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第六章 古の泉
第60話 束の間の平穏
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ある日の夕方、珍しく早めに終わった会議のお陰で、飛王は陽が沈む前に自室へ帰ることができた。
扉を開けて中に入ると、驚いたように振り向く流花の姿。
夕陽に染まるその横顔が、申し訳なさそうに俯いた。
「ご、ごめんなさい。勝手に入ったりして。飛王忙しいから、そっとこれを置いておこうと思って……」
そう言って、橙の小瓶を掲げる。
「流花、いつもありがとう。それ、とっても良い香だね。俺も好きな香だから嬉しいよ」
飛王はいつもの朗らかな笑顔でそう礼を言った。
何か言いたそうに口を動かしかけた流花だったが、そのまままた下を向く。
「今日は珍しく早く帰って来れたんだ。流石に今日は、瑠月も家に帰るように言ったから。いつも泊りで俺の世話ばかり焼いているから、流花の顔もまともに見れてないんだろうな。悪いな流花」
「そんな……兄は飛王と一緒にいるのが好きだからいいのです」
「ははは!」
飛王は思わず笑ってしまった。
「瑠月は俺が好きか! それは嬉しいな。俺も瑠月が好きだから相思相愛だ」
飛王が心の底から笑っていることに気づいて、流花がほっとした様な顔になった。
「流花、送っていくよ」
「いえ、飛王は体を休めてください。なんなら、この香を今炊きますね」
流花が慌てて辞退して香を炊く準備を始めると、飛王はその手を止めて流花に笑いかけた。
「流花、ありがとう。でも俺は大丈夫だから。流花こそ、今日を逃したら瑠月に会いそこなってしまうよ」
そう言って入り口へ流花を誘う。
そんな飛王の背中を見た流花は、思い余ったように震える手で飛王の袖を掴んだ。
「お願い! 私たちにも分けて! そんなに何もかも一人で背負い込まないで」
いつも言葉少ない流花。
そんな流花の絞り出すような声に、飛王は一瞬驚いたように動きを止めた。
そしてゆっくりと振り返った。
「何を言っているんだ流花。瑠月にも君にもいっぱい助けてもらっているじゃないか」
さっきと同じように、にこやかに答えたつもりだった。
だが、自分の頬を流れ落ちる冷たい感触に驚いた。
俺は……泣いているのか?
俺は本当は泣きたかったのか?
飛王は手で顔を覆った。微かな嗚咽が漏れる。
そうか……俺は……辛かったんだ……
「俺は……」
「飛王……」
最初は遠慮がちに、次に決意を込めて、静かに流花の手が飛王の頭を包み込んだ。
飛王は流花の肩に頭を預けたまま、声を殺して泣いた。
父王が亡くなった後、飛翔が時の彼方へ旅立ち、リフィアが亡くなり、開項が、斉覚が、偲斎が……次々と犠牲になった。
自分の判断が遅れれば遅れるほど、大切な人を失ってしまう。
そして、国はだんだん追い詰められていく。
飛王の肩には、人々の幸せを守る責任が重く、重くのしかかってきていた。
飛王は堪えきれず、頽れた。
流花も支えるように、膝をつく。
流花にしがみつき、顔をうずめ、初めて泣いた。
今まで、自分が涙を堪えていたことにさえ、気づいていなかったのだ。
支える流花の頬も涙が伝う。
リフィアの死は、流花の心にも空洞を作っている。
一緒に泣きながら、それでも、優しく安心させるように、濃群青の柔らかい飛王の髪を撫で続ける。
大丈夫!
大丈夫よ!
私はそばにいる。
絶対離れない。
絶対あなたを置いて先には逝かない。
そんな想いを指先に込めて……
夕陽はやがて西の空に沈み、暗闇が辺りを支配した。
飛王の部屋を訪れた係の者たちは、流花の眼差しに全てを悟り、そっと扉を閉めたのだった。
飛王にとって流花は、ずっと大切な妹だった。
大親友の瑠月の妹だから、当然自分も兄のようなものだと思っていた。
大人しい流花は、いつも集団の中では、静かに後ろに隠れてしまう。
そんな流花がかわいくて、心配で、俺が守ってやらなきゃ!
