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第七章 バンドスの船乗り

第65話 道しるべ

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「こんな風に物を隠せるんだな。」
 
 バハルはそう言って古い紙の束と、アドラスのところで見せてもらったのと同じ木片活字の幾つかを取り出すと、飛翔とドルトムントに手渡した。

「この三枚の紙にはバルト文字が印刷されているんだ。多分、この活字の試刷りでもしたんだろうな。残りの紙には見たことも無い模様が描かれていて、これはインクを試したみたいだね。こんな物が役に立つかは分からないが、見て見るといい」

 飛翔は胸がいっぱいになった。
  聖杜国エストレアで作られていた 楮紙ブロネシアルタ
 丈夫で長持ちすると言われていたが、千年の時を超えてもなお、ボロボロに崩れることなく形を留めていた。

 震える手で紙を広げる。
 経年のため薄茶みがかった紙には、薄墨色の文字がたくさん印刷されている。
 ところどころ、滲んだり欠けたりしていて、完全に色が載りきっていないところもあるが、なんとか読み取ることができた。

『 アラル暦二百十二年 八月
 コウケンとサセン、リョウセイという三人のバカな若者が、自動で動く船を作ると言う途方もない夢の実現のために、偉大なる実験を行った。
 リョウセイが持ってきた蒸気タービンを小舟の後ろに取り付けて、船を前へ進める実験である。
 三人がかりで湯を沸かし続ける作業を行った結果、舟はほんの一瞬前に進んだ。
 だが、煙が辺りにたちこめ、近所の奥様連中に散々苦情を言われた挙句、舟の一部が真っ黒になった。
 自動で動くどころか、三人は煤だらけで汗だくになった。
 実験は見事大失敗! 次回は苦情対策も用意すべし。 』

  考建コウケン!  沙泉サセン!  良生リョウセイ

 みんな無事だったんだ! 良かった!

 飛翔は思わず叫びそうになるのを、必死で堪えた。
 みんな、元気で良かった。
 
 アラル暦二百十二年ってことは、俺がいなくなった五年後の事だな。

 五年後には、みんなバルディア国へ逃れて来ていたという事か……

  聖杜国エストレアが砂に埋もれたのは、思ったよりも早い時期だったのだと分かり、飛翔は悲しくなった。
 だが、この文章から伝わる孝建達の様子は、決して暗くも落ち込んでもいなくて、 聖杜国エストレアに居た時と同じように、バカな実験を笑いながらやっている、やんちゃな若者の姿だった。

『飛翔! 早く帰って来い! また一緒に面白い事しようぜ!』

 そう語りかけられているような気がした。

 あいつら、どこにいても変わらないな。それに、きっとこのふざけた文章は、 陽春ヨウシュンさんの仕業だな。試し刷りでこんな文章作りやがって!

 飛翔は目頭が熱くなった。
 みんなの前向きな様子に、元気をもらった気がした。

 残りの二枚には、その三十年後、 孝建コウケンが念願の船を作り上げたことや、船の防水のための塗装用の油を作った 沙泉サセンが、バルディア国の 議会コングレソスから褒章金をもらった事、 良生リョウセイが町の中央にねじ巻き式の時計を作った事など、華々しいみんなの活躍が書かれた文章が刷られていた。
 もちろん、 陽春ヨウシュンの毒舌ぶりも健在。
 孝建が初恋相手の 紫蘭シランに振られたことや、沙泉の頭髪が少なくなってきたことや、良生の体重が倍になったことなどなど……当人たちにとっては嬉しくない情報もいっぱい書かれていた。

「この、ねじ巻き時計は今も残っているんですか?」
「ああ、あの時計のことか! 今も動いているぞ。バンドスの自慢の一つなんだが、こりゃ驚いたな。こんな文章が残っていたとは!」
 アドラスが呆然としたように答えた。

