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第一幕

亡国を手引きしたもの

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部屋の小窓からフィン達と目配せしたセラがレイを連れて部屋を出ようとした時、ずっと黙っていたゼロが声をかけた。

「セラ王子様。私も一緒に連れてってもらえませんか?」
「…ゼロ!?どうして?」

その言葉にゼロを除く三人は動揺し、特にマリアはまるで保護者に置いてかれる子供のようにか細い声でゼロの下に詰め寄った。
ゼロはマリアの熱い視線を逸らして俯き、自分の腕を掴もうとするマリアの手を静かに振り払った。
その様子を横で見ていたレイは、ゼロが亡国を望む理由に気付いてしまった。

「ゼロ。逃げるのですか…?」
「あぁ。エヴリ王女様だって逃げるのでしょう?」
「そうですね。でもゼロは本当にそれで後悔しないんですか?」

ゼロは一瞬固まり黙ったが、ゆっくりと首を前後に振り頷いた。
自分とマリアは異父兄弟で決して結ばれることの許されぬ二人であり、これから婚約者と添い遂げるマリアの側近として仕える未来は想像するだけで、ゼロは心が削がれ、堪えられる自信がなかったのだ。

「こんなに堂々と敵国の監視をするとは考えられませんし、そんなことをしてなんにも国の利益もないと思うので、別に一緒に着いてきていいですよゼロ。」
「護衛の一人としてお仕えいたします、セラ王子様。」

ゼロの気持ちを察し哀しい表情をするレイを見て、セラは半ば渋々であったが正直な言葉でゼロを揶揄しながら、ゼロの同行を認めた。
そしてゼロはセラの下で跪き、主人への忠誠を誓うのであった。
そんなセラの様子に涙が湧いてきたマリアは背を向け、小さな声で言った。

「ゼロ、これまで私を守り、時には私の師となり、そして命を懸けて王女様として王城に戻れるようにしていただき、ありがとうございました。養母の死刑罪からショックのあまり自室に火をつけてしまったところからゼロは私を助け出し、その際に大怪我を負ってそのまま行方をくらませてしまったということにしておきましょう。どうかご無事を願っております。…ゼロお兄様。」

マリアの声はだんだん震えていた。
ゼロはマリアの小さな背中を強く抱き締めたい気持ちをぐっと堪えた。
愛するマリアを置いて、ゼロは新しい道へとセラとレイと共に部屋を出ていった。


呉服屋を出た三人は、直ぐに護衛二人と合流した。
まだ王城からは灰色の煙が出ており、街は騒然としていた。

急いで一行は裏道を行くと、カリディアの関門にて護衛らが不正に手に入れた身分証を使用し、意外と易々とカリディアから出ることに成功した。
自分が産まれた街を離れることに、勿論レイは微細とも躊躇いは無かった。
しかしレイは残された自分の片割れというべきマリアに情が移ったのか、たった一人王城に戻ったマリアの将来は気になるところであった。

カリディアを出ると、非常に激しい落差のある坂道が一行を待っていた。
レイは四ヶ月の王城生活で、すっかり体力が落ちていた。
速足で進む一行にだんだん距離が開いてしまい、レイはついに息を絶え絶えに立ち止まってしまった。

「レイ、大丈夫か?休憩しようか?」

そう優しく声をかけたのは、少し先を歩いていたセラだった。
しかしその言葉にセラの隣にいたフィンは間髪入れずに相槌した。

「いつ追っ手がくるか、分からないわ。セラが捕まることは決して許されない。はっきり言って、この子は足手まといよ。っていうかこの先、どこまで私たちに着いてくるつもりなの?」
「フィン。レイはセラが連れてきたんだぞ。それにアリセナ国の王女様だ。」
「アリセナ国の王女様の身分は捨てたて逃げて来たんじゃないの?」
「やめろ、フィン。」

フィンの正論に俯くレイと庇いきれないセラを見て、冷静にフィンを止めたのはロクだった。
そもそもレイとフィンは性格が正反対でフィンは反りが合わず、またフィンは密かにセラを想っており、レイに感情的になるのを堪えられなかった。
しかしそんなフィンの気持ちに鈍感なセラは、感情を逆撫でする言葉を放った。

「じゃあ私がレイを背負うよ。それならいいだろう?
「セラ…王子様にそんなこと…。」

セラは何食わぬ笑顔でレイの下に行き、照れるレイを本当に背負おうとした。
その姿にレイの隣にいたゼロは、呆れながら行動を止めた。
仁王立ちしてその姿を見つめるフィンの頭は煮え切り湯気が出そうで、ロクはその姿に最早笑いが込み上げるのを堪えながら言った。

「もうすぐ林に着くだろう。そこにクルート国まで手引きしてくれる者が馬を引いて待っている。レイ、あと小一時間ほど頑張れそうか?」
「大丈夫です。ご迷惑をおかけして本当にすみません。」