そんな気持ちでいつも見守っていた。
それなのに……昨日の俺はただの泣き虫だ……
飛王は思い出して顔を赤らめた。
こどものように流花に縋って泣いた時、心の中に広がった温かな安心感。
守ってやらなければといつも思っていた流花の、実は母のような深い愛を感じて、心が癒され満たされるのを感じた。
飛王は次期国王として、『ティアル・ナ・エストレア』の後継者として、常に自分を厳しく律し、人の前に立ち率いてきた。
そんな飛王の辛さや苦しみを飛翔と瑠月は理解して、そっと陰で支えてくれていた。
そのお陰で、今の自分がこうして立ち続けていられるのだ。
二人には感謝してもし足りないと思っている。
でも、そんな二人にも見せられない心の弱さ。
泣き顔。
いつの頃からだろう……素直に泣けなくなったのは……
俺が泣けば、みんなが心配してくれる。
それは嬉しいことだったけれど、いずれ俺は次期王として、みんなを率いていかなければいけない。
だから、みんなに心配されたり、みんなを不安にさせたりするような態度はとってはいけない……
強くて頼りがいのある王!
どんな時も信頼に足る王!
そんな王になるために、いつしか人前で泣くのは止めた。
それが飛翔や瑠月の前だとしてもだ。
けれど、度重なる大切な人々の死。
それが、自分の判断ミスによるものだという負い目。
飛王は自分で自分を責め続ける。
王は間違ってはいけない。
なぜなら、間違ったら人々の命が危うくなるからだ。
そんな責任感の強さが、気負いが、飛王をますます追い詰め、孤独にした。
罪の重さに泣くことすら、自分には許されないと思っていた。
だから、自分の心が悲鳴を上げていることに気づいていなかった。
この悲しみをどこで吐きだせばよいのか?
その逃し方がわからない。
自分の悲しみに蓋をして、見ないようにして……
でもそれはとても辛くて、本当は無視し続けることなんてできるわけがなかった。
それが遂に爆発した。
抑えられなかった。
一旦溢れ出した悲しみ、憤り、苦しみの涙は止められなかった。
流花にぶつけて申し訳ない……
そう思っても、止められない。
すまない流花……
けれど、流花は爆発した飛王の心の欠片ごと、抱きしめてくれた。
飛王は温かさに包まれた。
飛王、泣いてもいいのよ。
あなたは泣いてもいいの。
本当はあなたが一番傷ついているのよ。
みんなの死はあなたのせいじゃないわ。
あなたはあなたの悲しみのために泣いていいのよ。
そう言われているような気がした。
流花……ありがとう……
次の日も、流花はそっと香の小瓶を置きに来た。
本当はプレゼントは口実だ。飛王が心配で仕方なかっただけであった。
手紙を添えて振り返った時、入口の飛王と目が合った。
会いたかったはずなのに、いざ目があったら、自分の図々しさが恥ずかしくなった。
飛王の心の中にこれ以上入り込むのは、やってはいけないこと。
申し訳なさすぎるわ。
流花は出過ぎた事を謝らなければと思って顔をあげた。
「流花、昨日は本当にありがとう」
でも、飛王の穏やかな顔を見たら心から安心して、自然と口元に笑みが浮かんだ。
「いえ、少し顔色が戻ってよかったわ」
「その……すまなかった」
その言葉に、流花は慌てて大きくかぶりを振る。
「嬉しかったの。私は嬉しかったのよ。飛王が少しだけでも、私に重荷を分けてくれた気がして、嬉しかったの。だから気にしないでね」
その言葉に、飛王は堪らなくなって流花を抱き寄せた。
強がる自分をいつもいつも心配して見つめていてくれた視線に、ようやく気付いた気がした。
愛おしさが込み上げてくる。
手離したくない!
流花は一瞬驚いたように身を固くしたが、飛王を支えるようにその背に手を添えた。
俺は今まで、王は孤独で無ければいけないと思っていた。
孤独で無ければ皆を守れない。
なぜなら、どんなに優秀な補佐がいようとも、最後の決断は自分一人の責任として引き受けなければいけないからだ。
その考えは今でも変わっていない。
でも、だからといって、自分の人生全部が孤独である必要はないんだ!
