ティアル・ナ・エストレア ―青髪の双子の王子―

涼月

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第三章 飛王の即位

第36話 飛王とリフィア

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 即位の儀式の後、飛王は王宮の門へ向かった。
 門の外にいる国民に、一目だけでも無事な姿を見せなくてはならないと思ったからだ。

 不安そうに待っていた人々は、飛王の姿を見て安堵の声をあげた。

 飛王は自分達の無事と、即位の報告を簡単に告げると、にこやかな笑顔で言う。

「これから、よろしくお願いします」

 新王の王らしからぬ謙虚な言葉に、人々は驚いたような瞳を向けたが、飛王の友人である考建こうけんの一言で、どっと沸き返った。

「おう! よろしくされてやるぜ! 飛王! がんばれよ!」

 飛王は嬉しそうに考建とその周りに集う友人たちに目をやる。
 慌てたように考建の父親が人波を泳いで考建の横に忍び寄り、頭に拳骨を落とした様子に、また人々が笑う。
 先ほどまでの重々しい空気が一変して、人々は安心して家路についた。

 飛王が考建に感謝の眼差しを向けると、考建は調子に乗ったような顔で、下手なウィンクを返してくる。

 飛王の心にもパッと光が灯った。


 即位の儀式の後、集った政務官たちと共に今後の国の事を話し合った。非常事態の連続の国を救うため、さまざまな意見を交わし合う。
 長い議論を終えて皆が帰途についたころには、飛王もぐったりと疲れ切っていた。

 でも、リフィアにだけは会わなければいけない……
 だが、もうこんな夜遅いからな……明日にするか。


「飛王様、大丈夫ですか?」
 王宮の一番奥深く、静かで質素な聖杜の王族の住まい。
 寝室まで送り届けに来た瑠月は、寂し気な飛王の背中を放って置けず、思わず声をかけた。

「瑠月……俺たちだけの時は、呼び捨てにしてくれ」
「じゃあ、飛王、大丈夫か?」
「大丈夫……に見えないから声かけてくれたんだろ」
「まあな……」

 飛王は瑠月の肩に頭を載せてほぅっと息を吐いた。

「飛翔は無事だよ。俺たちは繋がっているからわかる。あいつはちゃんと生きている」
「良かった」
「でも、いつ、どうやって帰ってくるかはわからない。待っているしかないな」
「そうだな」
「安心して帰ってこれるように、国を安定させなきゃいけないな」
「及ばずながら、手伝うからな」
「……ありがとう」

 二人でしっかり頷き合うと、瑠月は静かに扉を出て行った。

「今日はゆっくり休め。俺は扉の外にいるから」
「ああ、ありがとう。すまない」


 そうは言ったものの、直ぐにベッドに入る気にもなれず、飛王は寝室の窓辺に腰かけた。

 生まれてからずっと二人で過ごした部屋。
 毎晩寝る前に必ず飛翔と語り合っていたのに。
 急に広く感じる部屋を見るのが辛くなって、飛王は慌てて窓の外に目を移した。

 眼下に広がる王族用の小さな庭は、月明かりで綺麗に照らし出されている。

 そうだ……今日は満月だった。

 飛王は悲しい表情のまま窓にもたれて庭を覗めていたが、咲き乱れる花々の間に白い人影を見つけて身を起こした。

 リフィア!

 その瞬間、弾かれたように窓から庭へ飛び降りた。

 身軽な飛王は、下の植木をクッションにして、怪我することも無く地上に降り立つ。
 そして、一直線にリフィアの元へ駆けて行った。

 風に揺れる金色の髪が、月明かりに透けている。
 柔らかな白い服に身を包んだリフィアは、華奢で儚げだった。 

「大丈夫か? リフィア! 危ない目に合わせてすまなかった」
「飛王!」

 リフィアは突然現れた飛王の姿に、驚いたような顔をしたが、直ぐに飛王を安心させるようににこやかに笑った。
「大丈夫よ。瑠月が直ぐに私達を守ってくれたから、何も怖い思いはしていないわ。それより、飛王のほうこそ大変だったわね」

 そう言いながら手を差し伸べた。

 飛王はいたたまれない気持ちになって頭を下げる。

「すまない……飛翔を一人で行かせてしまった。本当は君にも一緒に行って欲しかったのに」

 リフィアの瞳が一瞬悲し気な光を帯びたが、直ぐに柔らかな色に変わった。

「飛王、心配しないで。飛翔なら大丈夫よ。自分の役目を分かっているし、立派に果たせる人だわ」
「悲しい思いをさせてすまない」

 深々と頭を下げる飛王の頬に、そっと手を添える。
 そして、静かに抱き起すと、飛王の目を真っ直ぐに見て微笑んだ。

 その優しい眼差しが、大丈夫よと一生懸命伝えてくる。
 飛王は涙が出そうになるのを必死で堪えた。

「飛王、無理しないで。飛翔がいなくて悲しいのはあなたのほうでしょ。私なんかより、何十倍も、何百倍も悲しい思いをしているのに」

 リフィアは飛王の頭をそっと抱きかかえ、安心させるように背中をさする。
 飛王はなすがままに身を預けた。

 しばらくそのまま静かに二人で佇んでいたが、ようやく飛王が顔をあげた。

「ありがとう、リフィア。元気になったよ」
「良かった」

 リフィアは嬉しそうに言うと、飛王と並んで歩いた。
 咲き誇る花の香が鼻孔をくすぐる。

 どんなに血なまぐさい事件が起ころうと、どんなに悲しい別れがあろうと、自然は変わらずそこにあった。
 ほんの数時間前に起こった出来事が夢であればいいのにと願いながらも、飛王はリフィアに事実を伝えた。

「でもリフィア。大丈夫だよ。飛翔が無事だと言う事は分かっているんだ。俺たち二人は繋がっているから、大丈夫ってちゃんと感じ取れる」

 飛王はリフィアに顔を向けると、精一杯の笑顔を作って言った。

「だからリフィア、飛翔のこと、待っていてやってくれ」
 リフィアも答えるように笑う。

「わかっているわよ。一日も早く帰って来ることを一緒に祈りましょう」

 お互いの思いやりは分かっている。
 飛王が、リフィアが、無理して、カラ元気を出して笑っていることも。

 飛王は立ち止まると、もう一度リフィアを見つめた。
 ためらいがちに、手を伸ばす。
 細いリフィアの肩を、そっと抱きしめようとした。
 抱きしめてあげたかった。

 だが……できなかった。

 飛翔を想うリフィアの心を思うと、抱けなかった。

「リフィア、部屋まで送っていくよ」

 飛王はもう一度ニコリと笑うと言った。

 飛王は自分の心の想いに蓋をした。

 もう、絶対に開けることはしない……
 この想いは永遠に封印しなければ……
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