女王だった前世の記憶を持つ少女が、多情な王子と婚約したら

hina

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絶望の淵での出会い

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 それから10年の月日が流れた。
 私はそのまま本宅に住まわされ、勉学や花嫁修行に勤しんでいた。

 しかし本宅での暮らしはまた地獄だった。
 ジョゼフの妻ーアイビーから、理不尽に八つ当たりをされ、虐められたのであった。

「貴方のせいで、私はジョセフから愛してもらえない。」

 アイビーは王家の血筋を持つ公令嬢であったが。
 しかし不妊症と診断され、治療を試みても、結婚して10年ジョセフとの子供ができなかった。

 国は一夫多妻制であるため、ジョセフは浮気をして、婚外子を増やしていた。
 そんな二人は犬猿の仲であった。

 しかしジョゼフにとって利用価値がある私は、二人に精神的に虐められても、身体を傷つけられることはなかった。
 それに、どんなに多忙でも同じペースで来訪してくれるソラとの時間は変わらずあった。

 私はソラと結婚さえすれば、幸せになれると思っていた。
 前世の教訓から恋に溺れることは避けていたが、期待だけは捨てなかったのだ。

 そして結婚式まで一月に迫った、秋の終わり。
 忘れもしない、私の18歳の誕生日だった。

 ソラは私の家に行く途中で、馬車ごと崖の下に転落し、亡くなってしまった。

 私は絶望の中、ソラの葬儀に出席した。
 ソラの遺体は激しく損傷しており、最期一目顔を見ることも許されなかった。

 葬儀が終わると、私は生き残ったソラの臣下から、エメラルド石のネックレスを渡された。

「ソラ様が、ルーナ様の誕生日に渡そうとしていたものです。ソラ様は、ルーナ様と結婚式を迎えられる日を楽しみにしていました。本当に愛しておられました。」
「ソラ…どうして。死んでしまったの。ソラ。」

 私はネックレスを胸に抱きしめ、その場に泣き崩れた。

「可哀想な、ルーナ。」

 そんな私の前に、黒い影が立ち塞がった。
 わざとらしく同情したように話す声の主を、私は恐る恐る見上げた。

「また、大切な人が死んじゃったのか。結婚する前で良かったな。傷物になる前で。さて、次は誰と結婚する?」

 ジョセフは悪魔のような囁きを放つと、声を出して笑った。
 私はサラが死んだ時を思い出した。
 
 人の心を踏み躙るサイコパス相手に、私は何も言わず情けの目を向けた。
 
「なんだよその生意気な目。あれ、明るい金髪に、アイスブルーの瞳。お前、大分サラに似てきたな。」

 そう言ったジョセフは、私を見る目を色目に変えていた。
 私は気色悪く、全身に鳥肌が立ち吐きそうになった。
 そして震える声で、全力で抵抗したつもりだった。

「…私達は兄弟じゃないですか。」

 しかしジョセフは口角を上げると、私の耳元で小さな声で言った。

「あれ、言ってなかったっけ?お前の父親は死んだ伯爵じゃないんだよ?」


 私には、絶望と恐怖で泣いてる時間はなかった。
 今までの処遇に、どこか納得したと同時に身の危険を感じていた。

 本宅に帰った私はすぐに、部屋中に隠していた金銭と宝石をかき集めた。
 そして必要最低限の荷物をまとめた。

 ソラのことは信じていたが、万が一のための準備はちゃんとしていたのだ。

 逃げることで破滅を導いた前世の経験から、逃亡することは最終手段と思っていた。
 そしてそれが今だと、私は直感的に思ったのだ。

 私は街で手に入れた平民が着るワンピースに着替え、黒のローブを深く羽織った。
 そして夜更けに人目が離れたところを見計らい、本宅から出て行った。

 私は街に出ると、前もって大金を叩いて味方につけていた人物の下を訪ね、辺境の街まで移動をした。

 私は移民が多いという隣国に、国外逃亡を予定していた。
 追手に見つかったり、盗賊に襲われたりしないよう慎重にここまで来たつもりだった。

 しかしまだ私は神に見放されているようだった。
 残った僅かなお金で航海の手配を済ませ、明日に亡国を控えた夜のこと。

「ルーナ、レスタ。王子殿下がお呼びです。」

 宿でひっそり食事をしていた私の前に現れたのは、王族の旗を掲げた騎士団だった。

「王子殿下…?」

 思い当たる節もなく困惑した私が、抵抗する間も無かった。
 私は騎士団達に捕らえられ、無理やり馬車に乗せられたのであった。

 そして馬車に乗って数日が経ち、私が連れて来られたのは離宮であった。
 何度も馬車から飛び降りることを考えたが、自ら死ぬ勇気がなかった。

 最後の手段も失敗し、さすがにもう人生を諦めていた。


「顔を上げよ。」

 そして私は広間で跪き、大勢の家臣に囲まれた王子と謁見することとなった。
 私が恐る恐る顔を上げると、私は王子の姿に息を飲んだ。

 肩についた真っ白の髪に、アイスブルーの瞳。
 グレーのテールコートを着こなす長身細身の姿。
 彼はゼウスの第一王子ーキースだった。

「探したよ、ルーナ。」
「王子殿下。どうして…私を探していたのでしょうか?」
「…それはまだ言えない。ただ安心してくれ。レスト伯爵家にはもう二度と戻さない。ルーナにはしばらくゆっくり、離宮で過ごしてほしい。」
「…そうですか。」

 不可解な出会いが、人生を大きく変えることになるとはこの時の私には分からなかった。












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