それを流花が気づかせてくれた。
孤独な魂では、正しい判断なんてできない。
寂しい心では愛のある温かい決断は下せない。
「流花、俺は今まで勘違いをしていた。一人でも上手く立っていられると思っていたんだ。でも、実際は全然違う。俺は泣き虫で情けない奴だ。誰かに慰めて欲しくて、支えてもらいたくて仕方ない甘えん坊なんだよ。流花、こんな俺の傍に居てくれないだろうか」
流花の大きな瞳が、更に大きく丸くなる。
そしてみるみる涙でいっぱいになった。
「そ、そんな……」
「ダメかな?」
流花は必死に首を左右に振る。でも驚きと嬉しさでいっぱいいっぱいで、上手く言葉が出てこない。
「わ、私なんかで……」
飛王はその言葉を途中で遮った。
「流花、君に傍に居て欲しいんだ」
赤くなった飛王の顔は、多分近すぎて流花には見えていないはず。
だから、飛王は勇気を振り絞って告白する。
「君のお陰で、俺は本当の強さがどういう事なのか分かったんだ。ありがとう」
そう言ってもう一度、流花の柔らかな唇を優しく包みこんだ。
本当の強さを生み出すもの。
それは愛し愛されることによって生まれるはず。
飛王は愛される喜びに身を委ねた。
「瑠月、俺と流花が結婚したら怒るか? 流花って凄いなって分かったんだ。今更だけどな」
その日の夜、二人きりになったところで、飛王は瑠月に思い切って報告した。
一見、義兄に許しを請うているように見えるが、実は全然許しなんて乞うてはいない。単なる事後報告だ。
「別に、飛王の恋愛音痴はみんな知っていますし、流花だってそんなあなたが好きなのだから、別に今更ですよ」
飛王はちょっとショックを受けた顔をしたが、直ぐに噴き出した。
内心で、瑠月にだけは言われたく無いセリフだなと思いながら。
「流花でいいんですか?」
「流花がいいんだ。流花でないと、俺は泣けないんだよ」
照れ臭そうに本音をもらす飛王。
瑠月はちょっと意外そうに眉根を挙げたが、何も言わずに口角を引き上げた。
一か月後、飛王と流花の結婚式が行われ、飛王は国王として、聖杜の国を守ることを改めて誓ったのであった。
扉を開けて中に入ると、驚いたように振り向く流花の姿。
夕陽に染まるその横顔が、申し訳なさそうに俯いた。
「ご、ごめんなさい。勝手に入ったりして。飛王忙しいから、そっとこれを置いておこうと思って……」
そう言って、橙の小瓶を掲げる。
「流花、いつもありがとう。それ、とっても良い香だね。俺も好きな香だから嬉しいよ」
飛王はいつもの朗らかな笑顔でそう礼を言った。
何か言いたそうに口を動かしかけた流花だったが、そのまままた下を向く。
「今日は珍しく早く帰って来れたんだ。流石に今日は、瑠月も家に帰るように言ったから。いつも泊りで俺の世話ばかり焼いているから、流花の顔もまともに見れてないんだろうな。悪いな流花」
「そんな……兄は飛王と一緒にいるのが好きだからいいのです」
「ははは!」
飛王は思わず笑ってしまった。
「瑠月は俺が好きか! それは嬉しいな。俺も瑠月が好きだから相思相愛だ」
飛王が心の底から笑っていることに気づいて、流花がほっとした様な顔になった。
「流花、送っていくよ」
「いえ、飛王は体を休めてください。なんなら、この香を今炊きますね」
流花が慌てて辞退して香を炊く準備を始めると、飛王はその手を止めて流花に笑いかけた。
「流花、ありがとう。でも俺は大丈夫だから。流花こそ、今日を逃したら瑠月に会いそこなってしまうよ」
そう言って入り口へ流花を誘う。
そんな飛王の背中を見た流花は、思い余ったように震える手で飛王の袖を掴んだ。
「お願い! 私たちにも分けて! そんなに何もかも一人で背負い込まないで」
いつも言葉少ない流花。
そんな流花の絞り出すような声に、飛王は一瞬驚いたように動きを止めた。
そしてゆっくりと振り返った。
「何を言っているんだ流花。瑠月にも君にもいっぱい助けてもらっているじゃないか」
さっきと同じように、にこやかに答えたつもりだった。
だが、自分の頬を流れ落ちる冷たい感触に驚いた。
俺は……泣いているのか?
