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第九章 玉英王動く
第78話 玉英王の狙い
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ロドリゴは地方省の役人であり、隊商組合の元締めでもあった。
ヌフィルス川沿いにあるロドリゴの邸宅には、商人たちが商談できる小部屋が沢山ある回廊の奥に、庭園などを配した豪華な部屋が用意されている。
ここで、各国から来た要人を優待できるようになっているのだ。
今はその部屋に、壮国の皇帝、玉英王が座っている。
光沢のある塗料で彩られた木製の長椅子には、細かな細工が施され、豪華な金糸の刺繍が施された敷物が敷かれている。そこへ足を投げ出すように座って、顔だけこちらに向けていた。
飛翔達が到着して直ぐに、ハダルとフィオナとなぜかミランダも一緒に、玉英王に連れて来られたので、ひとまずみんな互いの無事を確認して、安堵のため息をつくことができた。
玉英王が座ると、その傍にランボルトが立ち、少し間を置いてオルカとイデオが左右を固める。
ロドリゴが恭しく挨拶をして、水や果物などを運んで来たが、玉英王は直ぐに退出するように命じて、オルカに扉の外を見張る様に言い渡した。
「帰ってきた早々悪いな。だが、また直ぐどこかに行かれてしまっても困るのでね」
そう言ってぐるりとみんなを見回した。
そして、未だフィオナに貼り付いているミランダに気づくと、
「そなた、まだくっついているのか。おかしな女だな。関係も無いのに自分から危険なところに付いてくるとは」
と言って、珍獣でも見るような顔で眺め始めた。
「気に入った! 俺の後宮に来ないか? 一生不自由しないで生活できるぞ」
ミランダはようやくフィオナの体を離すと、ツンと顔を上げて言い放つ。
「おあいにく様、私は誰かに頼って生きようなんて、これっぽっちも思ってないのよ。この細腕一本、ビーズの腕だけで、生きていくって決めているんだから! 私でないと作れない、唯一無二の作品をつくるのよ。あんたみたいな自意識過剰坊ちゃんのお世話なんて、まっぴらごめんよ!」
言い寄った男への手酷い断り言葉だが、そこにはミランダの矜持が詰まっている。今まで何度も口にしてきたのだろう。
だが、それを大国の王へ同じノリで言い放つことは命知らずの暴言でしかない。肝の冷えたフィオナが、必死でミランダの口を押える。
ところが、玉英王は怒るどころか、ますます面白いものを見たような顔をして笑い出した。
「ははは! そなたのような威勢の良い女性が、余の後宮に一人でもいてくれたら楽しいんだがな。余の後宮の者たちには、もれなく恐ろしい親類縁者が付いてくるからな、おちおち好きになってもいられないのだ」
「あら、なんか、可哀そうね」
「そうだろう。だったら、余を慰めてくれないか」
「ご愁傷様。でもお断り」
「ミランダ姉さん!」
フィオナが慌ててミランダを自分の後ろに隠そうとする。
もう一度、玉英王は心の底から面白そうに笑うと、表情をガラリと変えてドルトムントに視線を移した。
「ドルトムント、随分大きな船でイリス島へ行っていたようだが、それはバハルが作った船なのか?」
「……それを確認して、どうなさるおつもりですか?」
ドルトムントは慎重に言葉を発した。
「別に、事実確認だ。我が国の国力を把握しておくのは、王としては当たり前のことだと思うが、そうでは無いのか?」
「確かに。王として必要な事だと思います。でも、その確認だけで、個人の生活が脅かされるのは得心いたしかねます」
玉英王は鋭い眼差しをドルトムントに向けると、
「ああ、兵がバハルの灯台に押し寄せたらしいな。老いぼれの船大工一人呼びつけるために、兵を動かすなんて、愚の骨頂だな」
先ほどフィオナとハダルを連れてくるために、兵を率いて市場に来た自分のことを棚に上げて言ったので、ハダルの目が怒りに燃えている。
「そなたはその命令を余が下した命令だと思っているのか? そして余が下した命令が全て余の思わく通りに進むとでも?」
切り刻むような視線に、ドルトムントは無言で耐えていた。
