たった一つの恋

hina

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麗は祖母の月命日を過ぎても自宅マンションに帰らず、実家から大学へ通っていた。
静流とは会っていなかったが、何度も連絡をくれて麗の気の済むまで話を聞き、励ましてくれた。

そして季節は移ろい、大学三年の冬季休暇を迎え、クリスマスイブになった。
まだ華やかなイベントを迎える気分にはならなかったが、麗は静流が恋しくなり、二人は静流の家で会うことになった。


そしてクリスマスイブ当日の朝。
今月から再会した仕事に行く準備をする祖父に、麗は今日一日家を離れることを話した。

「…彼氏とでも会うのか?」

泣きながら電話をしていた夜もあったため、麗は祖父に彼氏がいてそれが静流だということを話していた。
過干渉の祖父だが、なぜか静流のことに関しては深く追求してこなかった。
しかしこの日は祖父の問いに頷いた麗に対し、祖父は眉間を潜めて神妙な顔で言った。

「そうか。正月前に会って欲しい人がいるんだ。」
「誰?」
「大切な話だから、その時に詳しい話をさせてくれ。じゃあ行ってくる。」

祖父は冷静な口調でそう言い放つと、麗が問い詰める前に仕事に行ってしまった。
そろそろ就職活動を控えており、祖父が就職先を準備していると前に言っていたことだろうと麗は推測し深く考えなかった。
それ以上に、久しぶりに静流と会うのが楽しみでならなかった。


そして午前中のうちに、麗は静流の家に行った。
ランチはテイクアウトのピザを持って二人で食べ、眠くなった麗を静流は頭を撫でてくれた。
そしてそのまま静流の膝の上で昼寝をし、目を覚ましたら日が沈んでいて、貴重な二人の時間を寝て過ぎてしまったことに麗は後悔した。

そんな麗にいつも温かく微笑む静流は、二人で近くのスーパーでクリスマスケーキやイタリアンのお惣菜を買い、簡単に二人で料理もした。
とても穏やかで幸福な時間だった。

「今年も一緒にいれて良かった。」

そして一日の終わり、一緒にベッドに入った静流は満面の笑みでそう麗に言うと、頬に口づけをした。
麗はそのまま夢心地の気分のまま、静流の胸元に甘えて抱かれた。

「いつもありがとう。今年もプレゼント用意してなくてごめんね。」

静流は二年連続、サプライズでクリスマスプレゼントを麗に渡してくれた。
去年は手袋、今年はマフラーだった。
プレゼントは飾らないシンプルでノーブランドの実用的な物で、麗はとても気に入っていた。

しかし麗は静流に去年も今年もプレゼントを渡していない。
去年は付き合っていなかったからだとしても、今年は用意する気持ちの余裕が無かったことに麗は静流に悪く思っていた。
しかしそんなこと気にすることもない静流は、微笑んだまま麗の頭を撫でていた。

「ねぇ、私の身体のことまだ気遣ってるよね?」

静流の温もりに、麗はつい本音を漏らしてしまった。
手術をして半年が経ち、身体も元に戻っていた。

しかし女性から言うべきことではないと、麗は伝えてから顔を紅くした。
静流が頭を撫でる手は止まらず、暖かい口調で返事が返ってきた。

「そうだね。でも俺はこうしてるだけでも幸せだよ。」

そう言う静流の優しい言葉に、少し物足りなさを感じながらそれを自分に言わせる気なのか麗は狡いと思った。
しかし身体を交わらない二人の関係もとても心地良かった。


まだその先へ踏み込むのは今ではないと麗は察し、そのまま静流の温もりに触れたままイブの夜を明けた。

しかしそれが二人で過ごす最後の穏やかな日であった。


年越し前、晴天の日だった。

麗は祖父が用意した薄紅色の無地の振袖を着て、郊外の料亭に来ていた。
祖父はこれから会う人物を何度聞いても教えてくれず、麗には嫌な予感しかしなかった。

「麗さん。」

しかし店内でも一番豪勢な広間に現れたのは、顔見知りの人物だった。

「優さん?」

それは自分よりひと回り年上の、祖父の側近だった。
地味だが優しく穏やかで、麗にとって兄のような人物だった。

普段は祖父に従順で少し疲れたスーツを着ていた優が今日はしっかり袴を羽織り、麗に深く頭を下げていた。
そして祖父が淡々と言った台詞に、麗は頭が真っ白になった。

「大学を卒業したら、優に麗のお婿さんになってもらおうと思う。そしていずれは私の会社を継ぐことになる。」
「よろしくお願いします。」

それは後継がいない祖父による、明らかな政略結婚だった。
有無を言わせぬ祖父の強い態度に麗は絶望した。
麗はただ愛する人の姿が頭の中に浮かんで、それ以上祖父たちの言葉は聞こえなかった。


麗は一言も言葉を交わさぬまま、決められた縁談は粛々と進められていった。
そして祖父が仕事の電話で席を外した時、優は恐る恐る麗に話しかけた。

「少し、裏庭に出ませんか?」

麗は俯いたまま頷くと、優に着いていき下駄を履いて裏庭に出た。
しかし立派に整備されている庭園も、麗の目には入ってこなかった。
そんな麗の気持ちを救いとるように、優は穏やかな口調で言った。

「私は麗さんを妹のように慕っていました。これからも大切にします。決して悪く扱ったりなどはしませんので、安心してくださいね。」

まるで自分はもののようで、気持ちは関係ないのだと麗は思った。

しかし被害者なのは自分だけではない。
優も、祖父でさえも悪くないのだ。

優は老舗旅館の次男坊に生まれ、優秀な兄に構う両親に蔑ろにされて育った。
優は高校卒業後に家を出て、自給自足で有名大学に進学して祖父の会社に就職した。
そんな優の苦労を買った祖父が、息子のように可愛がり、自分の跡を継がせたくなるのは必然であった。

しかし気持ちはついていかない。
締め付けられるように苦しい胸を抑え、麗は無言のまま縁側に座った。


そんな時、晴天の空に粉雪が降ってきていた。
今年は悪いことばかりだと、そしてこれから先も良い事は起きないのだと麗は悲観的になった。

膝を曲げ池の恋を愛でる優の後ろ姿を見ていた麗が、優が流していた一筋の涙の理由に気付いたのはそれから数年が経った時のことだった。
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