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第二幕

逃亡の先にあるもの

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セラ達の始まって間も無く、アリセナ国とクルート国が開戦した。

セラ達一行は、レオが事前に用意した航海する船場までは馬を走らせて一週間が経っても、辿り着かなかった。
それは季節が残暑で昼間に進むことができる距離が短いこと、またアリセナ国特有の山岳地帯が乗馬には不向きなことが理由だった。

徐々に皆の体力は奪われていった。
その中でも旅路に不慣れなレイは、人一倍疲労を抱えていた。
しかし明らかに皆の荷物である自分を連れて行ってくれるセラ達に気遣い、レイはどんな時も笑顔を忘れなかった。

ただそんなレイの態度がフィンには逆撫でしたようで、顔を合わせればレイはフィンに何度も同じ文句を言われた。
しかもフィンがレイに文句を言うのは決まってセラがいないところで、である。

“あんたがいなければ、とっくに旅はもっと先に進んでいる。皆あんたに気遣ってるのよ。”
”あんたが誰かに見つかったら私達は終わり。セラは王子様でいられなくなるし、命も危うい。”
”あんたは幼なじみがいるからこの先も安寧に暮らせるだろうけど、私達は命をかけている”

レイにはフィンの文句は正論だと分かっていたが、何度も言われ続けることで精神的に疲弊してしまっていた。
そしてある晩、レイは寝付けずテントを抜けて、見張りをしていたレオの下へと行った。

レイはレオと一緒に過ごす時間が誰よりも長かったが、アリセナ国のあちこちで戦火が繰り広げ始めた今、切羽の詰まった旅路でろくに会話をすることがなかった。

「レイ、どうしたの?疲れているんだから、夜はゆっくり休んだら?」
「なんだか眠れなくて。護衛達は寝る間も無く大変よね。」

レイは居た堪れなくなったが、レオはそんなレイの気遣いも受け入れながらレイの体調を一番に心配した。
レイにとって、長い間唯一無二の存在であったレオと一緒にいるのはとても安心感を感じた。

しかしレイは命をかけた冒険を経て逞しくなったレオを、どこか遠くに感じてしまうことがあった。

「ねぇ。レオは…クルート国に着いたら、どうするの?」

レイはずっと気になっていたことを吐露すると、レオはありままの胸の内を明かした。
そのレオの横顔は爽やかで、レイには清々しいように見えた。

「俺はセラ王子様に着いていきたいと思ってる。」
「そんな気がしてた。セラと剣を交えるレオが輝いていたから。」
「そう…?」

それはレイも薄々気付いていた事実であった。
レイを除く一行は旅の合間で鍛錬を図っていたが、クルート国一と云われる武力を持つセラの姿を見て、レオは羨望の目を晒していたことを知っていた。

「セラ様、格好いいし頼りになるし。理想の王子様だよな。」
「すっかりゼロも、セラを見る目がキラキラしていたわ。」

アリセナ国から逃亡し偽って生きているゼロさえも、セラを慕っているようだった。
レイにとって愛する者が自分の信頼する者に好かれていることは嬉しいことであったが、自分だけが取り残されていく孤独感をレイは日に日に強く感じていた。

「でも…レイはこの先どうするか考えてる?俺は悔しいけど、セラ王子様とのことを応援するよ。」
「レオ、私とセラのことを誰かに聞いた?」
「セラ王子様本人から、直接聞いたよ。」

レイはセラがどんなことを話したのかと恥ずかしく、そしてレオから告白された日のことを思い出しなんだか気まずい気持ちになったが、レオは続けて言った。

「俺、最初はレイとセラ王子様より早く会えたら良かったのにと思ってた。でもだんだんセラ王子様の人柄を知って、あんなに素敵なセラ王子様なら、俺がレイともし先に会ってようと結果は変わらなかったんだろうなと思ったよ。それならもっと早く気付けばよかった。レイはセラ王子様の話をよく俺にしていたのに。」

そう言うレオの眼差しは切なくて、レイはもう背中を摩ることも間々ならないその姿に胸が締め付けられた。
自分がセラに恋することで大切なレオと距離を作ってしまうことになり、レイは悲しい気持ちになった。

「俺はレイがどんな王妃様になるのか、楽しみだよ。」
「王妃様…かぁ。」

レイは苦笑をして、溜息をついた。
レイはセラと逃亡を決めた日に気持ちを交わしたきり二人の関係は何も発展していないし、将来のことを考えれば考えるほど、レオが考える未来に行き着くことはなかった。

セラと一緒に旅をすることで、セラの本当の内面も分かり、レイは日に日にセラに対する思いは強くなる一方だった。
しかし、フィンの言うように自分の存在はセラの邪魔になってしまうと悲観的になってしまっていた。
そしてそんな悩みを話せる相手はもういないことがまたレイを追い詰めていた。


レイは俯いたままレオと別れると、テントに戻らず、一人フラフラと近くにあった小さな湖に行った。

「私だけはこの先安寧に暮らせない…。」

それがレオにさえも言うことができなかった、レイの本音だった。
アリセナ国の王女様の身分から逃げてマリアとすり替えた自分は、もう死んだともいってもいい。
例え幸せに育ったクルート国へ帰ったとしても、もうそこには居場所はないのだ。

『ずっと恋焦がれていた人に着いて来てしまったが、この先愛する人と未来など自分にはないのだー。』

レイは湖に移る、頬のこけ痩せた自分の姿を見て堪えていた涙が流れ落ちた。

しかし悲しみに浸る時間さえ自分には持ち合わせていないようで、レイが気付いた時には背後に数名の大柄の男達の影が写っていた。

「お姉ちゃん、なんでこんな森の中にいるんだ?」
「しかも夜更けに、まるで俺たちに会いたかったようだなぁ。」

そう言った低い声の主の一人は、レイの首元に刃を向けた。

レイはそんな状況の中でも何故か冷静で、リガードの城下町で起きた悪党とのの一件を思い出した。
まだ自分は誰かに踊らされているのかと不信な気持ちを抱く一方で、今の暗い気持ちでは助けを呼ぶために悲鳴を上げる気力も残されていなかった。


アリセナ国はリガードの城下町を抜けると非常に物騒で、盗賊などの悪党が多く存在していた。
アリセナ国とクルート国の戦争が開戦したことで統制が回らなくなり、悪党達は増えるばかりだ。

セラ達一行がここまで安全に旅を続けられたのは、悪党達に遭遇しないよう万全の注意を図っていたからである。
しかし自分は勝手に安全な場所から抜け出しており悪党に捕まるのは仕方ないと、レイは諦めて目を瞑り俯いた。

「うおおおおお。」

一瞬でレイの首元に押し付けられた刃は、悪党達の悲痛な声と共に湖に消えた。
レイが恐る恐る目を開けると、セラとロク、フィンが悪党達に剣を奮っている姿があった。

悪党達はレイが瞬く間に、三人によって直ぐに撃退され、逃げて行った。
そしてあまりの展開の早さに呆然としていたレイは、突然後ろからセラの腕の中に優しく包まれていた。

「どうしていなくなったんだ…?」
「そうよ!なんて勝手なことを…!」
「フィン、セラに任せて俺達は行こう。」

フィンが文句を言いたげにセラとレイの下に向かおうとしたが、力着くでロクに自制された。
フィンは渋々とロクに引っ張られて、森の奥のテントへと戻って行った。
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