「広い国と言うのも考えものだな。直接言えないのは不便だ。伝言が伝わり終わる頃には、全然違う内容にすり替わってしまう。そこの青い髪の民よ。伝言を矢のように届ける方法は何か無いのかな? そなたは知恵の民ゆえ、何か良い方法を思いつくであろう?」
玉英王からいきなり飛び出した『青い髪の民』と言う言葉に、みんなが驚いたような顔になったが、ランボルトから報告がいっていたので、知っていても当然かと納得したのだった。
だが、その次に続いた『知恵の民』と言う言葉に、飛翔は内心驚きつつ答えた。
「そうです! 私は青い髪の民です」
そして、ターバンを巻き取った。
「ほぉう、青髪と言うのは初めて見るが、美しい髪だな」
「お褒めにあずかり光栄です。ところで玉英王様、伝言が上手く伝わらなくてお困りのようですが、あなたはこの国を今後どんな国にしたいと思っているのですか?」
「随分と漠然とした質問だな。どんな国も何も、余はこの国で一番権力を持っているからな、やりたいことは全て叶うはずだし、逆らう奴は首を取れば済むはずだな」
玉英王は少し目を細めると、抑揚のない声でそう答えた。
飛翔は怒りが込み上げてきて、思わず拳を握り閉めた。言葉もきつくなる。
「それは国を治める者のやることでは無いですよね。人間の屑のやることだと思いますが」
「ははは! 人間の屑か。ではなぜ、そんなクズが国の頂点にたてるような仕組みが出来上がっているのだろうな。壮国は昔から、神親王の血筋だけが王位にたてることになっているからな。余はその血筋ゆえにこの地位を手に入れた。ならばクズだろうがそなたに文句を言われる筋合いは無いな」
「その仕組みが間違っているとは思わないのですか?」
「間違っていたとして、どうしろと? 余が王位なんかいらないと言ったら、余は殺されて、別の奴が王にされるだけだ。そしてバカな王を隠れ蓑にして、調子の良い事をいいながら甘い汁を吸う連中がたくさんいるからな。王の任命方法を変えようと言ったところで、その法を変えるのは多くの特権を持った貴族たちと、四省の役人たちだ。余が一人で変えられるわけではない。じゃあ、おまえならどうやって変えると言うんだ?」
「それは……」
玉英王が言うことは、確かに厳しい現実の姿だ。
飛翔は唇を噛んだ。理想を言うのは簡単だ。
だが、具体的にどうしてゆけばよいかと言えば、一言で言えるわけでも、一瞬で解決するわけでもない。
多くの人々が、より暮らしやすい未来のために、どう行動すれば良いのかを考えて、意見をすり合わせていく必要があるからだ。
「だからな、余はそんな難問に答えてくれる『知恵の泉』が欲しいんだよ。どんなことでも、そこへ行けば解決策が思いつくんだろう? 今すぐ案内してくれ」
神親王の血筋は、どうしてみんな『知恵の泉』に固執するのだろうと怒りを覚えながらも、一方で飛翔の頭は冷静に、玉英王の言葉を反芻していた。
この王の本当の目的はなんだろう?
玉英王の瞳には、言っている言葉とは裏腹に、自己中心的な考えも残虐な発想も写し出されてはいなかった。
むしろ冷静に、飛翔の反応を観察しているようだった。
わざと怒らせるような言い方をして俺を試しているのか?
それとも何かを聞き出そうとしているのか?
「なぜあなたが、『知恵の泉』の事を知っているのですか? それは壮国の皇帝なら知っているべき知識の一つなのですか?」
「さあな、たまたまじゃないのかな。からくり箱が開けられた奴しか知らないだろうからな」
「からくり箱!」
飛翔は驚いた声をあげる。聖杜のからくり箱が頭に浮かんだ。
「そのからくり箱はどこにあったのですか?」
玉英王は、飛翔の反応に満足したように続けた。
「古い寺の物置だ。誰も開けられないからほっぽって置かれたんだろうな。古いからくり箱だったよ。それについて知っているお前は、やっぱり聖杜国の民と言う事だな。千年前の民がなぜこんなところにいるんだ?」
「そ、それは……」
「時空を超えられると言うことか! 素晴らしい力だ。では余にそれをよこせ! 知恵と時空を支配する『剣と指輪』をな!」
玉英王の言葉に、飛翔は目まぐるしく頭を回転させた。
からくり箱の中には一体何があったのだろうか?
