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苦手な同窓会で、村瀬と。
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人生を駅で例えるなら、そろそろ俺たちは終点について、すこしだけ考えはじめてもいい時期に来ているんじゃないかな。
先日久し振りに参加した中学校の同窓会で僕にそう言ったのは、日下部だ。だってほら、俺たち初老もとっくに過ぎちゃったわけだろ、と続けて言う日下部は同級生の中で、一番見た目も若く、二十代と言われても信じてしまいそうな外見をしているので、その言葉はひどく似合わなかった。
だけどその言葉を聞きながら、確かになぁ、なんて思ってしまったのも事実だ。
よくよく考えれば、同窓会の景色、というのは不思議だ。
子供の頃から知る同い年の人間がそれなりに年齢を経た状態で集まって、昔に戻ったような気分に浸りながらも周囲を見てしまうことで、老いの自覚に、胸がちりり、と痛む気持ちにもなる。大人になれば、学生の頃とは違って同い年の人間がひとつの空間に集められる状況こそがめずらしくなり、それぞれが関わる年齢層も変わって、老いの認識なんてばらばらになってくるものだ。だから普段、離れた年齢のひととばかり接しているせいで、自分は一般的な同年代よりも若い、と思い込んでいるひとほど特に、同窓会、という場はつらいかもしれない。
自覚していた以上に、自分は老いてしまっている、と気付いてしまうのだ。他人事みたいに語っているけれど、これは僕自身の話でもある。
とはいえ、この胸の痛みに関しては、僕だけの問題なのかもしれない。そもそも僕は長く同窓会というものを避けてきていて、参加は本当に久し振りだった。定期的に同窓会に参加していれば、年齢の自覚してしまうような痛みはあまり感じないのかもしれない。
今回だって行きたくなかったのだ。「村瀬のやつが、お前を参加させたがってたぞ。あれお前ら、ってそんな仲だった?」なんて幹事の大崎に、からかいの混じった口調で、かなり強引に誘われて、しぶしぶ了承したのだ。村瀬は卒業以来、初めての同窓会への参加になるそうだ。僕も彼女に会うのは、卒業以来、初めてだ。
同窓会の日が近付くにつれて、僕の憂鬱はどんどん増していった。これは学生時代に修学旅行を前にして、不安と憂鬱で胃を痛めていた感覚に近いのかもしれない。結局、何年経っても、こういうイベントが嫌いな人間は嫌いなままなのだ。
たとえば日下部みたいなやつなら、こんな悩みなんて抱えないのかもしれない。学校では体育教師をしていて生徒からは慕われているみたいだし、一度見た日下部の妻はとても美人だった。結婚生活に仕事と、本人には本人なりの悩みはあるかもしれないけれど、僕の目から見ればやはり彼の人生は順風満帆以外、言いようがなかった。
それに比べて、僕はどうだろう。
自分の人生を振り返ると、ため息しか出てこない。
スーパーの深夜帯に働く非正規雇用、つまりはフリーターで、一緒に働くのは年齢に大きく開きのある若いフリーターや大学生ばかり。実家の両親からは離れて、おそろしく安くてぼろぼろのアパートに住む独身のひとり暮らし。恋人はいない。忘れてしまったような古い記憶の中に何人かいたことはあるが、その誰とも、うまく行ったとは言いづらい。
昼はどこにも行かず、ただ延々と趣味の小説を書いているだけ。
周りで、僕が小説を書いている事実を知っているひとはすくない。
投稿サイトに載せることもない。ネット上の創作仲間なんて存在もいない。
僕が小説を書いている、と知っている数すくない身近なひとには、公募の文学賞に応募していると伝えている。だけど実は、この公募にもここ五年近く一作も出していない。正真正銘、僕しか読まない小説が溜まっていく一方だった。納得できるものが書けていないから、と自身の心に言い訳してみても、じゃあいままで応募した作品に納得できたものがあったか、というと満足のいく小説が書けた記憶なんて一度もないのだから、結局は自分の心にさえも嘘をついているだけなのだ、とすでに自分自身が気付いている。
