ティアル・ナ・エストレア ―青髪の双子の王子―

涼月

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第四章 謎の糸口

第43話 夜光虫の渡り

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 その日、飛翔は初めて飛王に嘘をついた。

 夕食の後、作業の続きをするからと言って部屋を出ると、密かに議事堂の入口ヘと急いだ。

 今夜、リフィアと夜光虫の渡りを見に行く約束は、ほんの偶然から決まった。
「一度でいいから見てみたいな」と言うリフィアの小さな呟きに、飛翔が「俺も」と答えたのが始まり。

 いつもであれば、即座に飛王にも声をかけるのだが、何故か今夜だけは、飛王を誘いたく無かった。
 自分の中に芽生えた意地の悪い感情に戸惑いながらも、飛翔は結局、本当の事を言い出せないまま、嘘で誤魔化して外へ出た。

 宇宙ほしを見上げるリフィアの姿に、胸が高鳴る。
「ごめん。待たせて」
「ううん、私も今来たところだから。静かで風が穏やかで気持ちいいわ。夜のお出かけって、こんなに気持ちが良いものだったなんて、知らなかった。」

 暗がりでも煌めくリフィアの笑顔。
 飛翔はどきりとした。

「今日は月が無いから足元気をつけて」
 飛翔はそう言って、手持ち灯で足元を照らした。

「用意がいいのね。ありがとう!」
 二人で並んで歩き始める。

 いつも一緒に作業したり、勉強したりしていたけれど、必ず他の誰かがいた。
 でも今は二人きり。
 飛翔は心臓がバクバクして、足元がふわふわしているような感覚で歩いていた。横のリフィアをちらちら見ながら、何と声を掛けてよいか分からず黙ったまま。

「ねえ、飛翔! 夜って、なんか解放される感じがしない?」
「開放?」
「うん。そら宇宙ほしまで広がっているからかしら。空気もしっとりして、包まれている気分」
「リフィアは面白いことを言うね。確かに星までの距離を考えたら、すっごく遠いよね。昼間は星が見えないけど、夜は星が見えるからその分広がってるって感じるのは、面白い感覚だな」
「ふふふ」
 リフィアは笑って両手を広げた。
「気持ちいい!」

「グリフィス先生には何て言ったの?」
 飛翔はためらいがちに尋ねる。
「工房で続きを織るって言ってきたの」
「俺と一緒だ!」

 二人は申し訳無い気持ちになりながらも顔を見合わせると、肩をすくめて笑いあった。
 飛王が一緒に来ていない事を、リフィアが敢えて聞くことは無かったので、飛翔はほっと胸を撫でおろした。


 王宮の門から聖杜の川までの道の両側には、家々の灯りもあってだいぶ歩き易くなった。
 今日辺り夜光虫の渡りがあると予想する人々が、同じように川べりに集まって来て、だんだん人通りが多くなってくる。
 人々に押されるように歩き、二人の肩がぶつかった。思わずはっと見つめ合う。

「思ったより混んでいるね。離れ離れにならないように、手を繋いでもいいかな」
 飛翔は思い切って言ってみた。
 コクリとリフィアが頷いた。

 手を繋いで人々の波の中を、ゆっくり歩いて進む。指先からお互いの鼓動が伝わってくるような気がする。
 川辺には、アマルの並木道。夜光虫はこの木に卵を産みにくるのだ。

 その時、人々の歓声が聞こえた。
 川上から川下に向かって、青白い光が下ってきた。
 最初の光はゆらゆらとおぼろだったが、近づくにつれて光が増してくる。
 そして川から思い思いに木々へ移ってきた。

「夜光虫だ!」

 人々は手持ち灯を消した。
 灯りを消しても、周りは柔らかな光で包まれた。

 夜光虫はアマルの木々に留まり、光を点滅させながらゆっくりと卵を産みつけていく。
 飛翔とリフィアは、光の木の下にそっと腰を下ろした。
 光の点滅に合わせて、二人の顔も明るくなったり暗くなったり。

 リフィアは、嬉しそうに瞳を輝かせて夜光虫を見上げている。
 その横顔を、飛翔は素直に綺麗だと思った。
「リフィア、綺麗だね」
「ええ、本当に! 見れて良かった~」
 思わず自分の口から漏れ出た本音に、飛翔は恥ずかしくなったが、リフィアは綺麗なのは夜光虫だと思ったようで、飛翔の言葉の意味ほんしんに気づいていないようだ。

 飛翔はほっとすると共に、ちょっと残念な気がした。

「飛翔、連れてきてくれてありがとう! 本当に綺麗!」
「ああ、綺麗だね。見れて良かった!」

 二人はそのまま静かに、幻想的な風景を見つめていた。
 周りの人々もみな寄り添い見上げている。
 それはまるで、儀式のように厳かな、新たな生命の誕生の光だった。

「来年も一緒に見に来れたらいいわね」
 リフィアの言葉に、飛翔は力強く頷いた。
「絶対、来年も一緒に見に来よう!」

 光の儀式が終わると、夜光虫は、またふわりふわりと川上へ帰って行った。
 息をつめて見つめていた人々も、最後の光を見送り終わると、ふーと大きく息を吐きだした。そして、それぞれの家へと帰って行った。


 帰り道、飛翔はリフィアの手を離さずに歩いていた。
 リフィアもそのまま寄り添って歩く。
 この道がずっと続いていればいいと思った。
 ずっと二人で歩いていたいと思った。
 幸せで心がいっぱいになる。

「一か月したら、今度は夜光虫の巣立ちと繭集めになるわね」
 リフィアが飛翔を見上げて言った。
「そうだね」
「またみんなで青花布アステラ作りをする季節だわ。絨毯はしばらくお預けになっちゃうな」

「絨毯、すごい大作を作っているみたいだけど、何を編み込んでいるんだい?」
「王宮の庭と議事堂の風景よ」
「風景画を編み込んでいるのか! 凄いな!」
「ええ、時間がかかるけど、でも、どうしても残しておきたくて……私にとってかけがえのない故郷の風景だもの」

 飛翔はリフィアが聖杜国セイトを『故郷』と言ってくれたことが、とても嬉しかった。

「出来上がりを楽しみにしているよ」
 いつもの包み込むようなリフィアの笑顔。

「それが出来たら、次は今日の風景を織ってみたいな。夜光虫の渡り! 本当に綺麗だったわね。今日の思い出に……作るね」
「リフィア……じゃあ、俺は今日の思い出に、ネックレスを作るよ。夜光虫の光を閉じ込めたような、夜光石のネックレスをね」

 嬉しそうに見上げたリフィアの額に、飛翔は唇をそっと押し当てた。
 自分で自分の行動に驚く。
 でも、抑えられなかった。
 びっくりしたように一瞬大きくなるリフィアの瞳。
 でも、恥じらうようにそのまま目を閉じた。

「約束ね」
 小さな呟きに答えるように、飛翔はリフィアを抱きしめた。


 その夜、飛翔が部屋へ帰った時、飛王はすでに布団の中だった。
 眠っているのか、寝たふりをしているのかは分からない。
 だから、飛翔も黙って布団に潜り込んだ。

 興奮でドキドキが止まらない。
 今日のことは、きっと一生忘れないだろうと思った。
 飛王へのうしろめたさがチクリと胸を刺す。
 でも、これだけは飛王にも譲れない。
 だから、謝ったりはしない。
 心の中で呟いた。

 けれど……
 
 結局、飛翔はその三か月後、聖杜国から消えた。

 リフィアの絨毯を見ることもできず、夜光虫のネックレスを仕上げることもできず。
 約束は果たせなかった……
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