たった一つの恋

hina

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桜と涙

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麗と静流はそれから恋人として数年の月日を重ねた。
しかしあの日から、二人に一定の心の距離があった。

それは誰に対しても麗が引いていた一線だ。
この場に親友と呼べる友達がいないのも、その性格が物語っている。


桜の舞う、晴れた日。
麗は優と入籍し、既婚者になった。

そして盛大な結婚式が行われる人生最高の日は、この世で一番愛する人との別れの日でもあった。

「麗さん、よろしくお願いします。」

豪勢な挙式の始まりは洋風の神前式だった。
祖父と腕を組み足取りを合わせてゆっくりとバージンロードを歩いた麗は、優に引き渡される。

そしてどこまでも麗に他人行儀で立てる優は深く跪き、手を拝借した。
麗はそんな優に暖かな視線を送り、柔らかく笑った。

「不束者ですが、よろしくお願いします。」

それは愛のない、偽装結婚の始まりだった。
あの日以来、麗にはこの世の全てが色のない世界に見えている。

そして一瞬、挙式場の遠くの席に座っている静流に目を向けた。
静流はどんな顔をしているのだろうかー。

挙式に静流を参列させることは、もちろん祖父には猛烈に反対された。
しかし優が許してくれたおかげでこの場にいる。
双方残酷なことではあるが、最後のひと時まで静流と同じ空間にいたい麗の我儘だった。

この数年、二人で駆け落ちすることなどいくらでもできた。
しかしそうしなかったのは、麗は静流にこれから先幸せになってもらいたかったからだ。

今日まで縛りつけた自分の勝手だろうけど、麗は静流には明日からは前を向いて自分じゃない誰かと幸せになって欲しいと懇願していた。

挙式中でもあるのに関わらず、優にキスをされたとしても、麗の頭の中には静流しか存在していなかった。
きっとこの先もどんなことがあってもずっとそうだろう。

そして神前式が終わり、参列客に祝福されながら退場すると、最後尾の奥に静流はいた。
麗はその姿に目が離せず、そして一筋の涙が流れた。

「おめでとう。幸せにね。」

そう静流が口で呟いているのが、麗にだけは分かったのだ。

その姿を最後に、静流は去って行った。
しかしそのまま別れられるほど、麗はまだ強くなかった。
数年堪えていた感情が溢れたのは、一度目のお色直しの時だった。


「ごめんなさい…。」

ウェディングドレスを脱いで衣装を替える時だった。
麗は近くにあった白いワンピースに一人着替えて式場を出て行った。
祖父や優は挙式会場にいるため、呆気にとられたスタッフ達も麗を止めることはなかった。

そして式場の門を出た時、桜が散った。
その桜の花を、門壁に佇む静流が拾って麗を見上げ言った。

「ダメだよ。主役が逃げ出したら。」
「静流…!」

麗はそのまま、静流の前に飛び込み二人は尻餅をついた。
しかし麗は静流を抱き寄せ、2人は熱い抱擁を交わした。
麗は堪えていた涙を流し、静流の礼服は濡れた。

「今まで本当にありがとう。愛してる。」

静流は墜ちていた自分を拾って、心から想い支えてくれた人だった。
麗は泣きながら、静流に最上級の言葉を告げた。

静流の麗を抱く力が強くなっていた。
静流も抑えきれず、涙を流していた。

「俺も愛してる。また出逢えて本当に良かった。」

そして見つめ合い、二人は深い接吻を交わした。
既婚者となった自分には許されないことだった。

しかしこれが最後だと心の中で言い聞かせた。
そして麗はこの甘い一瞬のまま、時間が止まればいいと思った。

「幸せになってね。って言いたかったんだけど…。」

簡単にこのまま別れらないほど、二人は互いを愛しすぎていた。
俯いて別れを告げられない麗の頭を、静流が優しく摩った。

「大丈夫。もう側にはいられないけど、遠く離れていても、俺はずっと麗を想ってるよ。ずっとそういう風に生きてきたんだから、今更変えられないよ。」

静流は大学を卒業し、数日後ニューヨークに帰国し医師になろうとしていた。
二人の距離が離れるのは必然のことだった。
しかしそんな静流の言葉に、麗は頭を横に振った。

「でも…これ以上縛りつけたくない。」
「麗を想うのは俺の自由だろ?俺も麗の幸せをずっと祈ってるよ。」

静流はそう言い、清々しい表情で麗を離した。
きっぱりと別れることはできなかったが、一緒にいる未来ももう二人にはないことを物語っていた。

麗は立ち上がり、服についた桜を払った。
まだ涙目であったが、向かう先は決まっていた。

「時々、静流の声聞きたい。」
「分かった。毎日電話するよ。」

静流はそう言うと微笑み、また麗の頭を撫でた。
麗も口角を上げ、その胸にもう一度飛び込みたかったが止めた。

「私もまた出逢えて良かった。ニューヨークに気をつけて帰ってね。」
「ありがとう。また明日。」

静流はそう言うと大きく手を振り、笑顔で去って行った。
その後ろ姿を、麗は一生忘れないようしっかりと目に焼き付けていた。

ー静流は私を救ってくれたヒーローだった。


しばらくして、麗を探しにきた祖父が現れ手を引かれた。

「戻ります。だからもう少しだけ…ここにいさせて。」

愛する人の背が見えなくなるまで、麗は視線を送っていた。
それが二人の二度目の別れだった。
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