こういう集まりに出れば、嫌でも色眼鏡で相手を見る人間はいる。そういう人間ばかりじゃないのは、これだけ生きていればもちろん知っているが、ひとりいるだけでも、やはり苦痛には感じてしまう。仮にいなかったとしても、周囲の姿を見るだけで、自己嫌悪に陥るのは間違いないのだから、なんにしても結局は、嫌、なのだ。
僕の参加を求めた村瀬には、恨みにも近い気持ちを抱いていた。そんな僕の恨みなんて知る由もない村瀬は僕に気付くと、にこやかな表情を浮かべて近付いてきた。村瀬は中学生の頃、クラスで男子からとても人気のあった女子生徒で、いまも魅力的な雰囲気は変わらない。そんな女性が、どうしても僕を、というのだから、かすかに甘い期待の混じる感情があったのは事実だ。
でもそんな期待を覆い隠してしまうほど、苦い記憶が僕と彼女の間を隔てるように流れていることを忘れたわけではなかった。
久し振り、田中くん、とすこし掠れ気味の声で彼女が言った。田中は僕の名字だ。耳心地の良い声に、当時はどんな声だっただろうか、とふと考えてしまった。あまり覚えていない。白いドレスを着て、長い髪は茶に染めて、大人になった彼女がそこにいる。
久し振り、と僕も返して、そしてすこし話した後、
「村瀬が、僕に来て欲しい、って言ったんだって?」
「あぁ、うん、一応ね……」
と彼女は否定こそしなかったが、言葉の歯切れは悪い。そこまで変な期待を抱いていたわけではないけれど、明らかに良い話とは思えない反応に、当然のこととは感じつつもがっかりしてしまったし、何を言われるのだろう、という不安も大きくなった。
「悪い話?」
「いや悪い、というよりは、ちょっと昔話を、って思って。ねぇ同窓会が終わった後、時間あるかな? すこしふたりで話せない?」
同窓会の時間は淡々と、これと言って印象的な出来事もなく過ぎていった。もともと僕はそこまで目立つタイプではなかったうえに、僕自身が話の中心になることを避けていたのだから、そうなるのは自然なことだった。たぶん途中で抜け出したとしても、まぁ気付かれはするだろうけれど、まぁ良いか、となりそうな半透明な感じが僕なのだ。
集まりが解散した後、僕と彼女は遅い時間まで営業しているファミレスに入り、対面するように座ると、村瀬が、疲れたね、と笑った。村瀬の頼んだコーヒーの湯気が、彼女の目の前で揺らめいている。
「いや、本当に。村瀬が呼ばなかったら、来なかったよ」
「昔からこういう集まり、嫌いだったもんね」
「そんな雰囲気出してた?」
「いや、本当は、あんまり覚えていないんだけど、ね。だって私たちは、別にそこまでの深い仲じゃなかったわけだからね」
「うん、知ってる」
ふふ、と彼女が無邪気な笑みを浮かべている。
学生時代から、いわゆる人気者だった彼女と、影の薄い僕の間に接点はすくなく、もしも仲が良かったなんて言ってしまえば、先ほどまで一緒にいた当時を知る連中に嘘つき呼ばわりされるだろう。だから彼女が僕に会いたがるなんて、やっぱりおかしな話だ。
でも、ひとつだけ思い当たることがあるのも事実だった。
苦い記憶がふいによみがえる。
だけど、いまさらになって彼女がそのことを話したがるのも、やっぱりそれはそれで変な話だ。いや関係ない話であってくれ、と願っていただけなのかもしれない。だって僕と村瀬を繋ぐものなんてそれ以外に考えられないんだから。
「光、のことなんだけど。もちろん覚えてるよね?」
僕の願いは残念ながら届かなかったようだ。
「覚えてるよ。もちろん」
空野光は僕達のクラスメートだったけれど、彼女は今回の同窓会の参加者じゃない。それどころか卒業アルバムの集合写真にさえ、彼女の姿はない。当然の話だ。
だって彼女は、卒業を待たずに交通事故で死んだのだから。
『あなたのせいで、光は死んだのよ!』
