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張り込みからの突入

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 ランドルが真面目に仕事に取り組んで数刻後。

「よし、終わったぞ」

 ランドルは椅子に座ったまま上半身を伸ばした。窓の外は陽が沈みかけている。
 書類を確認しながらフリオが頷いた。

「本日の提出分は終わりですね。お疲れ様で……」

 コンコン。
 ドアをノックする音。ランドルが入室の許可を出す前にドアが開いた。

「隊長! のヤツらの動きがありました!」

 叫びながら飛び込んできた赤の騎士隊員をフリオが制する。

「落ち着きなさい。今、張り込んでいるのは、どの部隊ですか?」
「ベーチェット隊です。あとジーク隊が援護に向かってます」

 ランドルが椅子から立ち上がる。

「ドレーズ隊にも声をかけろ。建物ごと囲い込め。ネズミ一匹逃がすな」
「ハッ!」

 報告に来た隊員が素早く踵を返して駆け出す。
 フリオがため息とともにまとめた書類を執務机の上に置いた。

「今日中に提出できると思ったのですが」
「あいつらを捕らえる方が先だ。長いこと張り込んだからな」
「売れるモノは何でも売るのに、なかなか尻尾を出さず苦労しましたからね」
「あぁ。いくぞ」

 ランドルはフリオを従えて執務室を出た。



 帝都の中でも一、二の大きさの繁華街。
 その表通りにある三階建ての建物が標的だった。一階は国外の商品を扱う店で、上は店主の家となっている……表向きは。

 裏では禁制品を売りさばく闇オークションがおこなわれ、禁止された薬物から人まで様々なモノが売られている。ただ、警備兵では取り締まりに限度があり、詳しく調べようとすれば邪魔が入り妨害された。
 そのため、捜査権は街の警備を仕切っている赤の騎士隊へ。
 ランドルは証拠をつかむため部下を張り込ませ、徹底的に情報収集をした。

赤の騎士隊こっちの動きに気づいて大人しくしていたようだが、ようやく動いたな」
「オークションをしなければ商品はたまる一方ですから、在庫を抱えきれなくなったのでしょう。予想通りですけど」

 そして今晩、この建物で闇オークションがおこなわれるという情報が入った。

「まさか、これを予想してオレに書類仕事をさせたのか?」
「商人や販売ルートの取り調べでしばらく書類仕事ができなくなりますからね」
「……おまえが味方で良かったよ」

 背中に冷えたモノを感じなから進むランドルの後ろでは、フリオが緩みそうになる顔に力を入れていた。

 夕陽で伸びた長い影に身を隠すように裏路地を進む赤の騎士隊員たち。
 ランドルの目線と手振りの指示だけで部下たちが機敏に動き、悟られないように裏路地から目的の建物を包囲していく。

 隊員が定位置に着いたことを確認したランドルが合図を出した。

 コンコン。

 表通りに面した場所にあるドアをフリオが軽くノックする。少し待つが中からの返事はない。
 フリオはもう一度、ドアをノックした。

 コン、ココンコン、コン。

 リズムがついたノックの音に今度は鍵が開く。
 少しだけドアが動き、隙間からくぼんだ目がジロリとフリオを睨んだ。

「なんだ?」
「こちらで今晩、極上のアイリスが売られると聞きまして」

 合言葉とともに、人を魅了する微笑みをのせる。ドアを開けていた男がフリオの全身を観察した後、体を引いた。

「入れ。すぐに始まるから早くしろ」

 白に近い水色の髪が建物の中に消える。

 その様子を向かいの裏路地の隙間から見ていたランドルが後ろに控えている部下に声をかけた。

「魔力探知はできているか?」
「はい、問題ありません。…………どうやら、地下に入ったようです」
「やっぱり地下か。いくら部屋を漁っても出てこないわけだ。あとは何処に入り口があるか、だが……あれだけ捜索して分からなかった入り口だ。相当巧妙に隠しているんだろうな」

 フリオのことだから入り口付近に目印をつけているはず。
 あとは取引きが始まったら合図がある。そこで建物に入り、全員を捕縛すれば仕事は完了。なのだが……

「……俺がいけばよかったな」

 どうも落ち着かない。フリオは決して弱いわけではない。むしろ、こういう潜入は得意で、あの外見で油断を誘って相手を叩きのめす。

「隊長だと、まず入れてもらえないですから」

 部下からの忖度ない意見に思わず眉間にシワが寄る。

「そんなにツラが悪いか?」
「今は極悪面になってますね。あと、もう少し殺気を抑えてください」
「……チッ、悪い」

 ランドルは謝りながら視線を建物に戻した。


 太陽が空から姿を消し、星が輝き始めた。
 フリオが建物に入ってから、だいぶん時間が経つ。

「合図はまだか?」

 フリオの魔力探知をしている部下が同じように建物を睨みながら答える。

「副隊長の魔力に動きはありません。地下について、そのままです」

 そこでランドルは嫌な予感がした。

「……待て。地下におりてから動いてないのか? ずっと同じ場所にいるってことか?」
「はい」
「魔力量に変化は?」
「ありません」
「ずっと、か?」
「はい」

 断言した部下の言葉にランドルは手をあげた。

 潜んでいた部下たちの視線が集まる。

「突撃!」

 大声とともに振り下ろされた手。物影に隠れていた部下たちが窓やドアを突き破って建物に突入する。

「な、なんだ!? おまえたちは!?」

 飛び込んだ部屋には、この建物の主である商人と店員たちだけ。
 赤の騎士隊員たちが素早く捕縛していく。

「何をする!?」

 叫ぶ商人を無視してランドルが指示を出す。

「地下だ! 地下へ入れそうな場所を探せ!」
「貴様、こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」

 ランドルがわめく商人の胸ぐらを掴んで持ち上げる。

「いいから、さっさと地下への入り口がある場所を言え」
「へっ、ないものの場所なんか言えるわけないだろ。それより、さっさと手を引いた方がいいぞ。オレたちの裏には……」
「わかった。もう、いい」

 放り投げるように手を離すと、ランドルは手を床にむけて魔法を詠唱した。

『龍燈よ、流星光底となりて我が前に姿をさらせ』

 床を走る稲妻と共に床板がすべてめくれあがり、数個の入り口らしき四角い蓋が現れた。

「どの地下に!?」

 隊員たちが戸惑う中、ランドルの鼻を甘い香りがかすめる。

「なんだ?」

 複数ある入り口の中の一つ。そこから誘うような匂いがする。
 ランドルは迷うことなく膝を付き、その蓋を開けた。

「クッ!」

 ぶわりとむせ返るほどの匂い。しかし、それは嫌悪するものではなく、むしろ誘発するような。

「……Ωのフェロモンか」

 ここで売買される商品の中には人もある。その中でも優秀な子を産むと言われるΩは高額商品の一つとして扱われることも。

「隊長!」

 指示を待つ部下にランドルが叫ぶ。

「おまえたちは他の地下を確認しろ! ネズミ一匹逃がすな!」
「ハッ!」

 ランドルが滑るように階段を駆け下りる。
 その先には床に倒れたフリオと、周囲を囲む体躯がいい男たち。そして、牢に入れられた数人の子どもが。

 この光景でランドルは瞬時に状況を理解した。

(子どもを人質にとられて動けなかったか)

 床に散らばった白に近い水色の髪。自分が来てもピクリとも動かない体。その姿にランドルの中からゾワリと怒りが湧き上がった。




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