その時、目にも止まらぬ速さで駆け抜ける黒い影があった。
アッと言う間に玉英王の首に刃物が突き付けられた。
だが、その人影の腹にも、ランボルトの剣の切っ先が突き付けられている。
「ジオ!」
みんなが口々に名を呼んだ。
ジオは玉英王へ血走った目を向ける。
双眸には怒りの炎が燃え上がっていた。
「やっと近づけたぜ。俺はこの時を待ち続けてきたんだ。十二の時からな。俺のおやじを、お袋と兄妹を殺した壮国の皇帝に、いつか復讐してやるってな。俺はそのために今まで生き延びてきたようなものだからな!」
ジオの持つ刃物が、玉英王の首筋に微かに赤い線を描く。
「ジオとやら、別に余は構わんぞ。殺したければ殺せ」
玉英王は驚きもせずに言った。
「ジオ止めて! ランじいも! ジオを殺さないで!」
フィオナが泣きながら叫ぶ。
「ジオ! あなたの手は命を産みだす手でしょ! 仔馬の出産を助けられるのはジオだけよ。あなたがいないとミザロのみんなが困るのよ! お願いよ。命を生む手で命を奪わないで!」
ジオは玉英王の首に刃物を当てたまま、フィオナに目を向けた。
その瞳は相変わらず炎が揺らめいていたが、苦しそうでもあった。
「フィオナ、みんな、今まで俺を生かしてくれてありがとう。でもな、俺の家族は壮国の奴らに理不尽に殺されたんだ。いきなり連行された挙句にな。そんな家族の無念を晴らせるのは俺だけなんだ!」
ジオはそう言って、ターバンをかなぐり捨てた。
赤い髪が躍り出る。
「フェルテの製鉄士、ガルドラド・エシュルーファの息子、ジオラルド・エシュルーファだ。六年前に拉致されて、フェルテと壮国の国境付近で無惨に殺された家族の唯一の生き残りだ!」
ヌフィルス川沿いにあるロドリゴの邸宅には、商人たちが商談できる小部屋が沢山ある回廊の奥に、庭園などを配した豪華な部屋が用意されている。
ここで、各国から来た要人を優待できるようになっているのだ。
今はその部屋に、壮国の皇帝、玉英王が座っている。
光沢のある塗料で彩られた木製の長椅子には、細かな細工が施され、豪華な金糸の刺繍が施された敷物が敷かれている。そこへ足を投げ出すように座って、顔だけこちらに向けていた。
飛翔達が到着して直ぐに、ハダルとフィオナとなぜかミランダも一緒に、玉英王に連れて来られたので、ひとまずみんな互いの無事を確認して、安堵のため息をつくことができた。
玉英王が座ると、その傍にランボルトが立ち、少し間を置いてオルカとイデオが左右を固める。
ロドリゴが恭しく挨拶をして、水や果物などを運んで来たが、玉英王は直ぐに退出するように命じて、オルカに扉の外を見張る様に言い渡した。
「帰ってきた早々悪いな。だが、また直ぐどこかに行かれてしまっても困るのでね」
そう言ってぐるりとみんなを見回した。
そして、未だフィオナに貼り付いているミランダに気づくと、
「そなた、まだくっついているのか。おかしな女だな。関係も無いのに自分から危険なところに付いてくるとは」
と言って、珍獣でも見るような顔で眺め始めた。
「気に入った! 俺の後宮に来ないか? 一生不自由しないで生活できるぞ」
ミランダはようやくフィオナの体を離すと、ツンと顔を上げて言い放つ。
「おあいにく様、私は誰かに頼って生きようなんて、これっぽっちも思ってないのよ。この細腕一本、ビーズの腕だけで、生きていくって決めているんだから! 私でないと作れない、唯一無二の作品をつくるのよ。あんたみたいな自意識過剰坊ちゃんのお世話なんて、まっぴらごめんよ!」
言い寄った男への手酷い断り言葉だが、そこにはミランダの矜持が詰まっている。今まで何度も口にしてきたのだろう。
だが、それを大国の王へ同じノリで言い放つことは命知らずの暴言でしかない。肝の冷えたフィオナが、必死でミランダの口を押える。
ところが、玉英王は怒るどころか、ますます面白いものを見たような顔をして笑い出した。
「ははは! そなたのような威勢の良い女性が、余の後宮に一人でもいてくれたら楽しいんだがな。余の後宮の者たちには、もれなく恐ろしい親類縁者が付いてくるからな、おちおち好きになってもいられないのだ」
「あら、なんか、可哀そうね」
「そうだろう。だったら、余を慰めてくれないか」
