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第三幕

ストックに纏わる建国神話③

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次にアルト王子様がアリッサ王女様に会いに来たのは、双方の悲劇が起きておおよそ一ヶ月後のことだった。
二人はお互い、苦渋の決断をしていた。

「お久しぶりです。アルト王子様。」

アリッサ王女様はアルト王子様の急な訪問に、丁重に淑女の礼をしあからさまな態度を現した。
アリッサ王女様はもうアンジェラ王女様を失ったことに対する涙も枯れており、目つきはどこか強くなっていた。

そんなアリッサ王女様の姿に、アルト王子様も敬意を払った。
アルト王子様は悩み抜いた末の決断を持って、今日はアリッサ王女様に会いに来たのである。

「アリッサ、話があるんだ。」
「私もアルに話があるの。」

真剣な眼差しを寄せ合うアルト王子様とアリッサ王女様がそう言うと、先に話を繰り出したのはアルト王子様だった。

「アリッサ。私はもう二度と、ここに来ることはできない。」
「そうですか。大丈夫ですよ。私ももうすぐ、死んだことになりますので。」
「アリッサが…死ぬ!?」

アルト王子様は自分が持ち合わせていた別れの言葉を上回る衝撃を受けた。
しかしアリッサ王女様は冷静に落ち着きながら、アルト王子様の想像を超える話を始めた。

「実はね、アル。アンジェラ王女様が事故で亡くなってしまったの。でも私はアンジェラ王女様に代わって女王様になれる器ではない。それは国民も思っているだろうし、国民に変に不安を煽りたくない。だから私はこの場で死んだことにし、アンジェラ王女様として生きていくことを決めたの。」
「この場で死ぬ…?」
「ええ。アルト王子様と会い瀬を交わした結果、ロープが切れて亡くなったことにするの。」

アリッサ王女様が淡々と述べた偽りの話に、アルト王子様は全く納得ができず頭を抱えた。

「アリッサ。どうしてそこまで、嘘をつく必要があるんだ?」
「もちろん理由はあるわ。それは後世、王城に縛られるであろうアリセナ国の王女様たちが私のような過ちを犯して辛い思いをしないよう戒めにするのよ。」

平常を装っていたアリッサ王女様は、アルト王子様を前にもう耐えきれなかった。
アリッサ王女様はその言葉を発すると全身の力が抜けてしまい、その場に蹲み込んだ。
そして涙が溜まった両眼を掌に押しつけたアリッサ王女様は、震える声で言った。

「アリッサ王女様として、アルを想って死んだ事実は本望よ。」
「アリッサ。本当に、これからアンジェラ王女様として生きていくのか?」

首を縦に振り泣くのを堪えるアリッサ王女様の身体を、アルト王子様は後ろから優しく包み込んだ。

「アリッサ、私の話も聞いてくれ。私はクルート国の王位継承権をカレラ王子に譲ったんだ。私は自分の魔法をアリセナ国とクルート国のために使っていくことにしたんだ。これから二つの国を結ぶ聖地を作ろうと思っている。本当は今この場でアリッサ王女様を拐ってしまおうかと思っていたんだが、それはもう無理だろうか。」

アリッサ王女様が恐る恐る顔を上げると、アルト王子様は悲しそうな顔で微笑していた。
深く悩みついたアリッサ王女様の決断に、アルト王子様への返事は選択肢などなかった。

「ごめんなさい。私はこの国を、姉の意思を継いで守っていかなければいけません。私が愛したアルが、大切な私の国民をを守って生きていくことを誇りに思って生きていくわ。」

涙を堪えて、アリッサ王女様はアルト王子様に向かい満面の笑みを見せた。
アルト王子様はその唇に触れ、二人は最後に互いを強く求め合うかのように熱く接吻を交わした。


そしてアリッサ王女様とアルト王子様に、別れの時間が訪れた。
アリッサ王女様は強く締め付けられる胸を抱え、アルト王子様の頰に触れて言った。

「どうかお身体無理なさらずに。アルの活躍をずっと応援しているわ。」
「私もアリッサをずっと見守っているから。決して、立派な女王様になろうとなんかしなくていい。ありのままでいいんどよ。アリッサならきっと、国民に愛される素晴らしい女王様になれるから。」
「ありがとう。」

つい照れ臭くなって笑ってしまったアリッサ王女様の身体を包み込むように、アルト王子様は最後の抱擁を交わした。
そしてアルト王子様は無数の光の玉を放ち、ロープをお使いアデナ城を去って行った。

日付が変わって翌日には、二国中にアリッサ王女様の偽りの弔報が回り巡った。
そしてアリッサ王女様の弔いの場に、アルト王子様はこっそりと現れると白いストックの花を一輪墓前に添えた。

アンジェラ王女様となったアリッサ王女様は、ニオからアルト王子様が墓前に添えたと聞いた一輪のストックの花を受け取った。
それはアルト王子様が最後にアリッサ王女様に愛を込めて、送った花だった。

アリッサ王女様はストックの花を一生肌身から離さぬよう右腕に刺青を入れ、アリセナ国の王族間でその所以を伝承した。

アリッサ王女様とアルト王子の禁断の愛は二百年の時をかけ、レイとセラの儚い恋路へと繋がって行った。



閲覧ありがとうございました。
ちなみにアリッサとアルトは今世独身を貫いています。(ニオごめんね…)

二人は二度と会うことはありませんでしたが、互いを想う強い愛を忘れずに生きていました!

余談ですがこの話も本編も、作者が夢でみた物語がベースになっています。

次回、本編エピローグです。
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