たった一つの恋

hina

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友達以上、恋人未満。
少し物足りないけど居心地の良い。
麗と静流はそんな関係になっていた。

麗はあれ以来、派手な男遊びをやめた。
その分空いた時間は、静流と会っていた。
買い物に行ったり食事をしたり、互いの部屋で一晩を過ごすこともあった。
すっかり静流に対する麗の態度は、猫から犬のようになっていた。


しかし2月に入り静流は年度末の大事な試験があったため麗は会うことができなくなっていた。

一足早く春季休暇に入っていた麗は、その日少し遠くの街まで一人電車で買い物に行っていた。
雑貨屋巡りをしていた麗はついつい時間を忘れてしまい、夕暮れを見て慌てて帰りの電車に乗った。

電車の席に座り揺れながら、夕焼けを眺めていると静流を思い出す。
夜は一人で外を出歩かないようにーと、まるで保護者のように何度も自分に言って聞かせる静流に早く会いたいと思った。

しばらくして電車が途中の大きな駅に止まり、車内に数十人の人が溢れるように乗車し、窓の向こうはを持ってつり輪を持って立つ客で視界が遮られた。
携帯を取り出し、静流に勉強捗ってるかーと久しぶりに連絡をしようとすると、自分の名を呼ぶ声に顔を上げた。

「もしかして、麗?」
「…裕向?」

二人は目を見開き、久しぶりの再会に驚いた。
裕向は麗の二つ上の幼なじみで元恋人であった。

数年前に地元を離れた裕向と会うのは、別れた時以来初めてだった。
斜め隣に立っていた裕向は、礼服を着ており大きな紙袋を持っていた。

「結婚式?」
「そういとこの。これからホテルに帰ろうと思ってたところ。まさか、麗に会うなんてな。」
「私も…驚いてる。」

偶然の再会に浸る裕向の姿を麗は凝視できなかった。
短髪に目鼻立ちが整い、長身で細身でスタイル良くスーツを着こなす裕向は、最後に会った高校生の時より一層魅力的になっていた。

「俺、東京に来たのは、引っ越してから初めてだったんだ。特に会いたい奴もいなくて。明日もさっさと帰る予定だったんだけどさ…。これから、飲みにでも行かない?」
「え…。」

裕向の突然の誘いに、麗は戸惑い返事に悩んだ。
しかし裕向に話しかけられてからずっと胸の鼓動が高鳴っている自分に、嘘をつけなかった。

「いいよ。」

麗がそう言って裕向に微笑むと、手にとっていた携帯の静流に文面を打っていたメール画面を閉じバッグに閉まった。


麗と静流がプライベートで付き合うようになってからある日、静流に聞かれたことがある。
どうして、取っ替え引っ替えに男遊びをしていたのかーと。

麗はその回答に躊躇ったが、まだその頃の麗は静流に嘘をついたことはなかった。
忘れられない人がいるからーと。

それが、今目の前にいる裕向だった。
麗が初めて好きになり、初めて付き合い結ばれ、そして辛い別れをした相手である。


幼い頃に、異国の地で父を亡くした。
麗は生前から、母を裏切っていた父を憎ましく思っていた。
そんな父の死を、いや存在までも忘れたいと思った。

そして新しい街に住み、母も自分を置いていなくなってしまい、一人孤独を感じていた。
そんな中、近所に住む二つ年上の男の子ー裕向と仲良くなった。

麗が誰にも言えずにいた父への思いを語った時、裕向は言った。
自分は一日一日と生きていく中で、母の記憶が薄くなっていくことが辛いーと。

裕向は数年前に、母を病気で亡くしていたのだった。
麗はそれ以来、父のことを思い出すことは少なくなった。
愛する人を失っても懸命に生きている裕向を大切に想うようになったからだ。

そして同じく大切に想ってくれた裕向と付き合い、初恋が叶った二人が突然別れるきっかけになったのは、裕向の父が経営していた会社の倒産だった。

裕向の父は自己破産を前にして自宅に放火し、無理心中を計った。
父と二人の妹が亡くなり、夜中隠れて麗と会うために家を離れていた裕向だけが生き残った。

当時裕向は高校三年生で進路が決まっていたが、もちろん全て白紙になり、親戚の働く仕事を手伝うために地方に引っ越すことになった。
裕向は一方的に麗に別れを告げ、それ以来会うことも連絡も取ることもなかった。


それから六年という月日が経っていた。
二人は繁華街のイタリアンレストランに入り、幼い頃や付き合っていた頃の話をして会話が弾み、楽しい時間を過ごした。
そして十分酒や食事を嗜んで店を出た頃には、日付が変わろうとしていた。

「じゃあ私、帰るね。」

二人が電車で再会した時、裕向の泊まるホテルの方が近くにあり、その駅で降りていた麗は別れを告げるとタクシーを探そうと歩き出した。
しかし返事もないまま離れていく麗の腕を裕向は強く掴み、そのまま身体を自分の胸元に引き寄せた。

「久しぶりに会えて嬉しかった。まだ一緒にいたい。一緒にホテルに行かないか?」
「…酔ってる?」
「酔ってなかったら誘いに乗ってくれるのか?」

そう言う裕向を見上げた麗は、突然唇を奪われた。
繁華街の真ん中で堂々と抱擁し深い口付けをする自分たちの姿に恥じらいを感じたが、身体も心も拒絶できなかった。

「行こうか。」

そしてスーツのポケットに手を入れた裕向の左腕に手を組むと、麗はホテルへと向かった。
麗は裕向は狡いと思いながらも、最初から気持ちに逆らえなかった自分に反吐が出る。

裕向に再会してすぐ、麗は気付いていた。
裕向の左手の薬指にはシルバーリングが付いているー結婚をしているのだ。

長年裕向を忘れられず堪えていた麗の想いは、汚い欲望へと変わっていた。
そしていとも簡単に罪を犯してしまっていた。
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