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前期教育部隊

訓練初日、国旗掲揚~

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現在時刻0623。

Tシャツに短パン、その上からトレパン上下に運動帽。
準備は整った。服装の不備が無いか一応確かめる。
隊舎前、第4班新兵達は班長の到着を、整列し気を付けの姿勢で待っていた。
どうやら朝食の前に一汗かかせようとの魂胆らしい。
学生の頃、部活にも所属せず運動らしい運動をした事が無かったオレは体力、特に持久力には全く自信が無かった。

あれこれ考えている内に班長が到着、
「これから毎朝、体力向上に努める!」
……終わった。

この日は初日という事もあり、トレパンを脱ぎ、Tシャツ短パン姿で駐屯地内運動場を3キロ駆け足。速度こそゆっくりなのだが、全員揃い大声で掛け声をかけながらの駆け足はキツかった。

たかが3キロと笑うなかれ。
休み無くひっきりなしに掛け声を掛けながら走る3キロの恐ろしさたるや。
超運動不足で横断歩道をダッシュで渡るくらいしか走った事ないような人間にしてみれば正に地獄そのものなのだ。

ヨレヨレしながら身体のストレッチを行う。
その傍で班長が顔色も変えずに叫ぶ。
「現在マルナナサンゴー!着替え後マルナナヨンマル現在地集合!以上!」

……時間がない。
ダッシュで汗を拭いトレパンに着替えねば……。


07:40、息も整わぬままトレパンに着替えたオレ達は、揃って朝食へ。


自衛隊に入隊してまだたった2日目にも関わらず、全員で整列&号令に迅速かつ的確に反応。
頭で理解するより先に心と身体が応じてしまう。絶対服従が既に当たり前になっている事が恐ろしい。
これを洗脳と言わずして何と言うのか。

命令に対する反発心や、本当にコレで良いのか?という疑問も、圧倒的な圧力とそれに伴う絶望感の中では尻すぼみになっちまう。
当初(とは言っても昨日の事だが)感じていた屈辱感も、「命令に従う事だけが正義だ」と自らに言い聞かせる事により見事に消滅する。
自ら進んで歯車の一部になる事により、何も考えず、疑問に思わず行動する事が可能となる。……と言うかそうする以外にしよう無い。


ヨレヨレの状態で、どんぶり飯におかず一皿、小鉢と味噌汁、これらをお膳にのせ食べ始める。

早朝訓練に慣れるまでの間は、食べ物が喉を通らない者が多くいたのだが、入隊以前に比べると恐ろしく体力を消耗する毎日に対し身体は実に正直なもので、数日もすると皆、急いでどんぶり飯をかき込む様になった。

朝食を急いで終えると、後は朝礼と8:30に行われる国旗掲揚に備えた準備時間となる。
その間に洗面トイレ等を済ませ、戦闘服上下に着替えた後、またしても隊舎前に集合する。時間にして10分から15分と言ったとこだろうか。
兎に角何をするにも時間が無い。

隊舎前では、先ず人員確認の点呼が行われ、それから朝礼。
本来ならその後に自衛隊体操なる体操を行うのだが、初日という事でそれは無し。
朝礼では本日1日の行動予定を説明され、国旗掲揚までのわずかな時間を利用し基本訓練が行われた。

で、入隊後初めてとなる国旗掲揚。
掲揚前に国旗がある方向に向きを変え気を付けの姿勢で掲揚を待つ。この間、少しでも動こうものなら当然ながら班長からの怒声が飛ぶ。


   世界中の軍隊がそうである様に、自衛隊もまた国旗、国歌に接する際の対応は非常に厳格である。
通常、国旗掲揚に使用される「日の丸」国旗は厳重に金庫に保管されている。
扱う際も素手ではなく白手袋着用が義務付けられ、当直が毎日変わる国旗掲揚担当官に託す時、降揚後返却する時以外は直接触れる事は無い。
一般隊員に至っては、通常触れる事は疎か、掲揚されている時又は講堂などに設置されてある時以外は殆ど目にする事はない。

国旗掲揚中、日の丸国旗が見える場合は、国歌が流れている間、そこに向け敬礼をしなければならないが、建物の陰に隠れて見えない場合、若くは建物の中に居る場合はその場で気を付けの姿勢をとらなければならない。


少し余談になるが、メディア等で報道されるアメリカ軍関連のニュースや、知人のアメリカ軍人達を見ていると、国旗に対し抱いている感情の違いに今更ながら戸惑うことがある。
  彼等は実に素直に国旗、国家に対する愛着とプライドを口にする。
国と文化の違いだと言えばそれまでなのだが、彼等と話していると自身と国旗、国家の根本的位置付け、精神的な結び付きの強さを強く感じる。

あらゆる人種の坩堝アメリカに置いて、国民自らが国家に対するアイデンティティを確立する為の最高にして唯一のアイテム、「星条旗」。
その重要性や有効性は、対外有事の際否応無しに発揮される。

思想の違いや宗教の違い、また人種の違いから始まる争いが絶えないアメリカ国内だが、ひとたび対外的な争いが起こると敵対勢力御構い無しに国民総出で「星条旗」の名の下一致団結する。

今後万が一、何か不測の事態に陥った際、この国の自衛隊は、いや、日本国民は果たして如何なる様相を呈するのだろうか。




…話は大きく逸れてしまったが、
本格的に訓練が始まる初日、ましてや人生初めての国旗掲揚。
君が代が流れる中、本当の本当に自衛隊に入隊したんだ、と心の底から実感した。その時の印象は20年以上経った今でも強く心に残っている。


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