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最悪な再会
しおりを挟む「リオネル殿下。本日の晩餐はヴォール帝国のクライスラー公爵閣下をお招きして、白百合の間でとの事でございます」
侍従からの知らせにリオネルはおやと思う。……この時期に、ヴォール帝国の公爵が来られたのか?
ヴォール帝国は言わずと知れた大帝国。このランゴーニュ王国はギリギリで属国となるのを免れている。祖父である前王はヴォール帝国の高位貴族から妃をいただいた。……それが、王太后。現国王の母でありリオネルの祖母。そのお陰もあり属国となることを免れたと聞いている。
しかし王太后は前王によく似ているというだけで実の孫であるリオネルを良くは思っていない。……いや、嫌っていると言って良いだろう。それは例の『予言』で『浮気者の王太子』とされてから特に酷くなっている。
「……王太后様は御気分が宜しくないとの事で、ご欠席されるとの事でございます」
侍従が気を使ったのか、そう補足した。……そのくらい、王太后がリオネルを嫌っているというのは王宮の人々の周知の事実なのだ。
そしてその晩餐の前に父である国王の執務室に呼ばれたリオネルは、国王と2人になる。
「リオネル。いよいよ明日だ。……どちらの道を選ぶのかは、お前の人生でもあるのだから私はお前に任せる。そしてお前の選んだ道を全力で支えると約束しよう。……そして最終的にこの国の王となるのはリオネル、お前だ」
国王はリオネルの肩をしっかりと掴み、しかと息子の目を見てそう言った。
「父上……。私も今のこの状況を危うんでおります。しかし……。この事に無関係の女性を巻き込んでしまうかもしれないのです」
リオネルはレティシアの笑顔を思い浮かべた。彼女をこんな愚かな争いに巻き込みたくはない。
苦しげなリオネルに、しかし国王は強く言った。
「リオネル。その女性を本気で想っているのなら、お前が行動しなければ一緒になる事は出来ないのだぞ。今回何事もないようにやり過ごす道を選ぶのならば、最悪お前は公爵令嬢と結婚せねばならないかもしれない。向こうもおそらく『王妃』の座だけは手放そうとしないだろうからな」
王の言葉にリオネルは改めて気が遠くなる。……幼い頃から自分を追い詰めてきた、全く信用のならない女性との結婚……! 一生気の休まることのない人生を送らねばならないだろう。
しかし幾ら自分が好意を持っているからと彼女……レティシアの気持ちも確かめぬまま今回の騒動に巻き込めば、最悪その人生を大きく左右してしまうだろう。それは決して許されない事だと思う。
深く考え込み黙り込んだリオネルを見て、国王は話題を変えた。
「……今日、王太后の甥であるヴォール帝国のクライスラー公爵が来られた。昼間に早速に王太后と謁見し、私とも是非会合をと申し出られたので今宵の晩餐に招待したのだ。……どうやら王太后とはやりあったようだな。王太后は自分の立場を大帝国の公爵よりも上だと思っているようで困った事だ」
そう言って国王は肩をすくめてから、
「……かの公爵は、『氷の公爵』と呼ばれている。それは20年前のヴォール帝国の政変時に暗躍し、当時恋仲と言われた反対勢力側の皇女を弑しめたといわれているからだ。……皇女殿下は『行方不明』とはなっているがな。油断のならぬお方と考えよ。
今回我が国にやって来られたのは、巷で騒がれている『予言』を確かめる為であろう。ヴォール帝国側としても隣国で王位争いなどの揉め事が起きることを放置出来ないと考えておられるのだろう」
国王のその話にリオネルは今回の件のその先を考え重々しく言った。
「公爵は……ヴォール帝国は、我が国が乱れれば手を出してくるのでしょうか。5年前に現在の皇帝になられてから暫くは前皇帝側の貴族達を粛清する動きがあったと聞き及んでおりますが、最近は国内は落ち着いている様子。
ここで帝国がまた新たなる地を求めて、などという事になるとすればますます我が国はこのような不安定な状況でいて良いはずがありません」