俺は本当は泣きたかったのか?
飛王は手で顔を覆った。微かな嗚咽が漏れる。
そうか……俺は……辛かったんだ……
「俺は……」
「飛王……」
最初は遠慮がちに、次に決意を込めて、静かに流花の手が飛王の頭を包み込んだ。
飛王は流花の肩に頭を預けたまま、声を殺して泣いた。
父王が亡くなった後、飛翔が時の彼方へ旅立ち、リフィアが亡くなり、開項が、斉覚が、偲斎が……次々と犠牲になった。
自分の判断が遅れれば遅れるほど、大切な人を失ってしまう。
そして、国はだんだん追い詰められていく。
飛王の肩には、人々の幸せを守る責任が重く、重くのしかかってきていた。
飛王は堪えきれず、頽れた。
流花も支えるように、膝をつく。
流花にしがみつき、顔をうずめ、初めて泣いた。
今まで、自分が涙を堪えていたことにさえ、気づいていなかったのだ。
支える流花の頬も涙が伝う。
リフィアの死は、流花の心にも空洞を作っている。
一緒に泣きながら、それでも、優しく安心させるように、濃群青の柔らかい飛王の髪を撫で続ける。
大丈夫!
大丈夫よ!
私はそばにいる。
絶対離れない。
絶対あなたを置いて先には逝かない。
そんな想いを指先に込めて……
夕陽はやがて西の空に沈み、暗闇が辺りを支配した。
飛王の部屋を訪れた係の者たちは、流花の眼差しに全てを悟り、そっと扉を閉めたのだった。
飛王にとって流花は、ずっと大切な妹だった。
大親友の瑠月の妹だから、当然自分も兄のようなものだと思っていた。
大人しい流花は、いつも集団の中では、静かに後ろに隠れてしまう。
そんな流花がかわいくて、心配で、俺が守ってやらなきゃ!
そんな気持ちでいつも見守っていた。
それなのに……昨日の俺はただの泣き虫だ……
飛王は思い出して顔を赤らめた。
こどものように流花に縋って泣いた時、心の中に広がった温かな安心感。
守ってやらなければといつも思っていた流花の、実は母のような深い愛を感じて、心が癒され満たされるのを感じた。
飛王は次期国王として、『ティアル・ナ・エストレア』の後継者として、常に自分を厳しく律し、人の前に立ち率いてきた。
そんな飛王の辛さや苦しみを飛翔と瑠月は理解して、そっと陰で支えてくれていた。
そのお陰で、今の自分がこうして立ち続けていられるのだ。
二人には感謝してもし足りないと思っている。
でも、そんな二人にも見せられない心の弱さ。
泣き顔。
いつの頃からだろう……素直に泣けなくなったのは……
俺が泣けば、みんなが心配してくれる。
それは嬉しいことだったけれど、いずれ俺は次期王として、みんなを率いていかなければいけない。
だから、みんなに心配されたり、みんなを不安にさせたりするような態度はとってはいけない……
強くて頼りがいのある王!
どんな時も信頼に足る王!
そんな王になるために、いつしか人前で泣くのは止めた。
それが飛翔や瑠月の前だとしてもだ。
けれど、度重なる大切な人々の死。
それが、自分の判断ミスによるものだという負い目。
飛王は自分で自分を責め続ける。
王は間違ってはいけない。
なぜなら、間違ったら人々の命が危うくなるからだ。
そんな責任感の強さが、気負いが、飛王をますます追い詰め、孤独にした。
罪の重さに泣くことすら、自分には許されないと思っていた。
だから、自分の心が悲鳴を上げていることに気づいていなかった。
この悲しみをどこで吐きだせばよいのか?
