちはとても似ていて、双子の兄弟だとわかる。
ただいま二十一歳、 華陀大学の三年生だ。
瞳が琥珀色の兄、 海響と、金色の瞳の弟、 史。
母親が歴史好きなため、 天花語の読み方をわざわざ 青海国と言う二千年も前の国で使われていた言語の読み方に替えて名付けられた。
『エストレア連邦国』ではどんな名前でも、どんな文字を使ってもかまわないので、登録上の問題は何も無い。
だが、二人はもっぱらバルト語表記でしか使っていない。
珍しい名前と言うスペシャル感があるものの、 天花語で表記すると、読み間違えられることが多いからだ。
母親はとても残念そうだが、二人にとってはいちいち説明するのが面倒くさいので、スルーしていた。
カイトとフヒトは二人共旅が大好きで、一緒にエストレア国中を旅して写真に収めるのを楽しみにしている。
アルバイト代はほとんど旅行代に消えるけど、楽しいからと気にしてはいない様子。
「お前らな~、俺も混ぜろ!」
親友のルキウスは、今流行りの S deliver。
動画で情報発信するのが得意だ。
ここ五十年くらいの間に増えてきた銀髪の持ち主で、青い瞳のイケメンなのでかなり人気が出ているのだった。
現在は、世界歴二千三百六年。
『エストレア連邦国』と言う一つの国に統合されているが、基本的にはそれぞれの特徴を持ったシティの集合体で、 華佗シティにある連邦本部には、各シティから同数の代表議員が勤務している。
その代表議員は、各シティの市民が選挙で選ぶしくみになっているのだ。
一つの国として統一されているので、交通や経済なども含めて、どこに行っても困ることは無い。しかも安全にどこでも旅することができる。
カイトとフヒトは、そんな今の時代に生まれて良かったなと思っていた。
各シティは、それぞれの特徴を出すことに必死だ。
ここ 華佗シティは情報産業企業が多く集まっていて、各国を繋ぐ通信会社の本社は、ここに全て集まっていると言っても過言ではないだろう。
他にバンドスシティは海洋産業の拠点として、アルタシティは農作物の生産、改良に、キルディアシティは鉱物資源、フェルテシティは交通産業に関して、数々の特許を取得している。
特許庁は、キルディアシティにある。
特許の成立までは、技術調査官の調査と審査が必要なので、時間がかかるのが難点だが、取得された特許は各シティの特徴付けに大きな影響を与えるので、競争は激しい。
各シティの不正やトラブルが発覚した時には、エストレア 司法省が裁判によって裁く。その本部は、フェルテシティにある。
実際問題として、シティ同士のいざこざが起こらないのかと言うと、もちろんゼロではない。
でも、そんな時は 特許庁や 司法省の裁定で解決するようにしているし、それぞれのシティの特徴があるから喧嘩を続けるのも難しいのだった。
どういう意味かと言うと、喧嘩してアルタシティからの農産物が途絶えるのは死活問題だし、キルディアシティからの熱資源が途絶えるのも困る。フェルテシティの交通産業が各国から勤務員を引き上げてしまったら、 電車も 飛行機も動かなくなってしまう……要するに、相互依存社会なので、簡単に喧嘩するわけにはいかない社会になっていると言うことだ。
『エストレア連邦国』の各機関の場所が離れていて大変そうに見えるかもしれない。
確かに実際に行き来するのは大変だけれど、今はもう通信手段がエストレア国中にはりめぐらされているので大した問題では無かった。
立体映像で対話できるので、まるでその場にいるかのように裁判にも参加できる。
ただし、 特許庁の調査官だけは、自分の目で見に行かなくてはならない決まりになっている。
人々の容姿に関しては、シティごとの特徴は特に無い。
簡単な手続きでシティ間を引っ越しすることができるし、そもそも、両親と子どもの髪の色や瞳の色が同じとは限らないのだ。
混血が進んだため、自分の中に流れる遺伝子に、何色の髪の祖先が混じっているか、もはや辿るのが難しい状況だ。
つまり子どもの容姿は、生まれるまでわからない。
だから子供が生まれてくる時は、みんなドキドキ楽しみにしてる。
最近は新しい髪の毛の色の子どもが生まれ始めた。
それが、ルキウスのような銀髪の子ども達。
どんな理由で生まれてくるようになったかはまだ解明途中だが、珍しいのでみんなの憧れの色になりつつあった。
「今度はどこに行くんだ?」
ルキウスの立体映像が覗き込むように問いかけてくる。
二人はぎょっとして振り返った。
今、地図を見ながら話し始めたばかりなのに、なんでこいつにはわかるんだ?
隠しカメラ? 盗聴器でも仕掛けているのか?