「ご愁傷様。でもお断り」
「ミランダ姉さん!」
フィオナが慌ててミランダを自分の後ろに隠そうとする。
もう一度、玉英王は心の底から面白そうに笑うと、表情をガラリと変えてドルトムントに視線を移した。
「ドルトムント、随分大きな船でイリス島へ行っていたようだが、それはバハルが作った船なのか?」
「……それを確認して、どうなさるおつもりですか?」
ドルトムントは慎重に言葉を発した。
「別に、事実確認だ。我が国の国力を把握しておくのは、王としては当たり前のことだと思うが、そうでは無いのか?」
「確かに。王として必要な事だと思います。でも、その確認だけで、個人の生活が脅かされるのは得心いたしかねます」
玉英王は鋭い眼差しをドルトムントに向けると、
「ああ、兵がバハルの灯台に押し寄せたらしいな。老いぼれの船大工一人呼びつけるために、兵を動かすなんて、愚の骨頂だな」
先ほどフィオナとハダルを連れてくるために、兵を率いて市場に来た自分のことを棚に上げて言ったので、ハダルの目が怒りに燃えている。
「そなたはその命令を余が下した命令だと思っているのか? そして余が下した命令が全て余の思わく通りに進むとでも?」
切り刻むような視線に、ドルトムントは無言で耐えていた。
「広い国と言うのも考えものだな。直接言えないのは不便だ。伝言が伝わり終わる頃には、全然違う内容にすり替わってしまう。そこの青い髪の民よ。伝言を矢のように届ける方法は何か無いのかな? そなたは知恵の民ゆえ、何か良い方法を思いつくであろう?」
玉英王からいきなり飛び出した『青い髪の民』と言う言葉に、みんなが驚いたような顔になったが、ランボルトから報告がいっていたので、知っていても当然かと納得したのだった。
だが、その次に続いた『知恵の民』と言う言葉に、飛翔は内心驚きつつ答えた。
「そうです! 私は青い髪の民です」
そして、ターバンを巻き取った。
「ほぉう、青髪と言うのは初めて見るが、美しい髪だな」
「お褒めにあずかり光栄です。ところで玉英王様、伝言が上手く伝わらなくてお困りのようですが、あなたはこの国を今後どんな国にしたいと思っているのですか?」
「随分と漠然とした質問だな。どんな国も何も、余はこの国で一番権力を持っているからな、やりたいことは全て叶うはずだし、逆らう奴は首を取れば済むはずだな」
玉英王は少し目を細めると、抑揚のない声でそう答えた。
飛翔は怒りが込み上げてきて、思わず拳を握り閉めた。言葉もきつくなる。
「それは国を治める者のやることでは無いですよね。人間の屑のやることだと思いますが」
「ははは! 人間の屑か。ではなぜ、そんなクズが国の頂点にたてるような仕組みが出来上がっているのだろうな。壮国は昔から、神親王の血筋だけが王位にたてることになっているからな。余はその血筋ゆえにこの地位を手に入れた。ならばクズだろうがそなたに文句を言われる筋合いは無いな」
「その仕組みが間違っているとは思わないのですか?」
「間違っていたとして、どうしろと? 余が王位なんかいらないと言ったら、余は殺されて、別の奴が王にされるだけだ。そしてバカな王を隠れ蓑にして、調子の良い事をいいながら甘い汁を吸う連中がたくさんいるからな。王の任命方法を変えようと言ったところで、その法を変えるのは多くの特権を持った貴族たちと、四省の役人たちだ。余が一人で変えられるわけではない。じゃあ、おまえならどうやって変えると言うんだ?」
「それは……」
玉英王が言うことは、確かに厳しい現実の姿だ。
飛翔は唇を噛んだ。理想を言うのは簡単だ。
だが、具体的にどうしてゆけばよいかと言えば、一言で言えるわけでも、一瞬で解決するわけでもない。
多くの人々が、より暮らしやすい未来のために、どう行動すれば良いのかを考えて、意見をすり合わせていく必要があるからだ。
「だからな、余はそんな難問に答えてくれる『知恵の泉』が欲しいんだよ。どんなことでも、そこへ行けば解決策が思いつくんだろう? 今すぐ案内してくれ」
神親王の血筋は、どうしてみんな『知恵の泉』に固執するのだろうと怒りを覚えながらも、一方で飛翔の頭は冷静に、玉英王の言葉を反芻していた。
この王の本当の目的はなんだろう?
