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第二幕

母との再会

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エルベラからの手紙で大聖女リリィより指示された、エルベラからの使者との待ち合わせ場所に着くまで、懸命に走らせても数日がかかった。
容態が悪い母に一刻も会いたいセラは切羽詰まっており、セラとレイは旅の中で大した会話を交わすことはなかった。

そしてレイ達は何事もなく無事に、辺鄙な森林の中でエルベラからの使者と合流を果たした。
エルベラからの使者は会うなりセラから手紙を預かり、封筒を太陽の光に当て本物だということを確認した上で言った。

「私はエルベラからの使者、聖女のカルメンと申します。よろしくお願いします。」

カルメンは白装束を羽織っており、垣間見える表情からは小皺が混じっていたことで初老の女性だということが分かった。

「セラ様と…レイ様ですね?」

カルメンは少し顔を曇らせてレイの名を呼んだ。
エルベラからの許可は得ていたものの、レイは自分はエルベラから招かれざる者なのだろうとすぐに悟った。

「さてお二方、私の後ろに下がっててくださいませ。すぐにご案内します。」

そうカルメンは言うと同時に、目の前の大木に両手をかざし、辺り一面に眩しいほどの光が溢れた。
そしてレイとセラが目を開けると、辺り一面の風景は変わっていて、白い横長の建物と大聖堂が現れていた。

「綺麗…。」

レイは聖術を初めて近くで体験し、衝撃を受けて声を漏らした。

「レイ、一緒に行こう。」

馬を降りたセラとレイは、手を重ねてカルメンに手引きされるがまま、エルベラに入り大聖堂の最奥へと入って行った。


大聖堂の最奥には祭壇があり、祭壇に大聖女リリィが据えられ、多くの聖女達が仕えて跪いていた。
レイは緊張していたが、手を重ねるセラが励ましてくれていた。

レイトセラは、リリィを前に跪き頭を下げた。
聖地では大聖女の立場が最も讃えられ、患者や客人が国の王族でさえも諂えられることはなかった。

「セラ様、レイ様。初めまして。お顔を上げてください。無事に聖地へと辿り着けて安心しました。セラ様のお母様の容体が不安だとは思いますが、旅の疲れもお癒しくださいませ。」

そう話すリリィの声は温かかったが、少しか細かった。
レイはまさかと思いその顔を覗き見ると、リリィは年端もいかない少女のようだった。

「大聖女様。この度は私達をお招きいただき誠にありがとうございます。早速でありますが、私のお母様の容態はいかがでしょうか?」
「セラ様?安心してくださいませ。シェリー様はだいぶ持ち直しました。セラ様の到着を心待ちしていましたわ。」

リリィはそう言うと微笑み、遠くに仕えていたカルメンに目配せした。
リリィの配慮で束の間の謁見は終わり、レイトセラはシェリーのいる部屋と案内された。


「お母様…!!」
「セラ…セラなのね。」

危篤と云われていたシェリーは容態が大分回復したようで、ベッドの上で身体を起こしていた。
セラはすかさずシェリーの前に駆け寄り、シェリーの両手を握ると、大粒の涙を流していた。

「お母様、心配しておりました。そしてずっとお母様と会いたいと思っておりました。」
「セラ、大きくなったわね。貴方のことは王様からよく手紙で聞いていたわよ。私の子供とは思えないくらい、立派に育ってくれました。」
「王様が…ですか?」

シェリーの前でセラは、幼い子供に戻ったように堪えていた感情を露にし、泣きじゃくっていた。
シェリーから疎遠だと聞いていた王様の話が出たことに驚いていたが、今は母親との数十年ぶりの再会に気持ちが昂っていた。

そしてしばらくして、セラが泣き止み落ち着いてきた頃、部屋の端でその様子を見ていたレイをシェリーが手招きした。

「初めまして、可愛いお嬢様。貴方はどなた…?」
「ご挨拶が遅れて大変申し訳ありません。私、ミーナ様の代わりにセラ様に着いて参りましたレイと申します。」

レイはわざと自分の立場を濁しながらそう言ったが、シェリーはレイにも微笑みかけた。
色白で男性な顔立ちをしたシェリー顔貌がセラやミーナによく似ていた。

「ミーナはフィッセルに残ったのね。あの子らしい決断だわ。レイ様、はるばるエルベラまでセラに着いて来てくれてありがとう。」

シェリーの穏やかで温かい笑顔を受け、レイはナタリーのことを思い出し胸が熱くなった。 

「募る話があると思うので、私は外で待ってますね。」

レイは今更だと思ったがそう言うと、静かにシェリーの部屋を出て行った。
そして部屋を出た先にはカルメンが控えており、レイはカルメンに話しかけられた。

「レイ様、シェリー様のお話をさせてください。」

カルメンは淡々とそう言うと、セラトレイに用意していた部屋に案内し、シェリーの病状を話した。

シェリーは若い頃から肺が弱く、ミーナの産後に急激に体調が悪化した。
実家で療養していたが、六年前にシェリーは大発作を起こし、エルベラに送還され治療を受けた。

しかしエルベラでもシェリーは体調は良くなったり悪くなったりを繰り返して不安定で、また最近大発作を起こしてしまった。
シェリーは奇跡的に呼吸を吹き返したがもう身体は限界を迎えており、少しの会話や起き上がるだけで息が上がっているようで、セラの前では必死でその様子を隠していた。

「あの、カルメン様。私もシェリー様のお世話をできませんか?」

レイはシェリーに会って客としてではなく、何か自分にできることはないかと考えていた。
レイの反応にカルメンは目を見開き驚いたようだったが、首を縦に振った。

そしてカルメンは初心者のレイに、シェリーの身の回りの世話や看護方法を説明してくれた。

それからレイは微力ながらもシェリーを看護し、セラを支える日々が始まった。
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