疑いの目を向けたが、ルキウスは涼しい顔で
「たまたま暇だったから聞いただけ」
とうそぶいている。
「この間の 聖杜湖は綺麗だったな」
カイトが思い出したように呟くと、フヒトがリズム良く相槌を打つ。
「ああ、本当に透き通っていて、結構深いはずなのに底が見えたよな」
「エストレア国一番の透明度を誇っているからな」
ルキウスも懐かしむような表情になる。
千年前のシャクラ砂漠に突如湧き出た泉の水が広がり、今では大きな湖となっている。その湖のほとりには、古の知恵の国家『 聖杜の都』が復元されているのだ。
緑の森の奥深く。我々の祖先が、如何に知恵を大切に生きていたのか。
今、身近にある技術、当たり前に生活の中で使っている物たち。
それらも元々は、この都で培われていた物だと、歴史の授業で習った。
湖と都はセットで『エストレア星遺産』として登録されている。
カイトとフヒトは顔を見合わせた後、二人同時にルキウスに視線を移す。
「あの時はなんか懐かしい気分になったよな」
「ああ、綺麗すぎて感動して、涙でそうになったし」
「あの動画配信は、すっげえ人気でたんだぜ。人類の故郷が身近に感じられたって言われたし」
ルキウスはそう言った後、急に思い出したように言葉を繋いだ。
「そう言えば、『 聖杜の都』から奥の宝燐山の麓で、大発見があったんだったよな」
「そうそう、氷の一部が溶けたとかで、古い絨毯や造形品、果ては鉄製の箱に保護された書類まで発見されたらしいぜ。驚きだよな。今、華佗 歴史博物館に展示されているらしいぜ」
「明日見に行こうぜ」
結局、男三人で明日の休日に見に行く約束をする。
なんでも鉄の箱の中には、白紙の紙が大量に保管されていたらしい。
大抵はその資料も、夜光石ライトの部屋に展示されるのだが、ルキウス情報によると、中にかなりまずい資料が発見されて、特許庁の保管庫に直行してしまった物があったとか無かったとか……
華佗の四季ははっきりしていて、寒い冬にはそれなりに雪も降る。
だが、その日は温かな日差しが降り注ぎ、春の訪れを感じさせる日だった。
華佗歴史博物館に続くアマルの並木道も、後少しで弾けそうな蕾がいっぱい揺れている。
今回の展示品は、一番古い本館の建物内に展示されていた。
時を経て、渋みを増した焼きレンガの表面には、ところどころ美しい文様が彫り込まれている。
この焼きレンガ、宝燐山の噴火でも中の収蔵品を守り抜けるほどの耐火性を持っているらしい。
今では 博物館も広くなって、別館もたくさん建てられているのだが、この千年前に建てられた本館は、フェルテの技術者によって作られた焼きレンガを 華佗に運んで、キルディア国の建築技術とフェルテの建設技術を融合させて設計して、バンドスの細工士の装飾技術を施して作られたと言われている。
千年前に友好関係の証として建設が始められた建物と言うことで、建物だけでも歴史的価値があると言うことだった。
博物館の中はかなり混みあっていた。
二千年も昔の物が氷の中から発見されたと聞けば、色々想像してしまうものだ。
一体誰がそんなところへ保存したのか?
何のために保存したのか?
その人物を特定できるような物は氷の中に確認されなかったので、ますます神秘的だった。
ルキウスは夜光石ライト室に飾られた数々の資料に釘付けだ。
新しい知識は少ないかもしれないが、その資料にはエストレア語と天花語とバルト語が使われていて、これらの文字が二千年も前から実在すると言う証拠にもなったのだ。
この 歴史博物館建設を提案したのは、ドルトムント・フォルシュングと言う歴史学者だ。
残念ながら本館の完成を見届ける事無く亡くなっていたが、著書の中に、『エストレア人類単一祖先論』なる物がある。
つい先日遺伝子の中の核となる部分、オリジエンヌの分析をしたチームが、容姿の違う人々でもその祖先を辿っていくと、最終的に一つのオリジエンヌ配列に辿り着くと言う計算を成し遂げたと話題になった。
実際の人骨による鑑定では無く、机上の計算に過ぎないが、一応ドルトムント博士の説が科学的に裏付けられたことになる。面白いとルキウスが感心していた。
カイトとフヒトは、大好きなからくり箱のコーナーへ行った。
常設コーナーだからあまり混んではいない。
二人でからくり箱と、横にならぶ『ルカ』と言う人の手紙と『ヒオウ』と言う王の親書を読むのが、ここに来た時のお決まりコース。
これらの手紙を読むと、胸の奥がざわざわする。
この手紙の受取人、ヒショウと言う人物は、どんな人だったのだろう。
無事受け取れたとなっているから、この手紙を読んだんだろうな。
きっと嬉しかったに違いない。
そして、この手紙の中の双子の兄、ヒオウのことも気になる。
カイトとフヒトは双子なので、なんとなく他人事には感じられなくて、いつも二人で読みに行くのだった。
ヒオウの親書は、現在の『エストレア連邦国』の礎を築いた大切な手紙として授業でも習うのだが、やはり本物を見ると感動する。
このヒオウと言う人物が、王としてでは無く、一人の人間として争いの無い世の中を望んでいたことが、ヒシヒシと伝わってくるのだ。
しばらくして、ルキウスも合流して、最後の展示室『織物の間』へ移動した。
ここは一番人気のようだ。
ルシア織に似た美しい模様の織物がいくつも展示されている。
人の流れに任せて順番に見ていくと、ひときわ大きな絨毯が目の前に現れた。
色とりどりの花々。
遠くに見える石造りの建物。
草花の間で、無邪気に遊ぶ三人の子ども達。
なぜか、三人とも動けなくなった。
胸いっぱいに温かい想いが沸き上がってくる。
気づけば、カイトもフヒトも頬を涙が伝い落ちていた。
涙が止まらない……
懐かしさと愛おしさでいっぱいになった。
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