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第二章 使命を探す旅

第33話 世界の言葉

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「ハダルは一体何か国語話せるんだ?」
「そうだなー? 十五か十六か国語かな」
「そ、そんなに!」
「基本、言葉なんてものは、国や民族が違えばその数だけ出来上がっているってものさ」
 ハダルはそう言ってニヤリとした。

「と言っても、全部の言葉がまるっきり違うわけではないぜ。似ている言語同士がある。例えばアルタ語はバルト語に似ているし、ミザロの言葉もバルト語が変化したような発音だよ。キルディア語は独自の言語だけど、イリス語と似ているな。後は、チャン語だろ。だいたい、バルト語、キルディア語、壮語のどれかと似ている部分があるから覚えやすいよ」
「なるほど……」

 飛翔は、『ティアル・ナ・エストレア』も、言葉が変化して伝わっている可能性があることに気づいた。

「ハダル? 『ティアル・ナ・エストレア』と言う言葉を聞いたことは無いか?」
「ティアル・ナ・エストレア?」
 ハダルは記憶を辿るように考え込んだ。

「キルディア語で『涙』を意味する『ティア』が近いかな。後は、イリス語で『泉』を意味する『ティーナ』も似ているな」
「え! 『泉』という言葉があるのか?」
「響きが似ていると言うだけで、同じ『ティアル』と言う言葉ではないけれどね」

 飛翔は、やはり『泉』という言葉に反応してしまうなと、自分で自分の事が可笑しくなる。

 イリス語で『エストレアの泉』は、『ティーナ・オ・エストレア』となるらしい。

 飛翔は聖杜国の『知恵の泉』を思い出した。
 そして宇宙の神は、もともと『ティアル』は『希望』と言う意味では無かったと言っていた。『希望』と言う意味では無く、『泉』と言う意味ならば、関連があるかもしれない。いや、むしろしっくりくる気がする。

 飛翔は急に核心に迫れたような気になって、一気に高揚した。

「ハダル、他の言語で『泉』はどんな言葉が多いんだろうか?」
「そうだなー、今飛翔と話しているバルト語では『フォンス』だろ。似ている言語のアルタ語では、『フォンターナ』で、ミザロのサファル語では『スルス』だよな。そう言われてみれば、サファル語は全然違うな」
 
 飛翔はエストレア語の『泉』を思い出す。
 エストレア語で『泉』は『フエンテ』だった。

 同じ『フ』から始まるバルト語とアルタ語は、エストレア語に似ているのか?
 いや、そんなことは無い。他のバルト語は全然違う響きだ。

 と言う事は、『ティアル』に近いイリス語やキルディア語を学べば、何か見えてくるのかもしれない。
 キルディア語は、リフィアに教えてもらったキリト語に似ているかも知れないから、まずはイリス語を学ぼう!

 少しだけ光を感じて心が軽くなった。


「で、『ティアル・ナ・エストレア』ってなんのことだ?」
 ハダルが不思議そうに尋ねてくる。

 飛翔は思い切って、本当の事を告げた。
「俺の故郷では、『エストレアの希望』って意味だったんだ」
「『エストレアの希望』なんて明るい言葉だな。で、『希望』って一体何のことだ?」

 それは『剣と指輪』で、『知恵の泉』を守ること……

 そう言いかけて、慌てて口を噤む。

 そんなことを言ったら、『知恵の泉』とはなんだと聞かれるに決まっている。

「……伝説だよ」
「伝説……じゃあ、『希望』が何を意味しているのか分かってないのか?」
 飛翔はハダルの率直な言葉に、思わずドキリとした。

 確かに、『エストレアの希望』ってなんだ?

 あの頃の俺は、『知恵の泉』を守る事が、エストレアの未来を明るくする……そう信じて疑わなかった。だから『希望』と言う言葉がぴったりだと思っていたし、言葉の意味を考えることすら無かった。

 でも、宇宙の神は違うと言った。

『ティアル・ナ・エストレア』の継承者であった、飛王と俺は、何なのだろう?
 何をなすべきなのだろうか?

 あの時、宇宙の懐で聞いた神らしき声は、それを見つけ出せと言った。

『希望』では無い何かを!

 そして俺たちが本来なすべきことを!

 軽くなりかけた心が、一気に冷えてきた。

「伝説は役に立つ時とたたない時があるからな。むしろ害になる時さえある。だから俺は信じていない」
 ハダルが急に重い表情になって言った。

「俺は伝説よりも、今の現実の方が大事だ。今、こうやって必死で生きていることの方がな。それに希望なんて不確かなものに縋るより、目の前のことを精一杯こなすほうが、生きていくには大切って思っているんだ」
 苦労人のハダルらしい言葉は、飛翔に深く染み込んでくる。

 俺たち聖杜の人々は、『知恵の泉』を守るのに必死だった。
 それこそ命懸けで。
 でも、千年後の世界は、『知恵の泉』なんか無くても、みんな頑張って生きている。
 もう、『知恵の泉』は必要が無いということなのかもしれない。

 この世界で本当の使命を探しだすなんてことは、不可能であり、無意味な気がしてきた。

 それでも……
 俺は飛王の元に帰らなければならない。
 せめて、帰る方法くらいは見つけ出さないと。

 急に黙り込んだ飛翔を見て、ハダルが慌てて言った。

「悪い、言い過ぎたな。『ティアル・ナ・エストレア』について調べたいんだな。じゃあ協力するから何でも言ってくれ」

 飛翔はハダルの言葉に、もう一度前を向き直す。

 目の前の事を一歩ずつ……
 その通りだ。

「ハダル、俺にイリス語を教えてくれないか」
「わかった。飛翔ならすぐ覚えられると思うぜ」
 ハダルは白い歯を見せて快諾してくれた。

「飛翔、付き合わせて悪いんだが……帰る前に寄りたいところがあるんだ。一緒に行ってくれるか?」

 通訳の仕事が一段落したところで、ハダルがフィオナから預かった袋を掲げながら言った。そして川治いに並ぶ屋台でたくさんのサンドパンを買うと、町の奥深くヘと飛翔を誘ったのだった。
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