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第三幕

姉妹の対峙

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「ここがアデナ城か。」

アデナ城の城下には溢れるほどの兵があり、殺伐とした雰囲気を醸し出していた。

「レイ、大丈夫?」
「ええ。覚悟はできてるわ。」

レイはそう言うと深呼吸し、自分の膨らむお腹を優しく撫でた。

先にエルベラの使者がアデナ城へ行き、マリアとレイの謁見の許可を取っていた。
レイは裏からアデナ城に入り込み、マリアが手配した使者に城の奥にある王様の謁見室へと案内された。

「レオは外で待っていて欲しい。」
「分かった。でも中で何か不穏なことが起きてるようだったら、すぐにレイの下に向かうから。」

そしてレイは一抹の不安を抱えながらもマリアと二人きりで会談することを固く決めていた。
レイは固唾を飲んで、マリアのいる部屋の中に入った。

「本当に来たのね、レイ。」
「マリア。」

マリアはクラウンを頭につけ、玉座に深く座っていた。

レイの姿を確認したマリアは、仕えていた護衛を追い出し、部屋の中に二人きりになった。
レイは額まで隠れるほど深く被さっていた白のローブを外すと、瓜二つの姉妹は再会を果たした。

「ねぇ、レイ。その身体はどうしたの?」

マリアは眉を顰めてそう言うと、身を乗り出して、レイの体の変化を真っ先に指摘した。
途端に胎動が激しく感じた腹部をレイは両手で重ねた。
数ヶ月前に会った頃より、すっかり目が座っているマリアの目を見つめてレイは言った。

「この子は、セラとの間に授かったの。私はこの子を授かり、アリセナ国の王座を捨てて逃げたことをもう悔やんではいないわ。だけど私は、マリアに伝えなければいけない事が会ってアデナ城へ来たの。」
「わざわざ身重の身体で命をかけてでも私に伝えなければいけないこと?そうね、エステルがエルベラに行ったとすれば、私が実母を殺そうとしていることを知ってしまったの?」

一気に顔が青冷めたレイが首を縦に振ると、マリアは高笑いを上げた。
そして右手に持っていた扇子を仰いで言った。

「もうじき、マヤは死ぬわ。所詮血は争えない。私と貴方は違うのよ。」

しかし言葉とは裏腹に、マリアの目の裏には絶望が映っているようにレイは感じた。
マリアの強情さは変わらないが、れいと初めて会った頃の将来の希望に満ちた表情はもうマリアにはなかった。

レイはマリアが、アリセナ国の王宮にエヴリ王女様としてレイと姿を入れ違い、望んだ場所ではあってもこの数ヶ月どれだけ苦労をして、この地まで行き来たのかと想像し、胸が痛くなった。
しかし本当は絶望の淵にいるマリアに追い討ちをかけてしまうだろう言葉をレイはマリアに訴えた。

「マリアは自分の母親を殺し、国民も見放すのですか?」
「それは…。レイにそんなことを言われる筋合いはないわ。」

これまで冷静にレイとやり取りを交わしていたマリアだが、自分にとって大切な国民を引き合いに出され、つい取り乱した。
そしてマリアは激しい足取りでレイの前に仁王立ちし、レイの胸倉を掴もうとした。

「やめろ。」

扉の隙間から中を覗いていたレオはすぐに駆けつけ、レイを自分の背に隠した。
そしてマリアに向かって懐から剣を抜き、マリアの首元に矛先を向けた。

「私に刃を向けるのですか?」
「あぁ、お前こそレイに何をしようとしていた?」

レイの身を一番に想うレオはマリアを睨みつけ、剣に添える力を込ると、マリアの首筋から一筋の血が流れていた。
マリアはその血を無表情で見つめていた。

「レオ、やめて。私は大丈夫だから。剣を収めて。」

レイはレオを宥めるとレオは刀を懐に収めたが、マリアはそのまま床に這うように項垂れた。

レイは動悸がしてきた胸を押さえながらマリアの後ろに跪いて、ずっとマリアに話したかったことを伝えた。

「確かに国を捨てた私が言うには説得力のかけらも無いわ。でも私はマリアがアリセナ国を守ると信じていた。ここで命を差し出すことで、アリセナ国の国民は救われるの?ねぇ、マリアはストックの花の本当の意味を知ってた?」
「ストックの花の本当の意味?そんなのアリセナ国を建国した王様の娘のアリッサ王女様が、クルート国のアルト王子様と禁断の恋をし駆け落ちをしようとして死んだときに、アルト王子様がアリッサ王女様のために弔いに向けられた花のことを云うんでしょう?」

マリアの言う通り、ストックの花には二国の王室に伝わる悲恋話が言い伝えられていた。
しかしレイはストックの花に込められた真実に辿りついていた。

「私達が知っているストックの花の言い伝えは、アリセナ国の王族が禁じられた恋を制するために偽っていたものだった。アリッサ王女様は死んでいない。本当はアルト王子様との愛を自ら捨てて、亡くなったお姉様の代わりに女王様になっていたのよ。私は、アリッサ王女様はまるでマリアのようだと思ったわ。マリアは国を守る宿命を背負って生きているのよ!」

レイが息を荒げ声を上げた真実に、マリアは動揺した。
マリアは刺青の消えた右腕を抑えて顔を上げ、レイを見つめた。
マリアの両目には涙が溢れていた。

「私、ゼロを捨てて、ルーエンも流刑になった。孤独に浸りながら、マヤにも矛先を向けた。…私は大切なことを忘れていたのね。」

マリアが力なくそう囁いた時、城下から防弾の音が響いた。
それはクルート国軍の到着と、二国間の最後の戦火の始まりをを合図していた。

「エヴリ、いやレイ。私にこの国を守れるかしら?」
「もちろん守れるわ。マリアには強い血が流れているからね。」

レイはそう言って微笑み、恐る恐るマリアに近付き両手を広げた。
マリアはたった一人の妹ーレイの胸の中に飛び込み、二人は熱い抱擁を交わした。

レイの胸の中でマリアは、堪えていた涙を流した。
しかし二人には再会の余韻に浸る時間はもう残されていなかった。
マリアはすぐに涙を拭うと、レイと向き合い行く手を示して言った。

「レイ。アデナ城が侵略される前に、早くここから逃げなさい。そして国内が落ち着いたら、また私に会いに来なさい。」

レイは儚く微笑むと、マリアに返事をしなかった。
また再会することは、レイがもう二度と叶うことができない約束だった。

レイは最後にまたマリアを優しく抱きしめると、耳元で呟いた。

「マリアともっと早く出会えたら。もっとたくさん話がしたかったわ。」

しかし城内は騒がしく、その言葉はマリアの耳には届かなかった。
レイは強い姉を持ったことを誇りに思い、レオと共にアデナ城を後にしたのだった。
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