リオネルはずっとこの事も気になっていた。国内の争い事というものは、諸外国から見れば手を出しやすい絶好の機会でもある。この国は農業が盛んで、周辺国の食糧庫とも呼ばれている。他国も豊かな我が国を手に入れたいと思っているはずだ。
今回のヴォール帝国の公爵の来訪も、時期が時期だけにただ叔母へのご機嫌伺いの筈がない。
「全くだ。しかしフランドル公爵はもうすぐ自分の所に権力が転がり込んでくるものと信じ、おそらく周囲のことなどなにも見えておらん。権力に目が眩んで自らの足元が見えなくなっている。……王太后も、……アベルもな」
自分の母親も子も、何やらおかしな方向を向いている。国王も気の休まらない日々を過ごしている。
そして、明日はとうとう公爵令嬢の『予言』の日。リオネルもここでいよいよこれから進むべき道を選ばなければならない。
国王と王太子は深く重いため息を吐いた。
◇ ◇ ◇
晩餐が行われる白百合の間にはランゴーニュ王国国王、王妃、王太子リオネル、第二王子アベル、そしてヴォール帝国のクライスラー公爵が席についていた。
皆で乾杯をし、和やかに食事が始まる。
「しかし久しぶりでありますな、従兄弟殿。実に3年半ぶり……ですかな?」
国王がワインを飲みながら、久しぶりに会う従兄弟であるクライスラー公爵と楽しげに話し出す。
「左様でございますね。あの時は我が帝国の新皇帝の戴冠式が執り行われた際、国王陛下にご出席いただいた御礼に参ったのでした。新しい御世が始まり軌道に乗って来た頃で……」
和やかな雰囲気での晩餐。
大人たちの会話を聞きながら、リオネルは最近は顔を合わせることの少なくなった弟アベルをチラと見る。1歳違いの兄弟。幼い頃は仲が良かった。王太后がリオネルよりアベルを可愛がる様子に気付きながらも幼い頃はまだそれ程酷くはなく、周りの人々はリオネルが努力をすれば認めてくれた。
それが決定的に変わったのが、フランドル公爵令嬢の『予言』が出てから。王太后は分かりやすく自分を嫌うようになり、弟も最初の頃は兄を庇っていたものがだんだんと彼らに影響され、すっかり『予言』の信者となっていた。
今や、アベルは王太后の所は勿論フランドル公爵家にも入り浸っていると聞く。アベルと公爵令嬢ローズマリーはまるで婚約者のように見えるほどらしい。
フランドル公爵家は『予言』通り『浮気者の王太子リオネル』に婚約破棄をさせ、そこから『王太子に相応しくない』としてリオネルを廃嫡とさせ次の王太子にアベルを据えさせローズマリーと結婚させる、という筋書きだろう。……アベルは次代の国王の座をチラつかされたのだろうか。彼も、その欲望にまみれてしまったのか。
幼い頃仲の良かった可愛い弟を思い出しながらも、月日が経ち人の変わりようの虚しさを感じリオネルは心を痛めていた。
「リオネル王太子殿下は明日王立学園をご卒業とか。誠におめでとうございます。殿下の優秀さは帝国でも聞き及んでおりますよ。勉強もさることながら剣も嗜み生徒会長として他の生徒たちに慕われるご立派なお方だと。
……陛下。このような素晴らしい王太子がいらっしゃるとは誠に誇らしい事にございますね」
手放しで王太子を褒め称える帝国の公爵に、国王も王妃も喜び場は和やかな笑顔に包まれた。いつも『予言』に邪魔をされ素直に褒められる事が少ないリオネルも、少し照れつつも公爵に謝辞を述べた。……その横で、少し面白くなさそうに顔を顰める弟アベル。
「――リオネル王太子殿下は明日学園を卒業される。そしてアベル殿下ももう来年には学園を卒業なさるとお聞きしました。そろそろ将来の自分の役割を考えておられることでしょう。アベル殿下はリオネル王太子殿下が王位に就かれたらどのようにその御世を支えていこうとお考えですか?」
リオネルの明日の卒業を祝う話題から、今度は公爵の質問はアベルに向かう。
突然の話を振られしかもその内容は……、おそらく明日には自分がその兄の立場に成り替わろうとしているアベルにとっては答えにくい、考えもしていなかった質問だった。
ーーーーー
小さな頃は仲の良かった兄弟は、今はギスギスしてしまっています。
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