光が死んですこし経った頃、僕にそう叫んだのは、村瀬だった。ふたりはとても仲が良かった。光は確かに村瀬を大切に思っていたし、きっと村瀬にとっても光は同じくらい大事な存在だったはずだ。
先日久し振りに参加した中学校の同窓会で僕にそう言ったのは、日下部だ。だってほら、俺たち初老もとっくに過ぎちゃったわけだろ、と続けて言う日下部は同級生の中で、一番見た目も若く、二十代と言われても信じてしまいそうな外見をしているので、その言葉はひどく似合わなかった。
だけどその言葉を聞きながら、確かになぁ、なんて思ってしまったのも事実だ。
よくよく考えれば、同窓会の景色、というのは不思議だ。
子供の頃から知る同い年の人間がそれなりに年齢を経た状態で集まって、昔に戻ったような気分に浸りながらも周囲を見てしまうことで、老いの自覚に、胸がちりり、と痛む気持ちにもなる。大人になれば、学生の頃とは違って同い年の人間がひとつの空間に集められる状況こそがめずらしくなり、それぞれが関わる年齢層も変わって、老いの認識なんてばらばらになってくるものだ。だから普段、離れた年齢のひととばかり接しているせいで、自分は一般的な同年代よりも若い、と思い込んでいるひとほど特に、同窓会、という場はつらいかもしれない。
自覚していた以上に、自分は老いてしまっている、と気付いてしまうのだ。他人事みたいに語っているけれど、これは僕自身の話でもある。
とはいえ、この胸の痛みに関しては、僕だけの問題なのかもしれない。そもそも僕は長く同窓会というものを避けてきていて、参加は本当に久し振りだった。定期的に同窓会に参加していれば、年齢の自覚してしまうような痛みはあまり感じないのかもしれない。
今回だって行きたくなかったのだ。「村瀬のやつが、お前を参加させたがってたぞ。あれお前ら、ってそんな仲だった?」なんて幹事の大崎に、からかいの混じった口調で、かなり強引に誘われて、しぶしぶ了承したのだ。村瀬は卒業以来、初めての同窓会への参加になるそうだ。僕も彼女に会うのは、卒業以来、初めてだ。
同窓会の日が近付くにつれて、僕の憂鬱はどんどん増していった。これは学生時代に修学旅行を前にして、不安と憂鬱で胃を痛めていた感覚に近いのかもしれない。結局、何年経っても、こういうイベントが嫌いな人間は嫌いなままなのだ。
たとえば日下部みたいなやつなら、こんな悩みなんて抱えないのかもしれない。学校では体育教師をしていて生徒からは慕われているみたいだし、一度見た日下部の妻はとても美人だった。結婚生活に仕事と、本人には本人なりの悩みはあるかもしれないけれど、僕の目から見ればやはり彼の人生は順風満帆以外、言いようがなかった。
それに比べて、僕はどうだろう。
自分の人生を振り返ると、ため息しか出てこない。
スーパーの深夜帯に働く非正規雇用、つまりはフリーターで、一緒に働くのは年齢に大きく開きのある若いフリーターや大学生ばかり。実家の両親からは離れて、おそろしく安くてぼろぼろのアパートに住む独身のひとり暮らし。恋人はいない。忘れてしまったような古い記憶の中に何人かいたことはあるが、その誰とも、うまく行ったとは言いづらい。
昼はどこにも行かず、ただ延々と趣味の小説を書いているだけ。
周りで、僕が小説を書いている事実を知っているひとはすくない。
投稿サイトに載せることもない。ネット上の創作仲間なんて存在もいない。
僕が小説を書いている、と知っている数すくない身近なひとには、公募の文学賞に応募していると伝えている。だけど実は、この公募にもここ五年近く一作も出していない。正真正銘、僕しか読まない小説が溜まっていく一方だった。納得できるものが書けていないから、と自身の心に言い訳してみても、じゃあいままで応募した作品に納得できたものがあったか、というと満足のいく小説が書けた記憶なんて一度もないのだから、結局は自分の心にさえも嘘をついているだけなのだ、とすでに自分自身が気付いている。