その逃し方がわからない。
自分の悲しみに蓋をして、見ないようにして……
でもそれはとても辛くて、本当は無視し続けることなんてできるわけがなかった。
それが遂に爆発した。
抑えられなかった。
一旦溢れ出した悲しみ、憤り、苦しみの涙は止められなかった。
流花にぶつけて申し訳ない……
そう思っても、止められない。
すまない流花……
けれど、流花は爆発した飛王の心の欠片ごと、抱きしめてくれた。
飛王は温かさに包まれた。
飛王、泣いてもいいのよ。
あなたは泣いてもいいの。
本当はあなたが一番傷ついているのよ。
みんなの死はあなたのせいじゃないわ。
あなたはあなたの悲しみのために泣いていいのよ。
そう言われているような気がした。
流花……ありがとう……
次の日も、流花はそっと香の小瓶を置きに来た。
本当はプレゼントは口実だ。飛王が心配で仕方なかっただけであった。
手紙を添えて振り返った時、入口の飛王と目が合った。
会いたかったはずなのに、いざ目があったら、自分の図々しさが恥ずかしくなった。
飛王の心の中にこれ以上入り込むのは、やってはいけないこと。
申し訳なさすぎるわ。
流花は出過ぎた事を謝らなければと思って顔をあげた。
「流花、昨日は本当にありがとう」
でも、飛王の穏やかな顔を見たら心から安心して、自然と口元に笑みが浮かんだ。
「いえ、少し顔色が戻ってよかったわ」
「その……すまなかった」
その言葉に、流花は慌てて大きくかぶりを振る。
「嬉しかったの。私は嬉しかったのよ。飛王が少しだけでも、私に重荷を分けてくれた気がして、嬉しかったの。だから気にしないでね」
その言葉に、飛王は堪らなくなって流花を抱き寄せた。
強がる自分をいつもいつも心配して見つめていてくれた視線に、ようやく気付いた気がした。
愛おしさが込み上げてくる。
手離したくない!
流花は一瞬驚いたように身を固くしたが、飛王を支えるようにその背に手を添えた。
俺は今まで、王は孤独で無ければいけないと思っていた。
孤独で無ければ皆を守れない。
なぜなら、どんなに優秀な補佐がいようとも、最後の決断は自分一人の責任として引き受けなければいけないからだ。
その考えは今でも変わっていない。
でも、だからといって、自分の人生全部が孤独である必要はないんだ!
それを流花が気づかせてくれた。
孤独な魂では、正しい判断なんてできない。
寂しい心では愛のある温かい決断は下せない。
「流花、俺は今まで勘違いをしていた。一人でも上手く立っていられると思っていたんだ。でも、実際は全然違う。俺は泣き虫で情けない奴だ。誰かに慰めて欲しくて、支えてもらいたくて仕方ない甘えん坊なんだよ。流花、こんな俺の傍に居てくれないだろうか」
流花の大きな瞳が、更に大きく丸くなる。
そしてみるみる涙でいっぱいになった。
「そ、そんな……」
「ダメかな?」
流花は必死に首を左右に振る。でも驚きと嬉しさでいっぱいいっぱいで、上手く言葉が出てこない。
「わ、私なんかで……」
飛王はその言葉を途中で遮った。
「流花、君に傍に居て欲しいんだ」
赤くなった飛王の顔は、多分近すぎて流花には見えていないはず。
だから、飛王は勇気を振り絞って告白する。
「君のお陰で、俺は本当の強さがどういう事なのか分かったんだ。ありがとう」
そう言ってもう一度、流花の柔らかな唇を優しく包みこんだ。
本当の強さを生み出すもの。
それは愛し愛されることによって生まれるはず。
飛王は愛される喜びに身を委ねた。
「瑠月、俺と流花が結婚したら怒るか? 流花って凄いなって分かったんだ。今更だけどな」
その日の夜、二人きりになったところで、飛王は瑠月に思い切って報告した。
一見、義兄に許しを請うているように見えるが、実は全然許しなんて乞うてはいない。単なる事後報告だ。
「別に、飛王の恋愛音痴はみんな知っていますし、流花だってそんなあなたが好きなのだから、別に今更ですよ」
飛王はちょっとショックを受けた顔をしたが、直ぐに噴き出した。
内心で、瑠月にだけは言われたく無いセリフだなと思いながら。
「流花でいいんですか?」
「流花がいいんだ。流花でないと、俺は泣けないんだよ」
照れ臭そうに本音をもらす飛王。
瑠月はちょっと意外そうに眉根を挙げたが、何も言わずに口角を引き上げた。
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