女王だった前世の記憶を持つ少女が、多情な王子と婚約したら

hina

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たった一つの望み

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 ソラの急死で、私の心は冷え切っていた。
 王子に囚われたとを警戒し、抵抗することもなかった。

 しかし離宮での生活は、悪くなかった。
 私は王子の客人として、非常に手厚くおもてなしを受けた。
 逃亡して気付いたが、所詮私は温室育ちなのだ。

 振り返ってみれば、心が疲弊していた子供時代、義兄夫婦に虐められた少女時代ーと、第二の人生はなかなか辛かった。
 しかし大好きな紅茶とお菓子に囲まれてゆっくり過ごせる時間に、私の心は和み落ち着いていった。

 キースは離宮で一人、執務をしているようだった。
 キースは私と毎食共にし、時間があれば私の部屋に訪れて、いろんな話をした。
 他愛のない話をして、肝心な話題は上手くはぐらかさられた。

 外は雪景色であったが、晴れ間のある日はキースと共に離宮内を散歩して過ごした。
 そんな穏やかな平和な日々は、私の心を少しずつ癒していた。

 私はキースは一体何を企んでいるのだろうと、頭を凝らして考えるようになった。

 キースはゼウスのたった一人の王子で、王位継承権一位を持つものであった。
 容姿端麗で、武力と知能に優れ、国民の人気も高い。
 しかし多情で、年頃の貴族の令嬢達を弄んでるとの悪い噂があった。

 私もいつか手を出されるのだろうかと、自意識過剰にも考えた時があったが、キースが私の身体に触れてくることは全くなかった。

 そして長い冬が終わりかけていた頃、私はキースに呼び出され、離宮の奥の間に連れて行かれた。
 私は離宮内で自由に過ごしていたが、奥の間にだけは入ることを禁じられていた。

「ここに王族以外の人を入れるのは、初めてなんだ。」

 そう言ってキースに案内された奥の間は、豪勢な作りで他の部屋とは変わりなかった。
 しかし私は部屋の再奥で、ある光景を目の当たりにし絶句した。
 目を見開き、すかさず逃げ出そうとした私の腕を、キースは力強く掴んだ。

「私に力を貸してほしい、ルーナ。いや、失われた国の最後の女王ーティア。」

 奥の間の一角の壁に飾られていたのは、大量の人物画が飾られていた。
 その人物画は、前世の私の姿であった。


 私が前世持ちだということは、一生誰かに見破られることはないと思っていた。

 私は動悸がする胸を抑えながら、キースに誘導され、ソファーにキースと向かい合わせにかけた。

「どうして…分かったのですか?」
「…それはまだ言えない。」
「じゃあどうして…私に力を貸してほしいと?」
「それは…ルーナに、私の夢を叶えてほしいんだ。」
「夢ですか…?」

 緊迫する私とは真逆に、キースは朗らかに微笑んでいた。
 そして、目をキラキラと輝かして言うのだった。

「私が王様になったら、一夫多妻にし、王宮にハーレムを作ろうと思うんだ。」
「へ…。ハーレム?」

 私はつい拍子抜けして、変な声が出た。
 キースの言葉は、何かの悪い冗談だと思い聞き返した。

「…ハーレムと私、何の関係があるんでしょうか?私の力、いりますか?」
「あぁ。ルーナには私の正妃になってもらう。前世の女王だった時の知見で国を繁栄させる手助けをしてほしい。そして、一夫多妻制を公認して欲しいんだ。」
「…あの、本当にそれ私の力いりますか?」
「勿論。世の女達は、美麗な私を独占したがるからね。」

 そう言うキースを、私は半信半疑で見つめた。 
 しかし、キースの表情はやはり至って真剣だった。

「もし私と結婚してくれたら、ルーナになんでも望みを叶えてあげるよ。でも、私と離縁する事と一夫多妻制を反対すること以外でね。」

 私はしばらく黙り、困惑していた。
 極めて不純な理由があったとしても、次期王様になることが確定している王子からのプロポーズは、普通の女の子なら素直に喜んだだろう。

「ルーナは、私を愛することはないだろうね。だから、子供も産まなくていい。ただ一生、王妃として私の側にいてくれればいい。」
「…つまり、飾りの王妃ということですか?」
「あぁ。それでいいんだ。」

 私は一呼吸置くと、キースの目を見てしっかり向き合って言った。
 返事に悩むことはなかった。

「キース様、お断りします。罰ならなんでも受けます。どうせ私の望みは…もう一生叶わないと思うので。」
「…ルーナ。望みは何か教えてくれないか?」
「私の望みは、一生不自由しない生活をすることでも、国民に尽くし敬われることでも、憎んでも憎みきれない兄の失脚でもなくて。ただ…愛していた人達と普通に幸せになりたかったんです。」

 そう言うと、私の脳裏にはアレンとソラと過ごした日々が浮かんだ。
 あの頃は当たり前のように過ごしていた毎日が、本当はかけがえのない日々であった。
 
 一生私の望みは叶うことはないだろう。

 私の瞼からは涙が溢れ落ちていた。

 いつの間にか、キースは私の隣に移動していた。
 そして、細長い指で私の涙を掬き、私の隣に寄り添っていた。

 しばらく声を出して、私は泣き続けた。
 そして、私が落ち着くと、キースは落ち着いた口調で言ったのである。

「ルーナ。それじゃあ…私が王様になったら、王妃の恋愛も認めることとしよう。」
「…え?」
「決まりだな。」

 私はこうして、話が噛み合わないキースにすっかり絆され、強制的に王家へと嫁ぐこととなったのである。







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