「と言うことは、ここに印刷されている出来事は、本当の事ですよね!」
「多分な」
 バハルが頷いた。

「バルディア国は本当に技術が進んでいたんだな!」
 ドルトムントが感心したように言うと、
「まあ、それがその砂漠の遺跡とどういう繋がりがあるかはわからんがな」
 バハルは冷静に返してきた。

 そうだよな。バハルさんにとっては、これは遠い祖先の話で、その祖先が 聖杜国エストレアからやって来たなんてことは、わかりっこないんだよな。

 飛翔は一瞬、全てを話してしまいたくなったが、先ほどの監視されているような視線のことを思い出して、口を噤んだ。

 気持ちを落ち着けると、今度はバハルが模様が描かれていると言った紙に目を移した。
 そこにはエストレア文字で、『イリス』と何度も書かれていた。

 これは!
 またイリス!

 これはきっとイリス島へ行けというメッセージに違いない!

 飛翔は自分の考えていたことと、みんなが残してくれた道しるべがピッタリ重なったことに、静かな感動を覚えた。

「バハルさん、ありがとうございました。貴重な品を見せていただけて感謝します」
 飛翔はバハルに深く頭を下げた。ドルトムントが不思議そうに、
「飛翔君、何か分かったのかね?」
「ええ、ドルトムント。イリス島へ行きましょう。きっと、そこで何か分かると思います」
「イリス島へ?」
 ドルトムントは驚いたような顔をしたが、飛翔の目を真っ直ぐ探るように見つめ、そして大きく頷いた。
「わかった! イリス島へ行こう!」

 ドルトムントはハダルとジオ、フィオナにも目で尋ねた。

「なるほど。イリス島は飛翔が以前言っていた、『ティアル・ナ・エストレア』と響きの似た言葉があったな。もしかしたら、何か繋がりがあるのかもしれないな」
 ハダルがそう言って同意すると、ジオもフィオナも頷いた。

「そうと決まればこのまま行くか」
 ドルトムントはいつものように軽い調子で言う。

「まあ、船は俺が出して乗せて行ってやるけどよ。片道二十日はかかるぜ! とりあえず食料とか準備して、明日の出発にしよう」
 アドラスも快く引き受けてくれた。
「おお、アドラス、助かるよ。ありがとう」

 アドラスとドルトムントの様子を黙って見ていたバハルに、飛翔はもう一度、模型の船を見せてもらえるよう頼んだ。
 
 アマルの木肌は艶やかに磨きあげられ、三本の三角帆が張られた模型の船は、本物そっくりに細かいところまで再現されている。孝建がどれだけの情熱と愛情を込めてこれを作り上げたのかが伝わってきた。
 
 ふと船首のところを見ると、船の名前が彫られている。
 『イリス号』

 孝建の奴、どんだけしつこいんだ。

 飛翔は思わずクスリと笑った。

 でも、俺が必ずここに来ると信じて待っていてくれたんだな。
 どの時代に飛ばされたかも分からない俺の生存を信じて、こうやってあの手この手でメッセージを残してくれた。
 瑠月の方位磁針
 孝建の船の模型
 良生のねじ巻き時計
 沙泉のインクと陽春さんの活字
 そして、聖杜で紙を漉いていた那豆奈ナズナ
 
 みんながそれぞれの知恵を絞って、千年後の俺にこの『道しるべ』を届けてくれた!
 みんな、ありがとう!

 食い入るように見つめている飛翔の隣に、バハルが静かに佇んだ。

 気配を感じた飛翔は振り向くと、今度はバハルをまじまじと見つめた。
 
 この人は、孝建の子孫。
 胸の奥底から湧いてくる、懐かしさと愛おしさ。

 青い髪では無いが、子孫なのは間違い無いだろう。
 と言う事は、聖杜国エストレアの末裔は、『今もいる』と言う事になる。

 連綿と続いてきた、聖杜国エストレアの血脈は残っていたんだ!

 でも、何故青い髪では無くなっているのだろうか?

 果たしてその謎は、イリス島に行ったらわかるのだろうか。


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