こういう集まりに出れば、嫌でも色眼鏡で相手を見る人間はいる。そういう人間ばかりじゃないのは、これだけ生きていればもちろん知っているが、ひとりいるだけでも、やはり苦痛には感じてしまう。仮にいなかったとしても、周囲の姿を見るだけで、自己嫌悪に陥るのは間違いないのだから、なんにしても結局は、嫌、なのだ。
僕の参加を求めた村瀬には、恨みにも近い気持ちを抱いていた。そんな僕の恨みなんて知る由もない村瀬は僕に気付くと、にこやかな表情を浮かべて近付いてきた。村瀬は中学生の頃、クラスで男子からとても人気のあった女子生徒で、いまも魅力的な雰囲気は変わらない。そんな女性が、どうしても僕を、というのだから、かすかに甘い期待の混じる感情があったのは事実だ。
でもそんな期待を覆い隠してしまうほど、苦い記憶が僕と彼女の間を隔てるように流れていることを忘れたわけではなかった。
久し振り、田中くん、とすこし掠れ気味の声で彼女が言った。田中は僕の名字だ。耳心地の良い声に、当時はどんな声だっただろうか、とふと考えてしまった。あまり覚えていない。白いドレスを着て、長い髪は茶に染めて、大人になった彼女がそこにいる。
久し振り、と僕も返して、そしてすこし話した後、
「村瀬が、僕に来て欲しい、って言ったんだって?」
「あぁ、うん、一応ね……」
と彼女は否定こそしなかったが、言葉の歯切れは悪い。そこまで変な期待を抱いていたわけではないけれど、明らかに良い話とは思えない反応に、当然のこととは感じつつもがっかりしてしまったし、何を言われるのだろう、という不安も大きくなった。
「悪い話?」
「いや悪い、というよりは、ちょっと昔話を、って思って。ねぇ同窓会が終わった後、時間あるかな? すこしふたりで話せない?」
同窓会の時間は淡々と、これと言って印象的な出来事もなく過ぎていった。もともと僕はそこまで目立つタイプではなかったうえに、僕自身が話の中心になることを避けていたのだから、そうなるのは自然なことだった。たぶん途中で抜け出したとしても、まぁ気付かれはするだろうけれど、まぁ良いか、となりそうな半透明な感じが僕なのだ。
集まりが解散した後、僕と彼女は遅い時間まで営業しているファミレスに入り、対面するように座ると、村瀬が、疲れたね、と笑った。村瀬の頼んだコーヒーの湯気が、彼女の目の前で揺らめいている。
「いや、本当に。村瀬が呼ばなかったら、来なかったよ」
「昔からこういう集まり、嫌いだったもんね」
「そんな雰囲気出してた?」
「いや、本当は、あんまり覚えていないんだけど、ね。だって私たちは、別にそこまでの深い仲じゃなかったわけだからね」
「うん、知ってる」
ふふ、と彼女が無邪気な笑みを浮かべている。
学生時代から、いわゆる人気者だった彼女と、影の薄い僕の間に接点はすくなく、もしも仲が良かったなんて言ってしまえば、先ほどまで一緒にいた当時を知る連中に嘘つき呼ばわりされるだろう。だから彼女が僕に会いたがるなんて、やっぱりおかしな話だ。
でも、ひとつだけ思い当たることがあるのも事実だった。
苦い記憶がふいによみがえる。
だけど、いまさらになって彼女がそのことを話したがるのも、やっぱりそれはそれで変な話だ。いや関係ない話であってくれ、と願っていただけなのかもしれない。だって僕と村瀬を繋ぐものなんてそれ以外に考えられないんだから。
「光、のことなんだけど。もちろん覚えてるよね?」
僕の願いは残念ながら届かなかったようだ。
「覚えてるよ。もちろん」
空野光は僕達のクラスメートだったけれど、彼女は今回の同窓会の参加者じゃない。それどころか卒業アルバムの集合写真にさえ、彼女の姿はない。当然の話だ。
だって彼女は、卒業を待たずに交通事故で死んだのだから。
『あなたのせいで、光は死んだのよ!』
光が死んですこし経った頃、僕にそう叫んだのは、村瀬だった。ふたりはとても仲が良かった。光は確かに村瀬を大切に思っていたし、きっと村瀬にとっても光は同じくらい大事な存在だったはずだ。
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