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第三幕

ストックに纏わる建国神話②

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日付が変わり、アルト王子様はクルート国へ戻って行った。
アリッサ王女様が自室に戻り、寝る支度を終えた頃、部屋のドアからノックが鳴った。
そしてアリッサ王女様は、自分の名前を呼ぶ落ち着いた声が聞こえた。

「アリッサ。私よ。」
「お姉様。」

隣の部屋に住むアンジェラ王女様は無防備な寝間着のまま、アリッサ王女様のベッド横に座った。
アリッサ王女はホットミルクを用意し、アンジェラ王女様の隣に座った。

「お姉様、こんな夜更けにまだ起きていらしたんですか?」
「アリッサこそ。今晩はアルト王子様がいらしてたの?」

アンジェラ王女様の言葉に、アリッサ王女様は目をそらした。
しかしアンジェラ王女様はアリッサ王女様の両頬を捕み、真っ正面に向かい合わせた。

「誤魔化しても無駄よ。私は全部知っているわ。」
「ニオ…ですか?」

罰の悪そうな顔で言ったアリッサ王女様に、アンジェラ王女様は静かに首を縦に振った。
アリッサ王女様は深い溜息をつき、これからアンジェラ王女様から長い説教されるのかと体を縮こめた。
しかしアンジェラ王女様は優しく微笑んで言った。

「きっと、初恋なのでしょう。私は決してアリッサを責めたりしないわ。アリッサには私と違って、王族という身分にに縛られず、自由に生きていってほしいから。」

アンジェラ王女様はそう言うと、窓辺の遠くの空を儚げに見ていた。
同じ双子でもアンジェラ王女様はしっかり者で、いつもどんな時でもアリッサ王女様の味方をしてくれた。

アンジェラ王女様こそ王族に縛られながら強く生きている姿に、アリッサ王女は心配になってしまうことがあった。
まだ年端の行かないアンジェラ王女様の小さな背中には、どれだけ重い荷物を持たされて生きているのだろうと、アリッサ王女様は思った。

アリッサ王女様はアンジェラ王女様の手を取って、自分の胸に寄せて言った。

「お姉様は幸せですか?」
「…どうでしょう。」

そう言ったアンジェラ王女様は、アリッサ王女様の頭を優しく撫でた。
目を瞑ったアリッサ王女様は、頭を撫でられるあまりの気持ちよさに眠気に誘われた。

「私はお姉様にも幸せになって欲しいです。」
「ありがとう。アリッサ。」

アンジェラ王女様はそう言うと、アリッサ王女様を優しく包み込むかのように抱きしめて部屋を出て行った。
優しい姉がいるからこそ描かれる幸福な未来に感謝し、アリッサ王女様はそのまま目を閉じた。


翌朝、アルト王子様とカレラ王子様は馬車に乗りアザミに会いに行った。
アザミは病で両眼の視力を失い愛する孫の顔を見ることができなかったが、その声だけで二人を歓迎した。

「よく来てくれた。私の大切な孫達。」
「アザミお祖母様。無理せず寝たままでいいですよ。」

臥せっていた身体を弱々しい力で起き上がろうとしたアザミを、カレラ王子様はそう声掛けた。
アルト王子様はアザミの側に跪き、アザミの皺が刻まれた青白い手を握った。

「アルト。今日はお前に予言を伝えたかったのじゃ。」

急に神妙な顔つきで言ったアザミに、アルト王子様とカレラ王子様は顔を見合わせた。
アルト王子は息を飲むと、緊張し深呼吸をした。
アザミは昔から近未来の予言者として、クルート国でも重要人物であった。

「アリッサ王女様とは別れなさい。アルト王子様の魔法はクルート国を守るために神から得られたもの。それでもアリセナ国の王女様を求めれば、クルート国は滅びます。」

アルト王子様はアザミの言葉を受けて、目の前が真っ暗になった。
アザミの予言は、恐ろしいほどに当たるのだ。

アルト王子様は、国のために自分の思いを犠牲にして生きていかなければいけない現実を突きつけられ、絶望感で溢れた。
そんなアルト王子様の肩をカレラ王子は軽く叩き、呆然とするアルト王子様の代わりにカレラ王子様がアザミと話を続けた。
アルト王子様は逃げるように、アザミの部屋から出て行った。


「どうしたらいいんだ。」

アルト王子様は帰りの馬車の中で頭を抱えてそう言った。
そんなアルト王子様の姿を、いつもアルト王子様とアリッサ王女様の仲を反対していたカレラ王子様も心配していた。

「アルト、深く考えるな。それにお前は王座を継ぐつもりだったんだろう?」
「いいえ。私は王様の器では無いと思っています。お兄様の方が聡明で、私より国を想っていますよね。」
「王族を含め、クルート国民たちは強い魔力を持つお前が王冠を継ぐことを強く望んでいるよ。」

カレラ王子様もアルト王子様を庇うことはできず、重い現実を伝えるしか他ならなかった。
アルト王子様は魂を失ったかのように空虚感で溢れ、その後カレラ王子様と何も話すことができなかった。


それから数日後、アリセナ国で史上最悪の悲劇が起きた。
アンジェラ王女様が公務のために出掛けていた帰り道、アンジェラ王女様が馬車が盗賊に襲われてしまったのだ。

アンジェラ王女様の護衛騎士が、盗賊達と激戦をする中、アンジェラ王女様は一人逃走した。
しかし大雨の悪天候の中で、アンジェラ王女様は滑って崖から落ちてしまったのだ。


アンジェラ王女様は見るのも無残なほど大怪我をしていた。
そして頭をひどく地面に打ちつけていたことで、意識も戻らなかった。

事故から数日後、王様と王妃様、アリッサ王女様は、国一の医師から最良の治療を受けたアンジェラ王女と再会した。

「なんてことなの…。」

立派なアンジェラ王女様を大層可愛がっていた王妃様は、傷だらけのアンジェラ王女様の顔貌を見て気を失い倒れそうになってしまったのを王様が支えた。
アリッサ王女様も王妃様の隣で大粒の涙を流し、必死にアンジェラ王女様の身体を揺すった。

「お姉様、どうして。お願いです。目を覚ましてください。私はまたお姉様とお茶をしたり、庭園でお花を見に行きたいのです。お願いします。」

姉妹仲が非常に良かったアリッサ王女様は、アンジェラ王女様の回復を懇願した。
しかしアンジェラ王女様が二度と目を覚ますことはなく、数日してそのまま帰らぬ人となってしまった。


アリセナ国が建国して数年、まだ国内も安泰とはいえない中で、期待の星であったアンジェラ王女様の急死は公にできなかった。

アリッサ王女様はアンジェラ王女様を突然失った深い悲しみと、アンジェラ王女様が背負っていた宿命の重圧感の二つの闇に襲われていた。
そのためアンジェラ王女様が亡くなってから、アリッサ王女様は自室から一歩たりとも出ることができなかった。

ニオはそんなアリッサ王女様の姿を心配し、ただ一人寄り添い話し相手になった。
そしてアリッサ王女様悲しみに暮れる時こそ、アリッサ王女様の愛するアルト王子様が会いに来ないことをニオは憤慨していた。

しかしアリッサ王女様とアルト王子様が次に会ったのは、最後の別れの時だった。
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