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番外編

新しい恋の花①(フィン視点)

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ずっと恋焦がれた人がいた。
理由は今でも鮮明に覚えている。

二国の戦争が終わり数ヶ月、フィンが護衛騎士として支えたセラ王子様が退位した。
フィンは迷わず自分も王城での任を退き、実家に戻ることにした。

フィンの実家は貴族で、一人娘だった。
フィンは将来、領主になること父親から望まれていたが、自由をこよなく愛する自分には到底無理だと思ってきた。
しかし仕えるセラ王子様もいなくなった今、リガードにとどまる理由もなく、実家に帰るしかなかったのが事実だ。

フィンは周りから大反対されながらも、旅商人のような姿で独り故郷へ戻ろうとしていた。
その帰路で、十年前のことを思い出していた。
それは男勝りな自分がまさか生涯経験するとは思わなかった、初恋のことだ。

フィンは物心ついた頃からお天馬娘で、男子と遊ぶのが好きだった。
そしていつの間にか、誰よりも素早い動きと器用な手先でどんな武器も使いこなす腕をフィンは持っていた。
八才の時父に着いてフィンが王城に行くと、国一番の王宮騎士団の鍛錬を見学し、時には手合わせをしてもらえるようになった。

そこには自分と同じ年頃の子供が二人いた。
一人は体格の良い平民の少年ロクで、もう一人は国の第一王子セラだった。
フィンはロクとはすぐ仲良くなり、すぐ憎まれ口を叩くようになった。
そしてセラのことをフィンは最初、可哀想だと思った。

セラ王子様は、テン王様が田舎へ視察に行った際に出会い愛した末に、王城に呼んだ平民シェリーとの間にできた子供だった。
シェリーは第二子ミーナ王女様を出産してから病に臥せ、テン王様は宰相の娘と再婚した。
そしてテン王様が宰相の娘との間に第二王子を授かると、第一王子は疎まれながら王城で暮らしていた。

セラの目は光を失い、ほとんど言葉を喋らない大人しい子供だった。
剣の腕も未熟で、王宮騎士団もそんな権力の弱いセラ王子様を少し煙たがっているようだった。

そんなセラ王子様はある冬の日、王宮騎士団の北方遠征に着いて行きたいと言い出した。
王宮騎士団はセラを正直お荷物のようで嫌だったようだが、テン王様は快く許可をした。
フィンもそれは面白そうだと騎士団見習いとして、ロクと三人で同行することとなった。

そして遠征中、酷い吹雪の夜にセラ王子様陣地からいなくなり、遭難してしまった。
セラ王子様は幸い村娘に介抱され、翌朝騎士団と合流することができた。
騎士団長らに説教を受けたあとセラ王子様は、フィンとロクに陣地からいなくなった理由を教えた。

セラ王子様はシェリーの故郷に行きたかったようだった。
病に倒れたシェリーとセラ王子様はもう数年も会っていないようで、セラ王子様が母親の影を求める気持ちはフィンにも痛いほど分かった。
フィンも幼い頃に、実母を事故で亡くしていたからだ。

それから、セラ王子様は寝る間も惜しんで剣の稽古をし鍛錬に励んでいた。
そして十年後、セラ王子様は次期将軍になれるだろう強い力を持ち、フィンは唯一の女性騎士として王宮騎士団に属していた。

遠征以来目に光を取り戻したセラ王子様にフィンは目が離せなくなり、それがいつしか恋心だということを知った。
しかしフィンの初恋はミーナの護衛騎士となったロクの言葉で簡単に散っていった。

セラ王子様は遭難した時、光を見つけたのであった。
しかしそれは報われない恋だと知ったフィンは、セラ王子様の一番近くにいる女性として、魅力溢れる少年となったセラ王子様に寄ってくる女性共を蹴散らしていった。
そしてセラ王子様がアリセナ国に人質となり送還される時もフィンは同行を許され、例え自分の想いが報われなくても命に代えてもセラ王子様の側を離れない時フィンは誓ったはずだった。

セラ王子様はアリセナ国で紆余曲折しながらも、光であった少女レイと再会し想いは結ばれた。
最初は自分でも嫌になる程、フィンはレイに嫌がらせまがいの暴言を吐いてしまった。
しかし二人の想いが本気であることを知るとフィンはセラ王子様に気持ちは抑えられ、変わらずセラに仕える道を選んだ。
そしてセラ王子様のクルート国を守る戦いにフィンも同行し、二国の戦争は終わりセラ王子様は王族を退き愛する人を探す旅に旅立ってしまった。

フィンの初恋は想いを告げることもなく、セラ王子様はもう二度と会うこともできない場所に行ってしまった。

フィンはだんだんセラ王子様のことを思い出しながら、柄にもなく目に涙が溢れてきたのを感じた。
しかしそんなフィンの目の前に、長身で痩せている青年が立ちはだかった。

「おい、フィン。そんなんで実家に帰れるのか?」
「…ナオ。なんでここにいるの。」

フィンは涙を振り払い、ナオを無視するかのように歩く手を戻した。
早足で駆けて行ったフィンにナオは軽々と追いつき、隣で笑いながら付いてきた。

「お父様がフィンはきっと帰ってこないと言ってたけど、その様子じゃ帰る場所は一つしかないよな。」
「うるさい。」
「おぶってやろうか?」
「殺すぞ。」

会って早々フィンを揶揄うナオは、フィンの義弟だった。
フィンより二つ年下のナオは継母の連れ子で、昔は可愛い可愛い弟だった。
現在ナオは父親の仕事を手伝っており、小生意気で自分にいつも突っかかってくる。
しかしフィンにとってナオは、誰よりも心を開き、なんでも話せる相手でもあった。

「フィン。俺と結婚しない?」
「は?」

しかしそんなナオが突拍子もないことを言い出した。
フィンは歩く足を止め、一気に熱が上がった両頬を押さえて俯いた。
冗談だとしてもフィンはこの手の話題に弱いのだ。

「なんで私がナオと結婚しなきゃいけないのよ。ナオが領主になりたいから?偽装結婚なら別にいいけど…。」

フィンが考えられるたった一つの理由に半ば投げやりに返事をすると、目の前には両頬を膨らましあからさま不機嫌なナオの顔があった。

「偽装結婚?ふざけんなよ。好きだからだよ。フィンがずっと、これからも忘れられない人がいることも知ってるよ。でもそれも含めてフィンのことが好きなの。」
「そんなの信じ…。」

フィンは目を丸くしてナオから顔を逸らすと、ナオはフィンの両腕を掴み至近距離が近くなった。

「俺はずっと、フィンに会った時から好きだったの。実家に戻ってきてくれて本当に嬉しいんだよ。」
「私は…ナオを弟とか友達みたいな感覚でずっと見てきたよ。」
「知ってるよ。だからこうしてストレートに告白したの。」

ナオはそう言うと蹲み込んで、フィンの額にキスをした。
フィンはつい身震いし、ナオの目を見つめた。

「これから好きにさせるから。」

そして手を繋いで先を進もうとするナオの後ろをフィンはついて行った。
ナオの想いにすぐには答えられそうにはない。
でもこれからきっと楽しい日々が自分を待ち受けているのだろうと、フィンの心は弾んでいた。

「ただいま。」
「おかえり。」




憎まれ役だったフィンのその後でした。
ナオは強引でbrillanceにはいないキャラですね(^^)
次回に続きます。

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