上 下
20 / 91
第二章 使命を探す旅

第19話 旅行記

しおりを挟む
 飛翔は部屋へ戻ると、ドルトムントから貰った、メッキの禿げた腕輪を出した。そして、腕輪の内側にある仕掛けをそっと開けた。

 そこには、少しだけ空洞ができていて、大切な物をしまっておくことができるようになっているのだ。

 この腕輪は、宝燐山の西の民、キリト人が婚礼の際に交わした物で、新郎と新婦が互いに自分の誕生石を入れて交換し合うお守りであった。その当時は美しい金色で覆われ、宝石などもあしらわれていたはずである。

 飛翔は、リフィアの両親が交わした腕輪を見せてもらったことがあったので、よく知っていたと同時に、思い出深い品でもあった。

 ベッドの下から青い肌着を取り出すと、胸元の縫い目をほどいて、星光石の指輪ルス・エストレアを取り出した。

 それは、見事な美しい球体をしており、宇宙のような深い群青に星のような煌めきを宿した石だった。
 飛翔はそれを大切そうに腕輪の内側に入れて、自分の腕にはめた。
 そして青い肌着をもう一度ベッドの下に押し込んだ。


 ドルトムントに渡された旅行記。
 深い緑色の表紙で、中は手書きの天花語で書かれている。
 最初のページをめくった飛翔は、軽い衝撃を受けた。

『亡き延世王イェンシィーワン様に捧ぐ』とある。

 飛翔からすれば、神親王の末裔というだけで、憎しみの対象となる人物が、実は国民から慕われていたと言う可能性を見つけて、複雑な気分になる。

『延世王の全土統一の功績により、国土は安定し、交通網が整備され、私のような旅人が自由に、安全に歩くことができるようになった。その功績をたたえ、ここにこの旅行記を捧げます』

 続く言葉を見て、更に言葉を失った。

 確かに……国土を統一すると言うことは、平和と発展の基本だな。

 その過程で、どれだけ血なまぐさい戦があったとしても、統一を成し遂げることができれば、その後に生きる子孫にとって、これほど大きな贈り物は無いんだな……
 聖杜の民は、戦わないことを旨としていた。

 それは今でも間違っているとは思わない。けれど、それで滅びてしまえば、それでも戦わなかったことを良しと言えるのだろうか?
 聖杜の子孫の未来をつぶしてしまう事では無かったのか。

 今になって、真成が言っていた言葉、『民を守る』の意味が重く胸に迫って来た。

 国を守るとは?
 国民を守るとは?
 王子として、俺は何をなすべきだったのか?
 これから何をなすべきなのか?
 飛王はあの後、どうやって民を守ったのか?
 一人でどうやって……

 聖杜国のその後を知るには、まず千年後の、現在の姿を知らなければ始まらない。
 飛翔は自らの心を奮い立たせるように続きを読み始めた。


 この旅行記の著者であり、旅人の来幸ラァィシィンは、荘国の王都、華陀ファトゥオの貴族の出身で、王立学院にて学び、登用試験を受けて租税部に配属された。
 そこで延世王より王命を受けて、各地域の産物を調べて、課税方法や課税率、生産性の向上のために、何が必要かを報告するように言われたのが、旅の始まりであった。

 延世王はなかなかの賢王だったのかもしれないと、飛翔は思い始めた。
 この本が書かれたのは三十年ほど前のようだが、延世王は現在の玉英王ユーインワンの曽祖父と言っていたはず。と言うことは、次期王の玉英王の祖父と、次の父親の在位は短かったようだ。

 そう言えば、今は荘暦六十八年と言っていたな。
 と言うことは、延世王の在位の間に、壮暦を定めたということか。
 そんな事を考えながら続きをめくった。


 王都、華陀ファトゥオは、内陸の盆地に作られている。
 周りを取り囲む山々が天然の要塞となって、天空国以来、遷都することなく、生き残ってこれた都だった。
 建造物は周りの山から切り出された木造建築が主流。
 四季があり寒暖の差も激しいため、冬は雪が降ることもある。

 皇帝の住まう王宮を中心として、統省トォンシァン裁省ツァイシァン陸省リォウシァン祈省チァンシァンと言う建物が、王宮を取り囲むように整備されていた。

 それぞれ、統省は経済に関する法を整備し、その遂行管理を司る場所。
 裁省は、刑罰に関する法を整備し、またそれに照らし合わせて裁くところ。
 陸省は軍事を司り、祈省は星読みをして祭事を行うと言う役割が与えられていた。

 一見すると、分権化された公正な政治が行われていそうに見える。
 だが実際には、この上の最高機関として、絶対権限を持つ王府ワンフゥーがあった。

 千年の時を超えてもなお、絶対君主制を維持していたのである。
 皇帝の警戒ぶりは、王都の街並みにも表れている。
 華陀ファトゥオの街並みは、四省スゥシァンが王宮を四方から守る様に取り囲むのと同じように、正確な四角に区切られていて、通りは全て真っ直ぐに整備されていた。
 ところが、その道は所々で行き止まりが作られ、右へ左へと方向を変えながらしか、前に進めないようになっている。
 王宮まで一本の道で進むことができないように用心を重ねた作りとなっていた。

 来幸ラァィシィンは、そんな華陀の街で生まれ育ち、登用試験を受けて、統省の租税部に配属になった若者だった。
 王都育ちには珍しく、外の世界への興味が大きかった来幸は、延世王の長栄港の塩田視察に随行したのをきっかけに、延世王から王命を受けることとなる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

旦那様、不倫を後悔させてあげますわ。

りり
恋愛
私、山本莉子は夫である圭介と幸せに暮らしていた。 しかし、結婚して5年。かれは、結婚する前から不倫をしていたことが判明。 しかも、6人。6人とも彼が既婚者であることは知らず、彼女たちを呼んだ結果彼女たちと一緒に圭介に復讐をすることにした。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...