俯き謝るレイに、セラはレイの頭を撫でると手を重ねて隣を歩いた。
嫉妬で荒れ狂うフィンが文句を言いたそうだったが、必死にロクが止めてフィンに先頭を歩かせた。


そして日が暮れる前に林に辿り着き、少し進むと四頭の馬が並ぶ古屋があった。
ロクは小屋の扉の前で、小声で暗号じみた言葉を発し中の者と会話をすると、皆を中に入るよう手引きした。

「…レイ!?」

小屋に入るとすぐに自分の名を呼ぶ懐かしい声に、レイは口を塞ぎ目を丸くし仰天した。

アリセナ国とクルート国の間に怪しい空気が流れていた昨今、国境や海さえも不正出国は非常に難解なことだった。
しかしそれを自分の幼なじみがやり遂げるとはレイには想定外で、とうに諦めていた再会だった。

「レオ。」

レイがその名を告げる前に、身体はもうレオの胸の中にあった。
自然と涙が溢れ、安堵感で全身の力が抜けるようだった。

「…レオ。どういうことか説明してもらえますか?」

小屋の真ん中で繰り広げられた感動の再会に口を挟んだのは、その光景に唖然としていたセラだった。
レイはすかさずレオから離れ、俯きレオから目を逸らした。
レオはその行動に不可解さを感じながらも、とりあえず皆に用意していた簡単な夕飯を出し、食べながらここまでの経緯を話し出した。

それはレイが知っているレオとは思えないような、過酷な冒険だった。

レイがクルートを出国してから、レオはレイを連れ戻す方法を考えていた。
アリセナ国を不正入国に加担したのはレオの父、ロイ子爵であった。

ロイ子爵にはひと回り年が離れた妹がいた。
ロイ子爵の妹は、不正入国していたアリセナ国の漁師と恋に落ち、駆け落ちをしていた。
妹の身を案じたロイ子爵は、妹と隠れてずっと連絡を取っていた。

そこでレオは叔母の夫と連絡を取り、国境を越えて航海する方法を聞き小さな小船でアリセナ国へ不正出国をした。
そしてアリセナ国に出国すると、叔母家族と会い、裏ルートに通じる叔母の夫から、クルート国の騎士を紹介された。
その騎士が、万が一セラ王子に何かあったときに亡国を考えていたロクだった。

レオはクルート国王城内部に入れるロクにエヴリ王女様を王城から連れ去ってもらうことを交換条件に、ロク達がクルート国から亡国を手助けするすると、約束を交わそうとしていた。
しかし敵国の従者である自分がエヴリ王女様を誘拐することは難しく、殺すことがセラ王子様の任務でもあったため、ロクはもう一人のクルート国からの囚われの者を助け出したのであった。

「お母さんを…助け出してくれたの?」

まるで夢のような事実を、レイは信じられなかった。
死刑を執行されたはずのナタリーを、裏でロクが手引きしレオに受け渡していたのだった。
そしてレオは時を待って自らも王城に忍び込み、レイも助け出そうと計画していた。

「レオ、お母さんは今どこに?元気ですか?」
「叔母の夫がレイのお母さんを先にクルート国に送って行ってくれたよ。数ヶ月間囚われていたけれど、大丈夫。怪我もしていなかったよ。」
「ありがとう、レオ。本当にありがとう。」

アリセナ国の王女の身分でもやり遂げられなかったことを、レオが命をかけて助けてくれたことにレイは感動し、深く頭を下げた。

「でもこうしてまたレイに会えると思っていなかった。アリセナ国で一体何があったの?」

レオにとってレイと想定外で不可解な再会をすることができた意図をレイは思い返すと、顔を紅らめてレオから目を逸らした。
こんな自分は狡いだろうが、その答えをまだレオに話すことは躊躇いがあった。

「それは私も聞きたいところだけど想像もしたくないわ。私はあなたを応援するわ。レオ。」
「ん?」

レイとレオの会話に野次を入れたのは、その事実を受け入れられないフィンだった。
ロクは四角関係を察してこの先の展開を不安がり、溜息をついて言った。

「さて食事もとったし、皆旅路を急ごう。」

しかしレオがロクに指示され用意していた馬は四頭であった。
ロクは無駄な喧嘩になることを懸念し、すぐ皆に乗る馬を指示して旅を進めた。

「ロク、どうして私がロクと一緒の馬なんだ?私はレイと…。」
「…貴方は一国の王子様なんですよ。」
「王子様…かぁ。」

ロクの背に乗るセラは羨ましそうに前を見つめながら、小言を呟いていた。
ロクとセラの前にはレイと一緒に乗馬し先頭で道を案内するセラがいた。
セラの耳には二人の和気藹々とした声が聞こえ、セラは気分が重くなっていた。

六人の将来の見えない亡国が、始まった。




第一幕終了です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
テンポよく第二幕始まりますので、もう少しお付き合い下さい。
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