玉英王の瞳には、言っている言葉とは裏腹に、自己中心的な考えも残虐な発想も写し出されてはいなかった。
むしろ冷静に、飛翔の反応を観察しているようだった。
わざと怒らせるような言い方をして俺を試しているのか?
それとも何かを聞き出そうとしているのか?
「なぜあなたが、『知恵の泉』の事を知っているのですか? それは壮国の皇帝なら知っているべき知識の一つなのですか?」
「さあな、たまたまじゃないのかな。からくり箱が開けられた奴しか知らないだろうからな」
「からくり箱!」
飛翔は驚いた声をあげる。聖杜のからくり箱が頭に浮かんだ。
「そのからくり箱はどこにあったのですか?」
玉英王は、飛翔の反応に満足したように続けた。
「古い寺の物置だ。誰も開けられないからほっぽって置かれたんだろうな。古いからくり箱だったよ。それについて知っているお前は、やっぱり聖杜国の民と言う事だな。千年前の民がなぜこんなところにいるんだ?」
「そ、それは……」
「時空を超えられると言うことか! 素晴らしい力だ。では余にそれをよこせ! 知恵と時空を支配する『剣と指輪』をな!」
玉英王の言葉に、飛翔は目まぐるしく頭を回転させた。
からくり箱の中には一体何があったのだろうか?
その時、目にも止まらぬ速さで駆け抜ける黒い影があった。
アッと言う間に玉英王の首に刃物が突き付けられた。
だが、その人影の腹にも、ランボルトの剣の切っ先が突き付けられている。
「ジオ!」
みんなが口々に名を呼んだ。
ジオは玉英王へ血走った目を向ける。
双眸には怒りの炎が燃え上がっていた。
「やっと近づけたぜ。俺はこの時を待ち続けてきたんだ。十二の時からな。俺のおやじを、お袋と兄妹を殺した壮国の皇帝に、いつか復讐してやるってな。俺はそのために今まで生き延びてきたようなものだからな!」
ジオの持つ刃物が、玉英王の首筋に微かに赤い線を描く。
「ジオとやら、別に余は構わんぞ。殺したければ殺せ」
玉英王は驚きもせずに言った。
「ジオ止めて! ランじいも! ジオを殺さないで!」
フィオナが泣きながら叫ぶ。
「ジオ! あなたの手は命を産みだす手でしょ! 仔馬の出産を助けられるのはジオだけよ。あなたがいないとミザロのみんなが困るのよ! お願いよ。命を生む手で命を奪わないで!」
ジオは玉英王の首に刃物を当てたまま、フィオナに目を向けた。
その瞳は相変わらず炎が揺らめいていたが、苦しそうでもあった。
「フィオナ、みんな、今まで俺を生かしてくれてありがとう。でもな、俺の家族は壮国の奴らに理不尽に殺されたんだ。いきなり連行された挙句にな。そんな家族の無念を晴らせるのは俺だけなんだ!」
ジオはそう言って、ターバンをかなぐり捨てた。
赤い髪が躍り出る。
「フェルテの製鉄士、ガルドラド・エシュルーファの息子、ジオラルド・エシュルーファだ。六年前に拉致されて、フェルテと壮国の国境付近で無惨に殺された家族の唯一の生き残りだ!」
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